奇跡の佐土原ナス。たった4粒の種からよみがえった、宮崎伝統野菜の開発ストーリー
宮崎市の北部に位置する佐土原町は美しい海岸と緑豊かな自然に囲まれた町で、かつて日向の国の中心的な城下町として栄え、伊東・島津氏の時代を経た数多くの貴重な歴史文化が伝承されている町です。佐土原町はかつて佐土原藩(佐土原町、新富町、西都市及び宮崎市の一部)として統治され、江戸時代から佐土原藩で親しまれてきた伝統野菜こそ「佐土原ナス」でした。
「佐土原ナス」の名前の由来は、ナスの栽培が盛んだった佐土原藩の名前から呼ばれるようになりました。
「佐土原ナス」は生で食べるとほんのり甘くリンゴのような味わい。火を通せば果肉はとろける柔らかさ、口の中ではふわっと甘さが広がり、肉厚で上品な美味しさを感じることができます。
そんな宮崎から世界に誇れる伝統野菜の「佐土原ナス」。
宮崎市としては、研究会への支援として、他のナスとの差別化を図り、広く浸透させることが重要だと思い、アートディレクター日髙英輝氏(青島出身)に佐土原ナスのロゴマークを依頼しました。今の「佐」の人偏=ひと、「左」の字がカタカナの「ナ」と「ス」となっているデザインです。その際、他のナスとの差別化を図り、ロゴも真似されないよう、商標登録をしました。
次に、地元も含め販路拡大・PRすることを目指して、新たなチャレンジのために料理人を紹介したり、街市実行委員会と連携しながら、街市に出店するなどの支援を行いました。
さらに、野菜ソムリエ 篠原有紀子さん監修のレシピリーフレットを作成し、街市で配付しながらPRしたり、ソラシドエアの高橋宏輔社長から世界的に有名な奥田政行シェフを紹介していただき、佐土原ナスのPR大使になっていただきました。
また、A品以外のナスの販路拡大・PRについては、「塚田農場」を経営しているAPホールディングス 里見順子さん(取締役)と協議を重ね、メニュー化してもらい、佐土原ナスのPRを行いました。
本ストーリーでは、一度は 市場から姿を消してしまった「佐土原ナス」の奇跡の復活ヒストリーをご紹介します。
戦後、市場から消えた佐土原ナス
佐土原藩で親しまれていた佐土原ナスは当時病気に弱く、形が不揃いで量があまり採れないという様々な欠点がありました。そのため、次第に千両ナスなどの病気に強く、色艶や形が整っている、多収性に長けたナスから市場を奪われてしまい、1980年代ごろには姿を消してしまいました。
生産されなくなり、行く当てのない佐土原ナスの種を佐土原町で種苗店を営んでいた梶田与之助氏は、宮崎県総合試験場に種の保管を依頼しました。
たった4粒の種の奇跡が呼び起こした、懐かしさと美味しさの評判
2000年。20年近く保管していた種を当時試験場の副場長だった富永寛氏が播いたところ、多くの種が不発芽のなか、たった4粒の種だけが奇跡的に芽をだしました。
2002年に、35株に増えた小さな苗を宮崎市住吉在住の外山晴英氏に託しました。
苗を譲り受けた外山氏は試行錯誤を重ね、ようやく少量を生産することができ、市場へ出荷することが出来ました。
すると、その懐かしさと口の中でとろける美味しさはすぐに評判となり、佐土原ナスの問い合わせが殺到しました。
生産者の佐土原ナスへの想い
「この美味しい佐土原ナスを、もっと多くの人に届けたい」
そんな外山氏の熱い思いに共感してその使命感を共有する生産者が集い、2005年に「宮崎市佐土原ナス研究会」が発足されました。
研究会では、より良い佐土原ナスを作り続けるため優良系統のナスを選抜し、生産者自身で種採りを行っています。門外不出の選ばれた種を栽培する工程を繰り返し行うことで、昔のナスに比べ病気に強く、色や形が良いナスが収穫できるようになりました。
昔から愛されている佐土原ナスを品種改良するのではなく、昔からの品種を守りつつ選ばれた種からさらに良いものを栽培するという、生産者の方々の日々の努力と熱い思いによって宮崎の伝統野菜である「佐土原ナス」は守り続けられています。
宮崎の農畜水産物の魅力を届けたい
昨今の燃油や肥料価格の高騰、円安などの世界情勢の影響を受け、農業者にとっては、生産コストが増大するなどの深刻な状況が続います。
農家の方々の苦労になにか報いること、お手伝いできることがないか、また宮崎市の農畜水産物の魅力を多くの人に知ってもらうためにはどうしたらいいかと考えているとき、宮崎市の公式YouTubeがあることを知りました。
この公式YouTubeを活用して宮崎市の農畜水産物を紹介し、美味しい食べ方や調理法などを実際に農家の方々にも出演していただき、一緒に発信するのはどうかと閃きました。 その動画を見ていただくことで家庭や身近な方々にも興味をもっていただき、調理し味わってもらい、宮崎市の農家の方々のことも含めて、多くの方に認知してもらい応援してもらいたいと思い、企画を発案したのがきっかけです。
YouTubeのタイトル名の由来
タイトルの由来は、農の文字を入れたタイトルをいくつか考えてる中で、「No Eat No Life」を思いつきました。そのNoの部分を「農」に変換することで、農畜水産物を食べずにはいられないという意味で「農Eat 農Life」を思いつき、タイトル名に至りました。
SNSの発信により、若い世代を含め、多くの方々の目に触れ、色々な業種の方にも関心を持っていただければ、これまで以上にPRができるのではないかとも考えました。
YouTube企画のプレゼンテーションと動画制作の準備
企画の趣旨などについては、スケッチブックで手書きの紙芝居を作成し、パワーポイントと合わせて行いました。自分の所属課から広報の担当課、そして最終的には自ら市長にプレゼンを行い、企画の説明を行った結果、市長には「農畜産物のPRになるよう頑張りましょう!」と賛同いただき、企画の実現が一歩前進しました。これまで、自分の所属課以外の方々に、直接プレゼンなどを行った事もなく、どうしたら自分の思いが伝わるか考えながらプレゼンの資料を作成しました。
また、動画を作成する「時期」「どの農畜水産物がいいか」を選定するのに非常に迷いました。
課内で農畜水産物の旬の時期を考え、四半期での表を作成し、農畜水産物の選定を行いました。
今回、発信する時期が秋で、秋の旬のものを考えた時に、秋ナスを連想し、たった4粒の種から奇跡の復活を遂げた「佐土原ナス」を第一弾として取り上げることにしました。
秋ナスの旬である10月に、YouTubeを発信することを目標に動画作成の準備が始まりました。打ち合わせを何度も行い、佐土原ナスを使ったどの料理を紹介するか、事前撮影と撮影日が決まりましたが、問題が1つありました。
それは、「天候」です。温暖な気候である宮崎県は、大雨や台風の影響を受けることが多く、撮影時期がちょうど台風の時期と重なってしまい、事前撮影を遅らせることもありました。
また、雨以外に今年の気温はかなり高く、ハウスで栽培しているナスの撮影をするにあたり、熱中症の危険性や、撮影機器が高温になってしまい、撮影が中断してしまうこともありました。
不安を抱えながら迎えた撮影当日は、天候にも恵まれ、スムーズに撮影を行うことができました。
その後、動画編集を行い、YouTubeで配信しました。完成したYouTubeをより多くの方に見ていただきたく、市のHPや公式SNSを通して、様々な周知を行いました。
様々な周知を行った結果、反響も大きく、宮崎の新聞やテレビ局にも「佐土原ナス」を取り上げていただく機会が増え、より多くの人に宮崎の伝統野菜の魅力をお伝えすることができました。
YouTube配信後、農家さんからも、「動画を作成してこれまでとは違う形で広くPRができたことがよかった。」という言葉をいただけて、達成感でいっぱいになりました。
今後も、佐土原ナスだけではなく、多くの宮崎の 農畜水産物の魅力を知ってもらうために、情報を発信し、様々な人に手に取ってもらえるよう、応援していきたいと思います。
【佐土原ナス販売先】
宮崎市内 :市内スーパー
大阪店舗 :堺みやざき館KONNE https://www.nankai-grill.co.jp/konne/
ネット販売:やお九州 https://shopping.geocities.jp/yao800/
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