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日立グループ講演レポート|「驚異的な未来予測理論からのバックキャスティング、人と機械が融和するAI社会への挑戦」オムロン株式会社 諏訪正樹氏

著者: 株式会社 日立アカデミー

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株式会社日立アカデミーは、日立グループの人財育成を担うCenter of Excellence(CoE)として、「事業起点の人財育成」と「個人の成長意欲に基づく学び」の加速をめざし、多様な角度で刺激し視座を高めるための「学びの場」づくりを推進しています。


この取り組みの一環として、2023年12月に日立グループ向けのイベント「Hitachi Academy Open Day 2023」を開催しました。このイベントは、各界著名人の講演や対談を通じて参加者が新たな知識や視点を得、より良い未来に向けた一歩を踏み出すことを目的としています。

イベント当日は、「AIと人類の共存」をテーマに、株式会社電通デジタルの大木真吾氏、オムロン株式会社の諏訪正樹氏、脳科学者の茂木健一郎氏、MBZUAIの客員教授である乾健太郎氏、映画監督の押井守氏、教育学と学習分野の専門家であるマージー・ミーチャム氏など国内外の多彩なスピーカーを迎え、多様な視点から多くの示唆をいただきました。

ここでは日立アカデミーが本イベントを通じて実現する、学びの一部を紹介いたします。

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「驚異的な未来予測理論からのバックキャスティング

 〜人と機械が融和するAI社会への挑戦〜」


オムロン株式会社  執行役員 技術・知財本部長 兼 

オムロン サイニックエックス株式会社 代表取締役社長

諏訪 正樹 氏 


50年以上前に発表されたにも関わらず、21世紀前半までの社会シナリオを高い精度で的中させている『サイニック理論』。この未来予測を著したのがオムロン創業者、立石一真だ。創業者が残したDNAを元に描く近未来デザインとは? 本講演では、オムロン サイニックエックス㈱代表取締役社長・諏訪正樹氏が登壇し、AIロボット技術の社会実装へ向け、彼らがどんな挑戦を続けているのかを語ってくれた。 

オムロンのDNAとイノベーションの歴史 

 「ご紹介ありがとうございます、諏訪です。本日のテーマ『人と機械が融和するAI社会への挑戦』を語るに当たっては、サイニックという、オムロンの創業者が作った未来予測論を軸にいろいろとお話させていただこうと思います。まずは、オムロンという会社が持つイノベーションの歴史から。オムロンの企業理念にはベースとなる三つの価値観があります。その一つがソーシャルニーズの創造です。技術の進化、世の中の進化、社会の進化の中で生まれてくるニーズをいち早く見出して、必要なテクノロジーを生み出す。世界に先駆けて作ったものがいくつかございます」 

 

オムロンと聞くと、ヘルスケアデバイスの会社というイメージが浮かぶが、実はそれはほんの一端だ。ファクトリー・オートメーションがメイン事業であり、交通インフラシステム、エネルギー関連など多岐にわたると諏訪氏は語る。 

「先駆けとなった一例で皆さんに身近なものだと、無人駅システム、いわゆる自動改札機・券売機があります。これを世界で初めて導入したのが1967年、関西の阪急電鉄・北千里駅です。また、全自動感応式電子信号機。交通状況に応じて信号を切り替えるシステムです。これを世界で初めて実現したのが前々回の東京オリンピックの1964年。オムロンの前身となる立石電機製作所がこれらを手掛けました」 

 

オムロンの創業者の⽴⽯⼀真は1900年⽣まれで、1933年、「⽴⽯電機製作所」を創業し、レン トゲン写真撮影⽤タイマの製造を開始。1948年、「⽴⽯電機株式会社」に社名変更し、やがて ⼤きな変⾰期を迎えた。 

 


「1953年、創業者の立石がアメリカの工場を視察に行ったんですね。そこで、自動でモノが作られるオートメーションを目の当たりにした。また同時期に発表された、ノーバート・ウィナーの著書『サイバネティクス』。通信工学、制御工学、機械工学、さらに人間と機械のコミュニケーションといったテーマまで踏み込んだ名著なのですが、この本に非常に感銘を受けたのです。日本のモノづくりも必ずオートメーション化が進むと考え、1955年に会社はそちらに舵を切り、現在に至るわけです」 

 

そして、その4年後に、創業者はまた新しいことを言い出したという。 

 

「いわゆるシステム事業に取り組むぞと宣言したのです。高度経済成長期の通勤ラッシュで、駅員さんが激務になっていたので、自動改札機・券売機を作るぞと。さらに全自動感応式電子信号機、オンラインキャッシュディスペンサーも開発するぞと。しかし当然ながら、まだ必要な技術がないわけです。そこで真っ先に着手したのが中央研究所の設立です。1960年、当時の立石電機の資本金の4倍にあたる2億8,000万円の資金を投じています。とんでもない投資です。新聞にも“中小企業の技術屋社長の道楽だ”という記事を書かれたそうです。でも創業者の頭の中では未来が見えていたので、当然の投資だったのですね」 

 

ここで余談として語られたエピソードがまた驚きだ。この研究所を作るとき、立石一真は半導体を生産する設備も入れようとしたという。半導体の可能性に気付いていたのだ。しかしこれ以上、莫大な資金を投じることはできず、泣く泣く断念したそうだ。 

 

「では、創業者・立石一真が提唱し、1970年の国際未来学会で発表した未来予測、『サイニック理論』を簡単にご紹介します。社会と技術と科学、これは双方向に刺激し合いながらスパイラルに進化してきた。これから先もそのメカニズムにのっとって進化するだろうという予測です。これをつくったのは1960年代、自動化社会の真っ只中なのですが、1980〜2000年代にかけては情報化社会になるだろうと。さらに、その先2025年ぐらいまでは最適化社会だと。まさにIoTとかSociety5.0で描かれている未来感そのものです」 

 

 

自動化社会から情報化社会への移行で重要だったのが、創業者・立石が言うところの『サイバーネーション』という技術だ。1963年、立石電機が京都の大丸百貨店の食堂に導入した食券販売機には三つの画期的な機能が組み込まれていた。一つ目は、食券の組み合わせが120通りほど利用できる機能。二つ目は、お釣りを計算して出せる機能。そして三つ目が、コインが偽物か本物かを判別する機能だ。 

 

「63年当時、いわゆるメカだった制御機器にコンピューター・計算機を入れて作った技術で、今で言うITシステムです。当時はそういう言葉がなかったので、創業者はサイバーネーションと命名し、この技術こそが今後の進化のポイントだと考えたのです。その1年後に先ほど申し上げた電子信号システム、さらに3年後に自動改札機・券売機といった無人駅システム、オンラインのキャッシュディスペンサーが実現されました」 

 

 

創業者・立石の先見性は、1969年の雑誌のインタビュー記事にも表れている。そこで立石は「キャッシュの時代から、長らくのレス・キャッシュ時代に突入し、かなり未来の先にキャッシュレス時代が到来する」と語っている。 

 

「余談なんですが、弊社のCTOと雑談していたときにこう言われまして。諏訪さん、もし創業者が今生きていたら、俺らぼろかす怒られるぞと。LINE Pay、au PAY、いろいろあるけど、なんでオムロンPayがないんや!俺はキャッシュレスの時代が来ると言うたやろ!と怒られると言うわけです(笑)。未来を見てそれをどう事業に繋げていくか、本当に重要なことです。実はオムロンは8000億円ぐらいの事業の会社なんですが、一つ一つは2桁〜3桁億の小さな事業体です。それが60個ぐらい、いわば60のベンチャーの集合体のような会社です。事業が小さい部門は環境変化やテクノロジー進化の影響を受けやすいので、常に中身を入れ替えて、新陳代謝を高めないと存続できない。そういう体質が、新事業を生み続ける要因になっていると思います」 

 新規事業を継続的に生み出す創造プロセスの構築と実践 

 「新規事業を生み出さなければいけないとは言え、創業者のようなイノベーターが今のオムロンにはおりません。ではそんな人材を育成できるか、あるいは見つけられるかというと、それも難しい。ということで、私たちは創業者・立石一真のイノベーティブな姿勢をいかに組織として実践していくか、ということに注力しています。そのためにはまず、大量のトライ&ラーンが必要になります。創業者も今の事業を作るまでに、死屍累々たる失敗を重ねています。そこからいかに学び、事業化につなげるかがポイントになるわけです。さらに大切なのが視点です。我々はどうしても、事業やビジネス、テクノロジー側から物を見るフォーキャスト目線になりがちです。しかし、もう一つの視点、すなわち未来で起こるであろうソーシャルニーズからバックキャストして今何をすべきかを考える。これが大きなポイントになってきます」 

 

そこで、オムロンでは新規事業創出機能をCTO直下に集約したという。事業部の中で新規事業に取り組むと利益・損益を気にして、ハイリスク・ハイリターンのチャレンジができない。CTO直下にすることで予算の縛りをなくし、さらに評価基準は結果ではなく、トライ&ラーンの質と量だと諏訪氏は語る。 

 

「CTO直下につくったイノベーション推進本部は、固定的な組織ではありません。やりたいという社員がテーマ構想から仮説検証、事業化検証まで自由に行える、誰でも参加できるプラットフォームです。なぜそうしたかと言うと、オムロンではイノベーション開発本部というような“組織”を作るとなかなかうまくいかないというジレンマがあったのです。そういう“組織”を作ると、(その組織に属さない)他の社員は“何をしてくれるのかな?”とお手並み拝見モードになる。このオムロンのもつ悪しき習慣を脱却するために、社員が自由に参加できるプラットフォームにして、組織の流動性を高めたわけです。現在、そこで複数の新規事業プロジェクトが走ってますが、社員だけでなく、パートナー企業の方にも参加していただき、まさに自由な開発が進んでいるところです」 

OMRON SINIC Xのテクノロジーイノベーションへの挑戦 

 「このイノベーション推進本部のプラットフォームに、技術変革のタネを供給するべく2018年に設立された研究子会社が、私がやっているオムロン サイニックエックスという会社です。機械にできることは機械に任せ、人間はより創造的な分野での活動を楽しむべきである。これも創業者の立石が残した言葉ですが、我々の企業哲学にもなっています」 

 

諏訪氏が社長を任された際にオムロンCTOから言われたオーダーはこうだ。革新技術を今の社員だけでやっても意味がない。オムロン社員は供給しないから人材は自分で探せ。 

 

「大学や企業の研究者の方々に、こういった未来感で技術革新を生み出していく組織の仲間になりませんか?とお声掛けして、メンバーを集めました。うちではあくまでもヒューマンセントリックなテクノロジーを生み出すことにフォーカスしており、“賢く学び、賢く動き、賢く繋ぐ機械”というのがキーワードになります。 

 具体的な研究テーマで言うと、例えば調理ロボット。プログラムを打たなくても、料理の材料をロボットの目の前に置いて、これでサラダを作ってと言うだけで、料理を作ってくれるロボットをめざしています。材料リストと料理の完成写真を生成AIに読み込ませるだけで、途中の調理レシピを自然言語で記述してくれます。この他にもYouTubeの調理動画を読み込ませると、ビデオシークエンスを細切れに認識して、フライパンにチキンを入れるとか、調味料をかける、といった説明のキャプションを書き出すことにも成功しています。つまりAIで物事を認識することはできているので、次は身体性と五感が必要になります。いま研究しているものの一例として例えば、柔らかいものを壊さずに掴むロボットがあります。いろいろな質感、やわらかさのものを掴んで、それを潰すということを延々と学ばせています。この結果、豆腐だとか、ポテトチップスみたいな壊れやすいものも身体性を変えることなくうまく掴めるようになります。こうしたさまざまな技術を組み合わせていくことで、先ほど申し上げた調理ロボットが2〜3年ぐらいで実現できると考えております」 

 

 

この他にも、全固体電池の材料開発を1000倍に高速化するプロジェクト、研究者と協同してノーベル賞級の研究を行うAIロボット開発(実験を延々と繰り返したり、必要な過去のデータ検索、予測などを担ってくれる)など、まさに未来を予見した開発テーマが紹介された。 

 

「ご紹介したロボット開発に必要な技術要素っていうのは、本質的には同じなんですね。AIの力に機械の身体性や五感をプラスして、今までにないものを生み出してこうと。我々は2050年からバックキャストして研究開発を進めております。 

そして最後にもう一つキーワードをご紹介します。これもSINICに起因する創業者の⾔葉なのですが、テクノロジーの進化とともに、人は弱体化していきます。この弱体化をどう抑えるかが、今後の大きなソーシャルニーズになるはずです。例えば、私、諏訪がスマホというデバイスを持つことで記憶機能や検索機能は拡張しますが、スマホを取り除くと、私はもう知り合いの電話番号も覚えていないわけです。だんだん字も書けなくなってきている。この意味で確かに弱体化している。これはテクノロジーの進化の宿命でもあり、人間の弱体化をどう抑えていくかも、また社会実装の中で解決していくべき大きな課題だと我々は考えています」 

 

創業者のDNAを引き継ぎ、未来からバックキャストして技術開発を行うオムロン。その奥には、常に「人間」を見つめながら研究を進める企業姿勢が垣間見えた講演だった。 


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株式会社 日立アカデミー

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