能登半島地震から6ヶ月。感染対策の専門家が支援を通して考える「私たちにできること」
感染対策の専門家として、30年間活動してきたモレーン。
「感染症が人と人を遠ざけることのない未来を実現すること」を目指し、感染が起こりうるあらゆるシーンで感染対策製品の提供やコンサルティング、運用サポートを行っています。
そんなモレーンは、2024年1月1日に発生した石川県能登半島地震において、発生直後から感染対策製品の物資提供を始めとする支援活動を行いました。
現地では、地震から6ヵ月がたった今でも多くの人々が避難所や仮設住宅で暮らしており、未だ断水が続く地域が多くあります。
そんな現状を踏まえ、支援活動を通じて感じたことや今後取り組むべきことについて、実際に現地入りをした代表取締役社長の草場がお伝えします。
2024年1月1日、地震発生からの活動
2024年1月1日16時10分、能登半島地震が発生。
「尋常ではない事態だ」と感じ、すぐに役員と連絡を取り、2時間後には東京本社に災害支援チーム「MDAT(Moraine Disaster Assistance Team)」を設置しました。
現地の感染管理認定看護師と連絡を取り、必要物品の確認を行うほか、道路状況を確認。
物流がストップしていることが判明し、物資を自分たちで運ぶことを決め、道路の崩壊にも対応できる四輪駆動車を確保しました。
倉庫から物品を運び出すため、フォークリフトの資格を持つ人員を招集し、現地での受け入れ態勢を確認しながら「何をするか」「どうやるか」を急ピッチで検討。
避難所が立ち上がり長期的な被害が出ると判断したため、役割分担を工夫しながら迅速に行動に移しました。
モレーンは2011年の東日本大震災から支援活動を行っているため、MDATメンバーは「震災が起きた場合に何をすべきか」を理解していました。そのことに頼もしさを感じました。
▼感染対策のプロが果たす役割。3.11の災禍で誕生した「独自の被災地支援チーム」と刻まれたDNA
地震は発災から2週間が最も過酷な期間です。
物がなくなるとパニックに陥りやすくなるため、このタイミングでモレーンに何ができるかがとても重要でした。
1月2日にトラックの荷台に物資を積み終え、3日の朝に現地入りし、日本環境感染学会の災害時感染制御チームDICTと連携しながら、物資を災害支援拠点へ届けました。こうした物資支援は、物流が正常に動きはじめる1月中旬まで継続して行いました。
このとき届けた物資は、主に下記の3つです。
・水が使えない、流せなくても排泄物を固めて汚染拡大を防ぐ簡易トイレ(ハイジー ベッドパン・ポータブル便器バッグ)
・お風呂が使えなくても、全身を拭けるボディワイプ(ケアエル)
・高い洗浄力および除菌力で感染性胃腸炎にも対応する、水がなくても使用できる環境除菌ワイプ(クリネル ユニバーサル)
避難所では保健師さんへ製品の正しい使い方を伝えるほか、すでに感染症が発生していたため、感染対策のポイントをお伝えさせていただきました。
感染リスクを高める「断水」
東日本大震災のときから「断水」による感染リスクを非常に懸念してきました。
余震が続く状況では、自宅よりも避難所の方が安全だと多くの人が身を寄せます。しかし、避難所は混雑しており、今回の能登半島地震も同様で、その環境は「若くて健康でも、体調を崩す」ようなものでした。
厳しい寒さの中、布団を幾重にも重ね、1日中じっと佇んでいる。そんな環境では体調を整えることのほうが難しいはずです。
自衛隊が屋外に仮設トイレを設置してくれましたが、外は寒く、特に高齢者の方はトイレに行く頻度を減らすために水や食事を我慢します。すると水分不足や栄養低下を引き起こし体調を崩しやすくなります。
健康を害する要因が増えていく様子に、やるせなさが募りました。
「人と人が遠ざかっては意味がない」
大きな災害が発生すると避難所が設けられ、そこでは感染症が発生します。特に高齢者が多い避難所では新型コロナウイルス、ノロウイルス、インフルエンザの3つが同時に発生することが多く、今回も同様でした。
避難所では感染者が出ても、隔離できるスペースがありません。そうなると
「あの人が咳をしている。あの人の近くにいたくない。」
と疑心暗鬼に陥ります。感染症はそもそも、人を遠ざける類のものなのです。
しかし、正しい知識を持って、正しい行動をとれば「互いに助け合うこと」はできます。
正しい知識や情報、最適な製品を提供し、感染症を広げないことがモレーンの役割です。
今回、避難所の保健師さんに対し、感染対策製品を正しく使用するためのレクチャーを行いましたが、彼らもまた被災者であり、さまざまなストレスや問題を抱えていたはずです。
そのような方たちに対し、偉そうに指導するのではなく「こんなふうに工夫すれば感染対策ができます。だから一緒にやっていきましょう」と寄り添い、手を取り合って感染拡大を防いでいきたい想いを伝えました。
私たちが物資の提供だけでなく保健師、看護師の方の気持ちにも寄り添いながら行ってきた活動のベースには、モレーンのビジョンである「感染症が人と人を遠ざけることのない未来を実現すること」への想いが社員1人1人にあるのだと、改めて感じています。
2024年5月の現地訪問「私たちのこと、みんな忘れていますよね...。」
物資の支援は、物流が正常に動きはじめる1月中旬まで続きました。
1月の後半には医療従事者向けのウェビナーを開催し、実際に目にしてきた能登半島地震の感染制御についてや、被災地で必要とされる感染制御アイテムについてお話ししました。
参加いただいた看護師の方からは「災害時に水がなくなることを想定して備蓄する必要性を感じた」「使い方を熟知しておくことも大事」という声をいただいています。
その後も度々被災地を訪れていましたが、2024年5月に七尾市、穴水町、珠洲市を訪問した際、現地の認定看護師の方にお話を伺う機会がありました。
そのとき、耳にした
「みんな、私たちのこと忘れちゃっていますよね」
という言葉が印象に残っています。
珠洲、穴水、輪島では現在でも多くの方々が避難所や仮設住宅で暮らしています。
お話を伺った方の中にも、自宅の断水が続く中で仮設住宅に住み、ケアを続ける看護師の方がいました。
地震の被害にあわれた方は高齢者が多く、医療を必要としている方も多数いますが、病院で働く方々も過酷な状況下で働いています。
私は現地に行き、ただ話を伺うことしかできませんでした。
能登半島地震から半年がたった今でもまだ、水が出ない家で過ごしている方がいます。今回の訪問で、まだ先が見えない中で戦っている方が大勢いることを知りました。
被災して、支援を受ける立場になったら
今回の地震はモレーンの拠点である東京でも大阪でもなかったため、支援活動ができました。
しかし、自分たちが住む東京で大きな地震が起きたら、今回のような活動は実現していないでしょう。
自分の家が倒壊しても地域と人を守るためにがんばっている。そんな方々を目の当たりにして、私は「自分に同じことができるだろうか」と考えました。
「自分のところに地震はこない」
時間の経過とともに、災害への不安や恐怖は薄らいでいくものですが、日本ではどの地域でも自然災害に被災すると考える必要があります。
今回私たちは支援する立場でしたが、支援を受ける「受援者」になる可能性もあります。
その可能性を念頭に置き、災害を自分ごととして備えることが大切だとあらためて考えます。
感染対策という視点から災害の現場を見てきた私たちが次にやるべきこととして、病院や自治体に向けた感染対策製品の備蓄についてや、感染制御ノウハウを周知していくことを見据えています。
具体的には倉庫の分散、備蓄キットの開発も完了し、それらの整備や自治体との連携を強化していきます。また、全国にある7拠点のBCP(事業継続計画)*を見直し、どこで災害が発生しても機能不全に陥らず、支援を継続できるような体制も整えています。
*企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの 緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつ つ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常 時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを 取り決めておく計画のこと
災害で苦しんでいる人々をさらに感染症で苦しめるわけにはいかない、自分たちにできることは必ずやる、モレーンのDNAとしてこれからも組織全体に受け継いでいってほしいと強く思います。
今ここで、もし地震が起きたら、自分に何ができるのだろう。
この問いを、これからも考え続けていこうと思っています。
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