850年続く丹波焼との深い出会い。ゲストと共に育む陶芸文化を未来につなぐ「陶泊」の物語
「陶泊」と聞いたとき、何を想像しますか?
陶芸家の工房に泊まる?ロクロを回す?それとも、陶芸家と食卓を囲って語り合う?
そう、陶泊とはそのどれもができる陶芸版の農泊・民泊なのです。
兵庫県丹波篠山市には、平安時代から850年もの間、1日も途切れることなく、手作りで焼き続けている「丹波焼」の産地があります。歴史の中で壺や甕、大型の徳利、お茶道具、植木鉢など時代の要請に応じて柔軟につくるものを変化させてきました。
江戸時代後期から作られている丹波焼の代表作の一つ、海老徳利。丹波は、海のない地域のため、絵で海鮮を楽しんだとも、「年老いて腰が曲がってもエビが跳ねるように元気でいてほしい」という願いが込められているとも言われています。
工房の様子。工業化せず、手工芸として今も続いているところも丹波焼の特徴の一つ。
釉薬をつけず表情を自然の力に委ねる「焼き締め」や「赤どべの輝かしさ」、スリップウェアなどの民藝のスタイルでも知られていますが、現代では一人一人の陶芸家が自由に表現した、ユニークな器や作品に出会うこともできます。
5世紀ごろ大陸から伝わった古典的な窯の技法「穴窯」で、現在も焼いている様子
そんな深い歴史がありながらも、今も進化を続ける丹波焼の郷で、「陶芸家の工房に泊まる」ことができる「陶泊」が2024年4月から始まることになりました。今回はその宿泊先となる「昇陽窯(しょうようがま)」での取り組みの裏話を、未来の陶泊の参加者に「より楽しんで頂くために」お伝えいたします。
まず、陶泊の特徴とは?
陶泊とは、陶芸体験などから一歩踏み込み、陶工の自宅などに宿泊して生活を共にすることで、職人の手仕事や郷の空気、文化なども味わう滞在型旅行です。
丹波焼は、問屋さんがおらず、誰もが直接窯元に買いに行けるユニークな産地です。しかし産地の高齢化や担い手の減少は中長期的な課題でもあり、持続的な産地であり続けるための新たなチャレンジとして、これまでの「買う」だけでなく「泊まる」という新しい体験を通してよりコアな丹波焼のファンや自分だけの体験や思い出を作り、定期的に通える関係性を作って行きたいという思いから「陶泊」のチャレンジが始まりました。
さて、少し遠回りになりましたが、陶泊の特徴は3つあります。
陶泊の特徴
- 陶芸家の工房に泊まること
- さとびとガイド(若手陶芸家)と産地を巡ること
- 一緒に食事をするなど陶芸家の日常に溶け込むこと
陶泊第一号の宿「昇陽窯」(しょうようがま)
今回、陶泊第一号の宿となる「昇陽窯」さんの3代目大上裕樹さんは、陶芸の巨匠、鈴木五郎氏に師事した後に実家の昇陽窯に戻り、家業を継ぎながらも丹波焼を再解釈した独創的な作品も作られています。常に人を笑顔にする愉快な性格からは想像もできないような繊細な筆使いも注目ポイントの一つ。また大学時代に出会われた奥さまの彩子さんと2人の息子さんもゲストを暖かく迎える陶泊になくてはならないキーパーソンです。
昇陽窯3代目の大上裕樹さんが、初代の大上昇さんの作品を紹介している様子。作りで迷ったときは、いつもここにきて先代の作品を眺めるそう。
さて、登場人物が出揃ったところで、裏話に移っていきたいと思います。
陶泊の先駆けはデンマーク人のサイクリスト?!
実は本プロジェクトが始まる約1年前、自転車で世界を巡っている旅人のサキさんが、テントを張れる場所を求めて昇陽窯を訪れます。昇陽窯の大上夫婦は、新婚旅行で世界一周をしてたくさんの人に助けられた経験から、テントを張る場所ではなく、工房の2階の部屋を提供し、そこから約1週間も滞在して、一緒に土をこねたり、掃除をしたり、作陶したりと滞在しながら、陶芸の産地の暮らしに溶け込みました。
工房にはサキさんからの感謝の手紙が飾られており、今も連絡を取り合う親しい関係性だそうです。
サキさんの様子(大上裕樹さんのインスタグラムより)
そんな原体験があったからこそ「陶泊」では、どんなことができるか、どうしたらお互いに楽しめるだろうかのイメージが湧いていたのだと思います。
そう、陶泊とは、陶芸家を「遠い存在」から「身近な存在」として感じられ、新たな関係性が生まれるそんな機会になることを目指しています。
陶泊に向けてハードルとなった民泊の申請
陶泊の1つのハードルになったのは旅館業の申請です。
実は、昇陽窯がある立杭エリアは、県立自然公園に指定されており、民泊の制限区域であることが判明。つまり夏期・冬期は宿泊ができず、さらに金土の宿泊もできないとのこと。いきなり頓挫です。
そこで代案として浮上したのが「簡易宿所」の営業許可でした。
申請はやや大変で、費用も増える一方で、宿泊日数の規制がないため、唯一の手段であったことから、今回はこれにすることに。
消防による現地調査の様子
乗り越えたかと思えば、次は図面です。宿泊する建物が古く、しっかりとした図面が存在せず、図面を作成するために建築事務所にお世話になり、保健所や消防の条件を満たすための条件を整理。お手洗いに網戸を設置したり、2階から1階に降りる階段を照らす非常照明の設置を行ったりして、11月に無事に宿泊所としての営業許可を取得しました。
初めての申請だったこともあり、徐々に何がNGかがわかってきましたが、何度も消防や保健所に通い、本当にできるのか、いくら費用がかかるのかは、最後の最後までわからず、ドキドキしていました。
旅館業の営業許可を無事に取得した際の昇陽窯の大上裕樹さん
モニターツアーで見えた陶泊の形
陶泊では、陶芸家の工房に泊まる体験だけではなく、若手陶芸家が「さとびガイド」として「作り手」と「地の人」の目線で産地内を案内します。しかし、陶芸のプロとはいえ、ツアーガイドのプロではないため、「どんな案内をすればいいのか」「何を伝えたらいいのか」そもそも「どんな体験ができたらいいのか」など不安な点も多く、それらを一つづつ整理するために、旅マエ、旅ナカ、旅アトに分けてみんなで議論し、9月から翌年の1月まで毎月モニターツアーを重ねてきました。
2023年の夏、ワークショップを通して、旅の工程をガイド全員で考えている様子。
モニターツアー:「職人の弟子入り体験」中。花瓶の鋳込みを手伝っている様子
モニターツアー:ろくろを使って丹波焼の焼き物を作っている様子
モニターツアー:「職人の弟子入り体験」中。型を使って箸置きを作るところ。
モニターツアー:「職人の弟子入り体験」中。丹波の黒豆の灰を使って釉薬を作るところ。
6回実施したモニターツアーの参加者は合計18人。どなたも陶泊をとても楽しんでいただき、忌憚のないご意見をたくさん下さったのですが、その中でも10月に実施したモニターツアーは一つの転換点でした。
そのときは神奈川県からご家族(4歳の娘さんとご両親)で来てくださったのですが、これまですごく綿密に考えて準備していたことが「意外とこれでいけそう!」というラインがみんなのなかで見えてきたのでした。
モニターツアー:原土の採取から焼き物を子供と一緒につくる様子。まずは砕くところから。
例えば、夜のBBQの買い出しの量や、2日の午前中に昇陽窯で実施する「職人の弟子入り体験」の中身が事前に準備することではなく、本当にその日、その場にある仕事を一緒に実施するなど。そして、意外にも大上家の小学生の息子さん2人も、子供と仲良くなり素晴らしいちびっこガイドになってくれることも見えてきました。
モニターツアー:採取する原土。ここから焼き物を作っていきます。
一気に肩の荷が降りたと同時に、ツアー終了後に参加者とガイドと全員で輪になって振り返りをするのですが、そこでのフィードバックが本当に嬉しくて、感激したと同時に少しづつ自信にもつながってきました。
またその後もモニターツアーを重ねたことで見えてきたことを集約するとこんな感じになります。
- 「作り手」視点の話が、何よりも面白い!
- ガイドが行きたい窯元へ一緒にいく
- 夜の食事の時間が関係性を深め、旅をより面白くする
「作り手」視点の話が、何よりも面白い!
「この窯元さんは、縁に釉薬を多くつけて丸くしてるんです」とか「ここは、土を極限までさらさらにしてて、それが本当にすごくて」など「作り手」視点で、他の窯元の作品の面白さや凄さを伝えてくれるのがとても楽しく、器を見る視点と、各ガイドがどんなところに美意識を持っているのかが浮き出てくるのです。
モニターツアー:陶芸の道具の説明をするさとびとガイド恵さん(大熊窯)
ガイドが行きたい窯元へ一緒にいく
ガイド自身が、旅を楽しむことも大切です。窯元同士、お互いに顔や名前は知っていても、世代が異なると話すきっかけが少なかったり、窯を訪れる理由が中々ありません。しかし、若手の陶芸家が「陶泊」をきっかけにして行ってみたかったレジェンドの窯元に行ってみることが、交流のきっかけにもなり、そのワクワクはゲストにも伝わります。
12月のモニターツアーでは、訪れた窯元さんから、実は20歳の頃、ガイドのお祖父さんと一緒に窯焼きをして、色々教えてもらったというお話を聞かせてもらい、最後には「またいつでもおいで!」と言ってくださり。産地内の暖かい関係性が浮かび上がってきたのが印象的でした。
モニターツアー:産地のレジェンドをさとびとガイド(若手陶芸家)が尋ねる
夜の食事の時間が関係性を深め、旅をより面白くする
言わずもがなですが、夜の食事の時間がとっても盛り上がります。昇陽窯さんの一級品の器でBBQや鍋を味わえる贅沢さもさることながら、作り手と使い手が一緒に食卓を囲み、陶芸の話や、なんてこともない産地内の笑い話、互いの人生の話に花を咲かせる時間は、まさにプライスレスです。
モニターツアー:工房で一つの食卓(作業台)を囲み、みんなでBBQをする様子。
誰のための「陶泊」なのか?
モニターツアーを重ね、旅の一つの型が見えてきて、それをさらに超える型が生まれて・・と回を重ねるごとに進化を遂げていく陶泊ですが、昇陽窯の裕樹さんがあるときふと言葉にしていることが今でも頭から離れません。
「丹波焼という先人たちが築いてきた礎の上で仕事をさせてもらっているので、陶泊は、自分も次の若手につないでいきたいという思いで実施している」
周辺の陶芸家の方々からは「大変ちゃうん?」と聞かれるその度に、弱音ははかず、第2・第3の陶泊の宿泊受入先が生まれるようにという思いで、陶泊の面白さやゲストや生まれた関係性についてお話されている裕樹さん。
ぜひ陶泊に参加して、その熱い思いと、産地の暖かな関係性、丹波焼の未知なる奥深さを探求してみてください。
陶泊は2024年4月より開始いたします!
(詳細は2月1日に公開予定)
モニターツアー:昇陽窯の前で、モニタツアー参加者と。
文責:合同会社gyoninben 山田(陶泊の現地でのプロジェクトマネジメントを担当)
◆「陶泊」企画・運営
陶泊公式サイト
企画・運営
丹波立杭陶磁器協同組合
トランクデザイン株式会社
ミテモ株式会社
Satoyakuba
一般社団法人ウイズささやま
合同会社gyoninben
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