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人の数だけ、物語がある

一人でも多くの人に、バレエを観る機会を届けたい - 光藍社企画営業・戸塚彩夏インタビュー

著者: 株式会社光藍社

幼いころに影響を受けた出来事をきっかけに、将来の夢を思い描く人は多い。

でも実際にその夢を叶える仕事に就く人は、それほど多くはないでしょう。


今回話を聞いたのは、バレエやオペラなどの興行事業を行う、当社の戸塚彩夏。


戸塚は幼いころに地元、静岡県で観たバレエ公演に強い感銘を受け、中学生のころには進路を決めて、その後当社に入社し、バレエ団を日本に呼ぶ仕事に就きます。


「バレエは敷居が高い、習っていたことはあるけれど、実際に見たことはない。そんな人にこそ、一度本場のバレエの公演を見てほしい」


そう力強く言い切る戸塚に、バレエと出会ったきっかけや、思い入れのあるバレエ公演などの話を聞いてみました。

今だからこそできる、新たな取り組みを模索する日々

主に海外で活躍する一流の劇場・団体を招聘し、日本全国でバレエやオペラ、クラシックコンサートなどの公演を届ける事業を行う、株式会社光藍社。


しかし、新型コロナウイルスの影響で、全国の団体が様々な公演を中止せざるを得ない状況が続く日々。光藍社も例外ではありませんでした。


そんな苦しい状況の中、バレエ公演の企画を行う戸塚。いま、どんな気持ちでいるのでしょう。


戸塚:「光藍社では毎年夏と冬に公演を行っているのですが、今年は夏の公演をやむなく中止に。冬の開催についても今ちょうど議論をしているところなんですけれど、なかなか厳しい状況です(9月上旬取材時)。

感染症拡大防止措置を徹底すること、客席を50%までしか埋めてはいけないなど、公演を行う上での様々な規定は公演によってはクリア出来ることは分かりました。ただ光藍社の公演は、「海外から人を呼んで、日本で公演する」という形態をとっているので、入国の制限や14日間の隔離など、まだまだ越えなければいけないハードルが多くあります。

今回ばかりは悔やんでも仕方がないですよね。あまり焦らず、今年は無理せずに、という判断になるかと思います」


だからといって、休んではいられません。公演の中止対応に追われる日々の中、彼女はもうすでに先を見据えています。


戸塚:「私たちの仕事は、公演開始の2年以上前から企画を始めるんです。そのため、今は来年・再来年の公演の企画や準備を始めています。

また、少し時間が空いた今だからこそできることも。バレエ文化の裾野を広げる活動が出来ないかと考え、会社のみんなと一緒に、色々と新しいプロジェクトについてアイディアを出し合っているんです。

例えば、SNSを活用してバレエ団の紹介をしたり、YouTubeで発信していくための動画を作ったり。私たちだからこそできるコンテンツを配信して、どんな場であっても、ファンの方々に喜んでいただけるものを届けたいなと考えています」

ミハイロフスキーに魅せられ、自分がやるべき仕事を見つけた

光藍社の中でも、誰よりも熱い想いをもってバレエ公演の企画にあたっている、戸塚。バレエとの出会いは、4歳のころ。体が弱かったという彼女に、お母様の勧めで習い始めたことがきっかけでした。


でも、これほどまでにバレエの世界にのめり込んだのは、小学生になったころ。両親に連れて行ってもらった、とあるバレエ公演を実際に観たことがきっかけだったそう。


戸塚:「教室に通って、自分で体を動かすこと自体はもちろん楽しかったんですが、実際にこの目でお客さんとして観たバレエ公演にものすごく衝撃を受けたんです。それが、2003年ミハイロフスキー劇場バレエ(当時の名称は、レニングラード国立バレエ)の「白鳥の湖」でした。

それまで自分が知っていたバレエは、教室で行う基礎の練習だったんです。でも公演ではプロのダンサーたちが、舞台で華やかに踊り、キラキラと輝いていて。それだけでなく、振り付けや音楽、演目に合わせた豪華な衣装や舞台装置……。バレエとは、すべての芸術の集合体でやるものだということを、初めて知りました。今思えば当たり前のことなんですが、幼いころの私にとっては、すごく魅力的に映ったというか、心を打たれた体験で。

自分が踊るだけでは気が付かないようなことが、たくさんありましたね」


この印象的な出来事をきっかけに、戸塚はなんと、中学生の頃には自分の進路を決めていたといいます。いつかこのバレエに関わる仕事がしたい、と。

その後舞台芸術招聘事業のパイオニアとして知られる、NBS日本舞台芸術振興会の佐々木忠次さんの本を読み、プロデューサーとして関わる道があることを知ります。


戸塚:「佐々木さんの本を読んで、私も将来プロデューサーとして海外のバレエ団を呼び、日本の方にこの素晴らしさを知ってもらえるような公演を作りたい、という想いが強くなっていきました。

そのためには歴史や演目など、様々なことを勉強する必要があると思い、大学では芸術学部へ。また海外のバレエ団とのコミュニケーションをするためには、英語もできないとダメだな、と考え、バレエの歴史や研究が盛んなロンドンの大学院にも、1年間留学しました」


しかし、この業界はかなりの狭き門。プロデューサーという仕事に就くための就職活動は、思ったようにうまくはいかなかったといいます。

そんな中、実家に帰ったある日。戸塚は一冊のプログラムに目を留めました。2009年に、地元近くで行われていたバレエのガラ公演のものです。


戸塚:「当時、地元の隣町で行われていたガラ公演(1つの演目を全幕で見せる手法ではなく、様々な演目をハイライトで見せるもの)を観に行って、プロのダンサーたちと一緒に、バーレッスンを受けさせてもらえる機会があったんです。公演の印象よりも、一緒に並んでバーレッスンをやったということがすごくうれしくて、印象に残っている出来事でした。

実はその公演を主催していたのが、ここ光藍社だったんです。調べてみると、ちょうど企画営業という枠で、私が希望している仕事ができそうだったので、すぐに連絡をしてみました。それで門を叩いたのが始まりです。なんか、すごく運命的な出会いですよね」

感銘を受けたあのバレエ団を、どうしても日本に呼びたい

2016年2月。光藍社の一員となり、運よく入社当初から企画の仕事に就くことはできたものの、仕事の幅広さに驚き、苦労したという。


戸塚:「私たちの仕事はざっくりいうと、公演を企画し、その内容を詰めて、会場を選び、会場や現地のスタッフとの調整を行うもの。

最初の頃は全く分からないので、長く勤めている先輩方に助けていただきながらなんとかやっていました。

企画ごと、公演ごとに仕事内容や進め方が違って、覚えることが山ほどあるんです。あまりに多すぎて頭に入ってこないこともよくありました。

公演が始まると、ダンサー一人ひとりの出入国のスケジュール管理もしなければいけません。公演の現場に行けば、あれがない、これがない、と言われて、都度日本で購入できる場所を探すことも。現場では常に気を張っていないといけないので、あの頃は目の前にある仕事をこなしていくので精一杯でした」


そして2017年。人生で一番最初に観て感動を覚えたという、あのミハイロフスキー劇場バレエの公演を、企画することになります。


戸塚:「ミハイロフスキー劇場バレエは、過去に光藍社で毎年のように招聘していたのですが、2016年公演以降は予定がありませんでした。というのも、2007年から劇場側の体制が変わったこともあり、様々な面で折り合いがつかなくなってしまって。

けれど私自身も、2017年に初めてロシアに行った時、ミハイロフスキー劇場バレエを改めて観る機会があったのですが、ものすごくレベルが上がっていたんです。今こそ、定期的にミハイロフスキー劇場バレエを日本に持ってくるべきだ、という気持ちが強くなりました。

日本のバレエファンの方の中にも、初めてバレエを観たのがミハイロフスキー劇場バレエ(レニングラード国立バレエ)だったという人が多く、せっかくファンがいるのにこうして期間が空いてしまうのは非常にもったいないな、と感じました。そして一度過去の公演の反省点を洗い出して分析し、課題を克服した公演内容を提案して、なんとか企画を承認してもらうことができたんです」


過去に行っていた公演では、毎年同じような演目が続いていたことによって、ファンの方を飽きさせてしまったのではないか、という課題を感じた戸塚は、自身が企画した公演では思い切って2つの新演目を導入することに挑戦します。

それがナチョ・ドゥアト版「眠りの森の美女」と、ミハイル・メッセレル版「パリの炎」の2作でした。


戸塚:「せっかく劇場の体制が新しく生まれ変わり、安定し始めていたので、その新しい面と劇場の特徴を全体的に打ち出す内容にしたいと考えました。

そこで企画したのが、コンテンポラリー作品の振り付けで有名なスペインの振付家ナチョ・ドゥアトが手がけた「眠りの森の美女」と、ソビエト連邦時代のロシアで生まれた「パリの炎」という2作品。どちらのバージョンも、ロシアではミハイロフスキー劇場でしかやっていないものでした。

また、昔からいる有名なバレリーナだけでなく、これから活躍するキャストをあえて主役に配役するなど、とにかく生まれ変わったミハイロフスキーを観てほしい、というコンセプトですべて企画しました。

「眠りの森の美女」については満場一致で決定したんですけれども、「パリの炎」に関しては、あまり有名な作品ではないということもあり、社内でも少なからず反対の声がありました。けれど、私はどうしてもこの2作品で公演を開催したくて。

というのも、「眠りの森の美女」はバレエを知らない人にもなじみのある、有名な作品です。けれどナチョ・ドゥアトの「眠りの森の美女」は昔ながらの演出ではなく、シンプルで高級感のある衣装や舞台装置を通して現代風にアレンジされた演出、洗練された美しいバレエの世界を表現していました。お姫様の衣装、ロシアのダンサーならではのエレガントな踊り、優雅さ溢れるテクニック……。それがすごく楽しめる作品です。

「パリの炎」は、フランス革命を題材にしたお話で、貧しい暮らしを強いられていた民衆が絶対王政を倒す、ミュージカルでいう「レ・ミゼラブル」のようなものです。ミハイル・メッセレル版では、民衆が自由と平等を手に入れるために立ち上がり、平和をつかみ取るまでが描かれています。ロシアバレエの特徴となる、魅せ方やダイナミックなジャンプなどのエネルギー溢れるテクニックも反映されています。ほかにも物語を描く上で大切な情熱的な感情表現など。踊りの素晴らしさを楽しむだけでなく、ドラマ全体を表現するようなバレエで、ミハイロフスキーがやるのにふさわしい、と思いました。

この全く違う2作品がすごく面白い組み合わせだなと思っていて。もともとミハイロフスキーに興味を持っていた方が、どちらかの作品だけでなく、どちらも観てみたい!と思っていただけるのではないかと思いましたね」


バレエの演目を決めるだけでなく、この作品の魅力を伝えるPR活動も、重要なプロデューサーの仕事の一つ。


費用をなかなかかけられないという状況の中、戸塚は様々な取り組みに奔走します。


戸塚:「駅や電車の中、新聞などはもちろんのこと、Webも活用して広告を行いました。

ほかにも、専門家の方に依頼してトークイベントを行ったり、バレエ界で有名なブロガーさんに協力をしていただいたり。私が現地に行って、バレエ団唯一の日本人ダンサーに協力してもらい、インタビューや、劇場案内をしてもらう動画を撮影したりもしました。とにかくその時できたことは全てやりましたね。一度離れてしまったファンの方に、ぜひもう一度観に来てほしい、という気持ちが強くあったので。

いざ行動を起こしてみると、バレエファン、専門家、評論家のみなさんから「ずっとミハイロフスキー劇場バレエを待っていた」という声をいただき、新しい演目が気になっているから協力するよ、と言ってくださる方もいて。本当に周りの方々に助けていただきましたね。

そして何より感謝しているのが光藍社の先輩方です。企画の段階から何度も相談させていただき、一緒に販促を考えてくださり、一枚でもチケットを売ろうと動いてくださり。私の「絶対やりたい!」の気持ちを尊重して、みなさん全力で協力してくれました。私一人の力では絶対に開催できていません。今考えると光藍社全員が一致団結して取り組んだ公演でしたね。

実際に公演が終了したあとも、お客様から「こんな豪華なプログラムを持ってきてくれて、ありがとう」と声をかけていただきました。ダンサーの中にはかつて10年間ツアーに参加していた方もいて「また日本に来られて良かった」と喜んでもらえたことも良かったです。

私が幼いころに感銘を受けたバレエ団を、今こうしてまた持ってくることができて、そして感動してくださる方がいると思うと、大変だった想いは吹っ飛んで、報われた気持ちがしましたね」

どんな状況になっても、バレエを観る機会を創り続けたい

4歳のころにバレエと出会い、衝撃を受けたあのバレエ団を、いま自分の手で日本に招聘し、見事公演を行いきった戸塚。


東京などの中心都市だけでなく、地方公演も開催している光藍社で叶えたい、夢があります。


戸塚:「バレエを習っている・習っていた、けれど劇場でバレエを観たことがない。そんな方にぜひ一度、バレエを観てほしい。願わくば、定期的に観に行ってほしいと思っています。

バレエを習っている方は全国にたくさんいるはずなのに、レッスンがあって忙しかったり、地方公演も少ないので、なかなか観る機会がない、という方も多いんです。

でも一度観たら、きっと衝撃を受けるはず。これは一度観ていただかないと分からないので、なかなか言葉で説明することが難しいのですが。だからこそ、生の迫力あるステージが観られる機会を、私たちは創り続けないといけない。

光藍社は地方公演を得意としているので、子どもから大人まで、全国の人にバレエの魅力を届けたい。そして私と同じように心に何か感じるものがあって、人生が変わるような体験をしてもらえたら、もう、ものすごくうれしいです」


自身の経験不足で、喜びよりも、とにかく大変だった、と振り返る2019年のミハイロフスキー劇場バレエの招聘。残念ながら新型コロナウイルスの感染拡大により、今年計画していた公演は中止となったけれど、戸塚の想いの炎は消えていません。


幼いころからの夢を叶え、一歩大きく前進した彼女が、次にどんな彩り豊かなバレエの世界を私たちに見せてくれるのか。

きっとまたここ日本で開催される日を待ちわびながら、彼女の活躍を陰からそっと、見守り続けたいと思います。


インタビュアー・文:櫻井朝子


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