【持続可能な観光地経営をデザインするvol.2】オーバーツーリズムは諸悪の根源
地方創生大賞として評価された「白川郷の冬のライトアップイベント改革」を、なぜ弊社で手がけるようになったか? ということに関しては前編「持続可能な観光地経営をデザインする vol.1」にて、お伝えしてきた通りです。
その続編となる本コラム【持続可能な観光地経営をデザインするvol.2】では、「冬のライトアップイベント」に伴うオーバーツーリズム問題の大枠を捉えました。そのうえで、続編となる【持続可能な観光地経営をデザインするvol.3】をお読みいただければ、地方創生大賞受賞に至った「持続可能な取り組み」の具体的な内容や方法について、ご理解いただけると思います。
目次
- 時代が変化していく中で、変わらないこともリスク
- 課題解決に向け全体設計を描いていく
- 今後の課題・改善点
- 諸悪の根源は設計段階から意識する
1.時代が変化していく中で、変わらないこともリスク
持続可能な観光地経営では、観光地の文化や歴史、伝統を本来の姿で継承して守り観光資源として生かしますが、変化していく時代に寄り添うことも同じく重要だと考えています。
(2018年以前の交通渋滞の様子:駐車場まで2時間待ちなどが常態化)
遡ること、2017年の冬。
「旅ジョブ」から「NOFATE」に業態を変えるきっかけ、そして地域商社「合掌HD」設立を決意するきっかけとなった「冬のライトアップイベント」。その年のボランティア経験から、『完全予約制』『入場有償化』に至るまでには、『変化を受け入れる』という村の決断が必要でした。
・1995年の世界遺産登録以降から日本人観光客が増え出す
・2000年から貸切バスの予約制を開始
・2013年頃からインバウンド旅行客が増え、慢性的な混雑が発生
・2017年、2018年に問題が浮き彫りになり抜本的改革が求められた村の決断
・2019年から導入した、完全予約制・入場有償化
当初は、ボランティアをやり遂げた時点で、2018年のイベントではすぐに『完全予約制』が導入されるものだと思っていました。しかし、村側の意向としては村民の合意形成が必要ということで、2018年も従来通りの進め方で行うという決断をしました。
しかし、当時オーバーツーリズムという言葉が観光業界では話題沸騰だったことと、2018年のイベント現場での混乱・混雑ぶりが様々なメディアで取り上げられてしまったことで、2019年には抜本的改革が必要になってきました。
そこで「NOFATE」は、このような背景を好機と捉え、イベントのボトルネックとなっていた入場者管理・運営を村側に打診して、予約管理や当日のオペレーション全てを一任していただけることになりました。
コラムの【持続可能な観光地経営をデザインするvol.1】で書き綴ったように、オーバーツーリズムに伴い悲しい表情をするお客様の様子が脳裏に焼き付いていたので、その罪悪感から解放される喜びで、チームの士気はみなぎっていました。
地域で長く続いてきたイベントや制度、慣習などを変えるには難しい判断を迫られることがあります。しかし、時代が変化していく中で、変わらないことも大きなリスクなのです。
(2017年展望台から景色を見ようと多くの観光客が殺到する様子)
2.課題解決に向け全体設計を描いていく
完全予約制を実行するうえで、重要であったことは4つに集約できます。
・どのようにしてお客様に完全予約制を認知していただくか
・住民 / 観光客の負担を軽減し、観光客の安全を確保できるか
・どのようなお客様に来ていただき、楽しんでいただくか
・有償化にすることで地域財源の負担を減らす
(完全予約制にあたり設計し実行した仕組み)
そもそも完全予約制という言葉を選択した理由としては、インパクトかつコンパクトな単語で来場予定者に認知してもらう必要があったからです。
SNS、インフルエンサー、各メディア、旅行代理店などに協力していただき、日本人のみならずアジア人にも半年前から情報発信を続けていきました。
結論から言うと、『完全予約制の周知は大成功』といっても過言ではありません。2019年は完全予約制初年度にも関わらず、99.2%のお客様が事前予約をしてご来場くださりました。予約制と知らずご来場されたお客様は約2,400組の中で20組程度という数字です。もちろん予約を知らずに来られた20組のお客様への対処方法なども事前想定していたため、大きな問題も混乱もなく終わりました。
台湾での参考記事:沒預約不能玩!合掌村將採「全面預約制」
(来場者でもっとも多い台湾人に向けメディアでも報道され多くの国民に完全予約制ということが周知されました)
『住民/観光客の負担を軽減し、観光客の安全を確保できるか』ということに関しては、従来20人ほどいた村民ボランティア(村内の観光従事者)が稼働しなくても、問題なく現場を回せるようになったこと且つ観光客の安全面もクリアしたことで、達成したことは明らかです。
事前予約制にしたことで予約者情報の国籍・懸念点などのデータ分析ができ、人員配置を効率よくできたことが起因しています。
実施後の村民へのアンケートでは「次年度以降も、完全予約制を続けた方が良い:96%」や「来場者の質がよくなった」というポジティブな意見が多く寄せられました。またお客様としても86%が完全予約制に賛成という結果になりました。
(事後アンケート)
(駐車場までの待ち時間が劇的に短縮され、渋滞は解消)
(2019年、予約制としたことで駐車場は整然とした姿に)
『どのようなお客様に来ていただき、楽しんでいただくか』
観光地経営で最も重要であるにも関わらず、多くの地域で抜けている視点であり、「地域が観光客を選ぶ」という発想です。これはレスポンシブル・ツーリズムで重視されている考え方で、観光成熟市場のハワイが意識して行っていることです。受け入れ側となる地域が明確なフィルタリングをしていれば、来訪する観光客は徐々に理想に近づいていきます。
レスポンシブル・ツーリズムに関してはこちらに詳細を書いておりますので、気になる方はご覧ください。
オーバーツーリズムを解消するには、観光産業を成り立たせるだけの来場者数を確保しつつ、住民への負荷がかかりすぎないように、来場者数を抑える対策が必要でした。前編の【持続可能な観光地経営をデザインするvol.1】では、オーバーツーリズムにより起こってしまう観光客と住民の摩擦をご紹介しています。続編のvol.3では改善策を具体的に記して、データも掲載しているので参考にしてください。
『有償化にすることで地域財源の負担を減らす』
イベントを「完全予約制」にするとともに、「入場有償化」することが最大のポイントでした。それまでは、イベントに関わるシャトルバスの運営や警備費、現場スタッフなど多くの費用が村側の負担になっていたものの、イベントで徴収していたのは駐車場代のみでした。
多くの地域では『来場者や観光客から入場料をいただくのは、申し訳ない』という想いがあります。しかしそれでは、いつまでたっても良いサービスは生まれません。『お金を払ってでも行きたくなる場所・地域・イベントにしていく』という発想や心意気が地域全体で必要なのです。
「イベント会場の入場券」と「展望台の入場券」を有償化することで、来場者を2/3~半数程度に減らして、売上単価を上げることで売上額を2倍に増やしました。
3.今後の課題・改善点
いつの時代もお客様は敏感です。オーバーツーリズムを解消に導いてはいますが、お客様満足度の向上という点では、まだまだ多くの課題が残っています。
今後、メインとなっていく個人旅行向けにブランド化しなければ、お客様から見放されたイベントになってしまいます。イベント後のアンケートで、「家族や友人に、このイベントを勧めたいですか?」という問いに関して、まだ1~2割ほどが否定的であったことを真摯に受け止める必要があります。
SNSが身近な現代において、その恩恵にあやかろうとするならば、その土地に多い旅行者の特性にも目を向けるのは有効です。アジアでは、インスタ映えする画像を撮ってSNSにあげることが依然人気ですが、観光地の文化や歴史、伝統など地味に映ってしまうことにも、よりフォーカスしていく必要があります。また、欧米人旅行客のイベント参加率は、全体の2%にも満たず、彼らが参加したくなるようなイベントにできるかどうかも、今後の重要な鍵になってきます。
4.諸悪の根源は設計段階から意識する
強く言ってしまえば、『オーバーツーリズムは、大切な観光資源を失うリスクのある病気』です。この病気を放置することで、受け入れ側の疲弊から始まり、【持続可能な観光地経営をデザインするvol.1】で述べたようなサービスの質の低下により、観光客と住民の摩擦が生じます。事態を変えないとリピーターの獲得もままならないのに、目の前の業務をこなすことで精一杯なため、「求められているサービスにまで、意識を向けられない」という悪循環に陥ります。
近年のインバウンド需要の爆発的な増加により、世界遺産・白川村でも慢性的なオーバーツーリズム問題が深刻化していました。そのような状況を打開すべく、イベントの開催場所である白川村に地域商社「合掌HD」を立ち上げました。【持続可能な観光地経営をデザインするvol.3】で、軸となり動いてくれているメンバーのことをご紹介しています。彼らが主に、「持続可能な観光」を実現するために地域に働きかけています。
重要なので何度も繰り返しますが、健全な観光地経営には、受け入れ側が主体性を持ち、実現可能かつ持続可能なサービスに取り組むことによって形成されます。そのためには、質と量のバランスがとても大切です。「NOFATE」では、短期的な問題にフォーカスするだけでなく、現状の問題を踏まえつつも、それらを抜本的に改善するために、「お客様の満足度を高める」という受け入れ側の共通目的を明確にして、実現可能で持続可能なアプローチと、現場オペレーションをデザインし直していきました。【持続可能な観光地経営をデザインするvol.3】では、現場でどのような情報を共有してきたのかを具体的に書いています。現場オペレーションに関しては、共有してきた情報をもとに、来場者に沿ったオペレーションを実施したことで、円滑に誘導しました。
観光地経営は、とにもかくにもチームプレーです。観光産業に関わりのあるさまざまな事業者が連携し、時には観光産業に携わらない方の意見も取り入れながら取り組む姿勢が重要なのです。このことを念頭において、受け入れ側全体が当事者意識を持って取り組めば、改革が実現することでしょう。「NOFATE」は、そうやって成果を上げてきました。
本コラム【持続可能な観光地経営をデザインするvol.2】では、「冬のライトアップイベント」に伴うオーバーツーリズム問題の大枠を捉えました。前編の【持続可能な観光地経営をデザインするvol.1】では、実際に現場で起こっている摩擦を取り上げています。続編となる【持続可能な観光地経営をデザインするvol.3】では、地方創生大賞の受賞に至った「持続可能な取り組み」の具体的な内容や方法について書いています。少しでも、お役に立てれば幸いです。
【持続可能な観光地経営をデザインするvol.3】相互扶助の精神「結」を継承し、原点回帰に取り組む白川郷には、いま世界が目指すサステナブルの本質がある。
【持続可能な観光地経営をデザインするvol.1】ボランティアでの現場体験から使命感へ
行動者ストーリー詳細へ
PR TIMES STORYトップへ