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積水化学グループのDXロードマップ――人材の学びと現場の実装が未来を拓く

著者: 積水化学工業株式会社


DXはいっときのトレンドではなく、大きなうねりを持った潮流になりつつある。VUCAと呼ばれる、先の予測が困難で不確実な時代。これまでのビジネスで築いてきた方法論や考え方の延長線上では立ち行かなくなっている。長期的なビジョンに立ち、DX(デジタル変革)を推進していくことが求められるゆえんである。


積水化学グループは2019年から本格的にDXに着手。全社一丸となったDXを推進するため、2020年4月に「デジタル変革推進部」を新設した。現場の業務課題をデジタルで解決していくために2023年度からスタートしたのが5つのDX実践講座だ。2030年を見すえ、DX人材の育成と錬磨を現場から進めていく。長期のロードマップでDXに向かい合うグループの一歩は、いかにして踏み出されたのか。デジタル変革推進部でトランスフォーメーションをリードするメンバーと、講座を通して業務課題の解決と実装に取り組んだ2名に登場いただき、DXの現在時刻を見ていこう。

危機感から始まったDX――2030年に向けたチャレンジの一歩

「このままでは成長どころではない、持続していくことすら難しい――この危機感が、DXを推進する原動力になりました。Vision 2030の実現にはDXが不可欠なのです」


DX戦略の原点を振り返るのは、デジタル変革推進部長として改革推進をリードする前田直昭だ。


積水化学は長期ビジョン「Vision 2030」を掲げ、社会課題の解決や未来につづく安心の提供で、業容倍増を目指している。この長期ビジョンの実現に向けて求められるのは、従業員一人ひとりが従来のやり方にとらわれず、実直に挑戦し続けることだ。


「私たちが掲げるVision 2030を達成するためには、従来の業務プロセスやビジネスのやり方だけではかないません。これまでの方法には多くの良さがありましたが、社会的責任を果たしながら成長を続けるために変革が不可欠です。また、労働力の確保が困難になる中、生産性の向上も優先すべき課題です。そこで生き抜いていくためにデジタルによって成長戦略、構造改革を加速させていく。これが当社におけるDX推進の出発点です。


2020年からデータ基盤や業務システムの導入を進め、DXに必要な基盤を整えてきました。しかし、デジタルツールやデータはただ存在するだけでは価値を生み出しません。活用し、変革に直結するかどうかは、使いこなせる人材の存在と、その人たちの挑戦の数にかかっているのです」


積水化学工業 デジタル変革推進部 前田直昭部長


積水化学が進めるDXのミッションは、Vision 2030を実現するための成長戦略・構造改革を加速・支援することだ。その一環として「DX実践講座」が始動する。この講座は社員がデジタルスキルを学び、デジタルツールを活用して業務課題の解決に臨み、挑戦行動につなげてもらうことが目的だ。2023年度の上期に検討が始まり、64名の第一期生が集まった。前田が受講生に望んだのは「学んだ知恵やスキルを自ら担当する業務の改善に活用し、それを展開して組織の生産性を向上する役割を担ってほしい」ということだ。


「DXの推進で重要なのは、単にデジタルに詳しい人やツールを使える人が増えることではありません。現場が直面している具体的な課題を解決できる人材を育成することが本質です。今回のプログラムでは、特にこの点を重視しました」


単なる技術的スキルの習得だけではなく、それを現場の課題解決に結びつける実践的な講座を目指して――講座の企画・展開を担った長谷川が、さらに解説する。


積水化学工業 デジタル変革推進部 デジタル変革企画室 長谷川平


「DX改革前に行われていたのは、あらかじめ決まったメニューとデータを使った『研修』でした。技術の習得はできても、それを実際の業務にどう応用するかが課題でした。今回のDX実践講座では、受講者が直面している個別の業務課題を自分たちのデータを使って解決することを目指しました。従来では解決が難しかった課題に向き合い、デジタルの力を駆使して乗り越えていくことに意義があります。個別の課題の解決を支援していくことは簡単ではありませんが、社外講師や受講生同士でコンタクトを取れるコミュニティを用意するなど、きめ細かいフォローアップ体制を整えました。その結果、64名全員が自身の業務課題に取り組み、具体的な成果を導くことができたのです」


デジタルの力を使って現場で課題を解決し、成果を生み出していく


長谷川らはツールの選定を進めつつ、5つの講座の内容を絞り込んだ。AI(※1)とBI(※2)が各二講座、RPA(※3)が一講座というラインアップだ。「受講者にとって有用な内容に集約できたと感じています」と振り返る長谷川が、講座コンテンツの実践性に触れる。


「講座ではツールの利用法を学ぶ座学もありましたが、中核になったのは、自分の業務で使っているデータを活用し、AIやBIに精通した講師に一対一で伴走してもらうというアプローチです。単なる詰め込み型のプログラムではなく、受講者が自分で手を動かして実装を進める中で、疑問が生じたら、タイムリーに質問できる環境を整えたのです」


(※1) AI<機械学習>:未来の出来事や結果を予測するために、過去のデータを使ってパターンを学習する人工知能の技術

(※2) BI<ビジネスインテリジェンス>:収集したデータについて、うまくいっている部分や、改善すべき部分を可視化する技術

(※3) RPA<ロボティック・プロセス・オートメーション>:繰り返し行う作業について、コンピュータが自動で行う技術


積水化学 環境・ライフラインカンパニー 西日本営業本部 近畿設備システム営業所 中村智也所長


64名の第一期受講生の中でも、環境・ライフラインカンパニーで近畿設備システム営業所を統括する中村智也の取り組みは営業現場に大きな示唆と影響を与えている。中村が課題としていたのは、営業所にとって最も大事な数字の可視化だ。背景を中村が解説する。


「営業所では、その日までの平均売上と契約、残日数を見ながらその月の着地見込みを算出していました。各担当者は計算と分析に時間を費やしますし、ノウハウの標準化がなされておらず、精度にバラツキがありました。また、上長と部下の間で売上着地予測についての認識差が生じた場合は『数字が固すぎ。もう少し数字を積めるのでは?』もしくは『本当にそんなに行くの?根拠は?』等といった定性的なやりとりがありました。何か共通の物差しを作ってこのような課題を解決できないか……。そう考えていたところにDX実践講座を知り、課題解決のために受講を決意したのです」


中村が取り組んだテーマは、営業所の「当月売上予測データベース」の作成だ。月次の見通しを立てるために必要な要素をデータベースに網羅し、日々変化する数字を可視化した。着地予測の精度が増しただけではなく、部下との間で共通の基準を持つことでタイムリーな指示や対策を可能にした。中村は、講師との1on1でBIツールへの知見を深め、全国営業所長とのネットワークを活用し、さまざまな要望を採り入れながらマネージャー視点で活用できるように完成度を高めていった。業務への実践性を高めた手応えについて、中村は次のように振り返る。


「ツールを使いこなすためではなく、実務上の課題解決のために受講しましたが、成果物を狙い通りに仕上げることができました。所長レベルで使いやすい機能が実装された実感があります。加えて他部署も一覧で確認できるよう発展させたため、さらに上層の営業本部長や事業部の視点でも一瞬で数字が俯瞰(ふかん)でき、非常に有用なものに仕上がりました。現在このダッシュボードは当カンパニーで最も活用されているダッシュボードになりました。講師との3時間の1on1を通して実装を学ぶのはタフでしたが、所長という立場で率先垂範する姿を見せたことで、組織のDX推進に貢献できたと考えています」


積水化学 住宅カンパニー 技術・CS統括部 生産・物流革新部 物流革新室 中村秋香担当係長


中村秋香は住宅カンパニーの技術・CS統括部で「経営指標ダッシュボード」に取り組んだ。担当するセキスイハイムの工場では、生産管理において膨大なデータが日々生成されている。しかし、そのデータは各所に分散しており、必要な情報を得るには多大な手間と時間がかかっていた。さらに、データ分析が容易ではないため、迅速な意思決定が難しいという課題もあった。現場の実情を中村が語る。



「データは確かに存在しているのですが、それが分散しているために、各システムから情報を引き出して統合するのに非常に時間がかかります。結果として、データを活用して分析するプロセスが滞りがちに。この過程を迅速化することで、生産の効率化や改善のための意思決定に寄与したい。そんな思いがあったのです」


講座を受講した中村が目指したのは、BIツールを活用したダッシュボードに経営指標を集約し、経営判断に資するデータを視覚的に把握できるようにすることだ。実際にダッシュボードを作成し、上司に提示したところ、「これは分かりやすい」「判断に資する実践的なインターフェースだ」と高い評価を得られたという。さらなる手応えを中村が深掘りする。


「資料作成時間が月に8時間削減できたという具体的な成果もありますが、最も重要なのは、このダッシュボードによって経営判断が迅速に行えるようになった点です。目に見えにくい部分ではありますが、経営効率の向上や意思決定の質の向上といった、大きな価値の創出につながると確信しています」

受講生と講師、支援の三位一体で進むDX改革――第一期生の挑戦がもたらす未来

長谷川はツールの習熟や指導の進捗を見守り、講座を受講中だけでなく受講後もきめ細かなフォローを行ってきた。現場を変えた2人の奮闘を感慨深く振り返る。


「中村智也さんは設備システム営業所長という立場でありながら、自ら手を挙げて取り組んでくれました。その影響力は部下や周囲に計り知れないものがあると感じます。中村秋香さんが直面していたような、表計算ソフトによるコピペ作業は価値を生むことがありません。このようなプロセスをスリム化し、生産性を高めることがDX改革の要諦です。価値が生まれるのは、その後の意思決定やお客さまに役立つ瞬間なのです」


前田も「現場で進むこれらの実装が、DX改革をさらに前進させる」と期待を込め、第一期生たちのチャレンジを総括する。


「受講生たちは積極的に課題解決に取り組み、1on1のセッションを通じて成果を上げました。学びを組織内に広げる動きも活発で、その意欲には心から感謝しています。今回の講座は、0→1(ゼロイチ)の取り組みでした。受講生、講師、そして私たちの社内サポートが理想的に連携し、三位一体となって成果を生み出しました。DX改革を推進する立場から、第一期生の成果とタイミングには非常に良い感触を得ています」


DX実践講座は2024年度に第二期がスタートし、さらなる進展が期待される。長谷川は、「第一期生、第二期生が築き上げた成功体験が、未来に到達する基盤になるでしょう。今後も魅力あるプログラムを提供し続け、第三期生以降に引き継いでいきます」と語る。


前田が力を込めたのは、今後のDX戦略の展望だ。グループにおけるデジタル変革の期待と推進の矜持(きょうじ)から、2030年までのロードマップが望める。


「2030年には、DX人材が特別な存在ではなく、組織に自然と存在している時代になるでしょう。折り返しである2025年には、他の研修等の受講も含め、半数の社員がデジタルを業務で使いこなしたり、業務のDX化を推進することで変革を実行するDX人材となることを目指します。2025年からの5年間が新たなフェーズになるように、第一期生や第二期生と共に成果を出すことが重要です。DX実践講座を含め、改革の施策は次々に実を結ぶと信じています。その未来に対する期待とワクワク感を持ちながら、2030年に向けて進んでいきたい。卒業生たちが現場で学びを広げ、どのように活躍するかを見守っていきたい。積水化学グループ全体にDXの風が伝わり、広がっていくこと。その先に、DX戦略の成功が見えてくるのです」


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