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『夫婦会議®』で子育て支援?②「“産後離婚”の危機を乗り越えて」〜夫のSTORY〜

著者: Logista株式会社

「来年の今頃、1人になっているかもしれない・・・」


ふいに“離婚”の匂いを感じたのは、娘が生まれて10ヶ月目のことだった。


高校卒業後に両親が離婚。自身も一度目の結婚が長く続かなかった経験があるせいか、「このままでは取り返しのつかないことになる」と危機を察知。人生初の子育てを前に、この先一層協力しあっていく必要があるにもかかわらず、徐々に妻の僕に対する信頼が薄れていくように感じられたのだ。


なぜ、こうなってしまったのか。



《目次》

  1. 甘く見ていた夫婦の「対話」
  2. いつになったら“一家団らん”に踏み出せるのか
  3. 「きつい」「もういいよ」からの、30分『夫婦会議』
  4. 答えは“わたしたち”で創ればいい
  5. あとがき


甘く見ていた夫婦の「対話」


生涯の仕事という意識で、やりがいを持って地方創生の現場でコンサルティングをしていた僕と、独立して人財育成の仕事をしていた妻。結婚前から「いつか一緒に仕事がしたいね」と言い合うほど仕事好きなふたりが、人の親になると同時に「家庭と仕事の両立の難しさ」に直面したこと…これが原因と言えば、そうかもしれない。


しかし、問題の根本はそこじゃない。


小さな命を育んでいく“育児”という大仕事を前に、どのように夫婦で協力し合っていくか。この先の働き方や暮らし方についてどうしていきたいか。不安や不満を出し合ったり、理想を語り合ったり…心を通わせ合いながら、「わたしたちとしての答えをつくっていく時間」が圧倒的に不足していたのだ。


いや、もっと正確に言うならば、

僕が妻との「対話」を大切にしてこなかったこと。


これに尽きると思う。


実際あの頃の僕は、仕事の忙しさを理由に妻の「話し合いたい気持ち」をなおざりにしていた。背景には「家事育児は基本、妻の仕事。夫の僕は補助的役割」という勝手な思い込みもあったと思う。


話し合ったところでどうなるというのか。

僕がメインで稼いで、君が家のことをやる。

きちんと家のことをした上で働くのは良いよ。


言葉にこそ出していなかったものの、心の奥底にはそんな気持ちが少なからずあったのだ。書いていて、昔の自分にぐーパンチをお見舞いしてやりたい。


いつになったら“一家団らん”に踏み出せるのか


そうした中で、最初の1ヶ月こそ笑顔で赤ちゃんのお世話をしていた妻だったが、徐々に「3時間置きの授乳とおむつ替えで全然眠れない」「子どもと二人きりで過ごすのがプレッシャー」と、育児の大変さを口にするようになっていった。


僕も「一家団らんという夢を今度こそ実現したい」という思いがあったため、働き方を変えようと職場への交渉を試みたが、簡単には受け入れてもらえず…。朝6時台には家を出て、深夜0時を回って帰宅する生活を余儀なくする中、妻の苛立ちを止めることができずにいた。


「家事・育児はわたしだけの仕事?」

​「わたしも早く外での仕事を再開したい」

「本気で一家団らんを実現したいなら、

 あなたも働き方を変えて家庭にコミットしてほしい」


と、妻から具体的な要望が出てくるようになったのは、産後半年を過ぎた頃だったろうか。


「週に2回は19時に帰宅して、僕も一緒にやっていくから」と約束。しかし、約束を守れないことも多い上に、早く帰宅できても仕事のことで頭がいっぱい。心ここにあらずという中で、沐浴やオムツ替え、寝かしつけ、ゴミ捨てなど、家事・育児のほんの一部を片手間でやっている僕に、妻の不信感が募っていくのがわかった。


仕事を再開したいという思いだけでなく、誰にも邪魔されることなく眠ったり、温かいごはんを食べたり、お風呂にゆっくり入ったり…今までにできていた“普通の生活”を少しずつでも取り戻したいという思いに寄り添えず、産後10ヶ月が経つ頃には、「この人と一緒に生きていける気がしない」とまで思わせてしまっていたのだ。


何より妻を落胆させたのは、プロポーズの時に語った僕自身の夢「一家団らん」に向けて具体的なアクションを起こせずにいることだった。もうすでに「わたしたちの夢」になっているのに、力を合わせて踏み出すことができない。


今だからこそ分かることだが、当時の妻は「産後うつ」「産後クライシス」状態に陥っていた。浮気や借金などの決定的な何かがあったわけではないが、妻にしてみれば、僕の家庭に対する態度は十分な裏切りに等しかったのだ。


「きつい」「もういいよ」からの、30分『夫婦会議』


思えば、僕自身にも余裕がなかったのだと思う。


子どもが生まれて父親になっても、職場での責任ある立場は変わらない。むしろ今まで以上の成果が求められる中、家事・育児に対する責任も求められる。まさに板挟み状態という中、仕事でもミスが目立ちはじめる。


どんなプレッシャーにも押し負け無い、ラグビーで散々鍛え上げてきたはずの精神力も底を突くほどに、僕も疲弊しきっていた。


そうした中で決まった東京出張。


妻に車で福岡空港まで送ってもらう30分の道のりで、「家庭も仕事も両方大切にしたいのに、出来ない。頑張っているのに、きつい。でも仕事(収入)を手放すわけにはいかない…」と、弱音を吐き出し号泣してしまったのだ。


しかし、それを聞いた妻からは


「もういいよ」


という思いがけない一言が。


そして、「本当に一家団らんが夢なら、それを実現しよう。家庭を大切にした働き方に変えよう。そのために収入が下がっても構わない。何より子どもが小さい内は2人で半分ずつアクセルを踏んで稼げば良い。何ならわたしがあなたの分まで稼ぐよ。わたしだって働きたいの、知っているでしょう?」という言葉が続いたのだった。


自分たちが望む生き方に向けて働き方を変えていこう。

“わたしたち”だから描ける未来がある。


飛行機が離陸する頃には、すっかり肩の荷が降り、

離職する決心が固まっていた。


答えは“わたしたち”で創ればいい


「産後に限らずこの先も、パートナーや子どもが助けを求めている時に家族を優先できない人なら要らない。肝心な時に頼ってもらえないわたしも、あなたにとって必要のない存在に思えたし、何度も離婚を考えた。お互いに助け合えない夫婦関係は虚しいだけだった」


と、当時を振り返って妻は言う。


家庭と仕事の両立問題を前に「自分一人でなんとかしよう」としていた僕に、「わたしたちとして、どうする?」と何度となく『夫婦会議』を持ちかけてくれていた妻。


でも、本来それは産後で自分の事もままならず疲弊していた妻に対して、夫の僕から掛けるべき一言だった…という反省と、諦めずに信じて向き合い続けてくれたことへの感謝の気持ちでこの記事を書いてきた。


「家の仕事も外の仕事も協力し合い『一家団らん』を実現できる夫婦でいよう」


そんな“わたしたちのビジョン”を夫婦で確認しあい、そのために何をどうするか?を話し合った30分。僕たちの場合は、あの車の中での30分が、産後初となる『夫婦会議』だったのだと思う。


結果的に、わが家においては僕自身の働き方を変える必要があり、離職という道を選んだ。文字にすると性急に見えるが、実際には職場にあの手この手で僕なりに交渉をし尽くしてきた。その上での、僕たちの決断だ。


何より、仕事はどうにでもなるが、僕にとって夫婦・家族は代えのきかない存在である。それだけに、以前の仕事に悔いは無い。


決して離職をすすめているわけではないが、「働き方」は自分で想像する以上に選択することも創り出すこともできる。もちろん、路頭に迷わないための策は必要だが、夫婦である以上、その策だって“わたしたち”で考えれば良いということを、僕は妻から教えてもらった。これほど心強いことはない。


一緒に生きていくことを決めて7年。

子どもが生まれて6年。


不都合なこともネガティブな感情も、全部ひっくるめて共有し、諦めずに「対話」を続けていくことでより良い夫婦関係・家庭環境がつくられていく。そのことを、身を以て実感する日々だ。


「答えは、“わたしたち”で創ればいい」


そんな心持ちで、これからも夫婦・家族のパートナーシップを大切にしていきたい。



あとがき


『夫婦会議』の事業の原点(夫のSTORY)にお付き合いいただきありがとうございます。


▼妻のSTORYはコチラ

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弊社は、「未来を担う子どもたちのために産後の危機を乗り越え、より良い家庭環境を創り出していける夫婦で溢れる社会を目指す」をVisionに、結婚・妊娠・産後・育児期の夫婦のパートナーシップを育む『夫婦会議』の事業を展開する子育て支援企業です。


記事本編でご覧頂いた通り、第一子誕生を機に産後離婚の危機に直面。仕事と家庭の両立や夫婦のパートナーシップに課題を抱える中、「同様に葛藤する子育てご夫婦の力になりたい。夫婦で協力して子どもたちにより良い家庭環境を創り出してほしい」という思いで、夫婦でLogista株式会社を設立しました。


夫・妻という関係に父・母という「親としての役割」が加わる妊娠・産後・育児期は、ふたりの関係が劇的に変化します。そこから、産後うつや虐待、DVなどの母子の命に関わる危機や、産後クライシス、セックスレスなどの産後離婚に繋がる危機に繋がることもあるだけに、危機を未然に防ぐ、あるいは乗り越えていける夫婦のパートナーシップを育むことは極めて重要です。


また、日本では夫婦関係は個別の問題と見なされ、行政・自治体の子育て支援の枠組みとも切り離されがちですが、「親になる夫婦がどのような家庭環境を子どもたちに創り出していくのか」という問題に向き合わない限り、真にこの国の子どもたちを守り育てていくことはできません。両親が揃っているから幸せ、安泰とはいえないのが「子育てのリアル」です。


「家庭は社会の最小単位であり、子どもたちが最初に触れる社会そのもの」。


開発した夫婦会議ツールの内、夫婦で産後をデザインする「世帯経営ノート」が2019年にキッズデザイン賞を受賞したことを追い風に、わたしたちLogista株式会社は、これからも当事者である産後のご夫婦をはじめ、産婦人科などの医療機関の皆様、保育・産後ケア関連の事業者様、子育て支援に積極的な企業、行政・自治体の皆様と力を合わせながら、『夫婦会議』がお役に立てる場面を増やして参ります。


ぜひ皆さんも、記事に共感いただけることがありましたら、『夫婦会議』の広がりを一緒に応援いただけると嬉しいです。


出生数が100万人を割り、少子化が更に進んでも…生まれ来る子どもたちのために「わたしたち」にできることがきっとある。その一つが、『夫婦会議』だと私たちは信じています。


Logista株式会社

共同代表 CEO 長廣百合子(妻)

共同代表COO 長廣 遥(夫)





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