「置口空助の発達障害克服論」10年で概ね克服した話⑦D事業所(平成21年11月から平成25年9月)

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「100回聞きCD」について②

         


この「100回聞きCD」は自己規範として使えると確信しました。今まで私が習得できなかった社会との関わり方、人との付き合い方等、ストレスへの対処の仕方、外見について気をつけること、日常の心のあり方等、生きていくうえで必要なものは揃っていました。


当事者として、いろんな出来ないことがあるのですが、一つの特徴として、学習スピードが遅いという特徴がります。きちんと「このことはこういう背景があり、ここはこう理解したほうがいいよ」とまず初めにレクチャーして頂くと理解できるのですが。そうではない場合はまず理解できません。「なんとなく察する・理解する」ということが壊滅的に無理なのです。思い当たる方は結構いると思います。


こういう人間が成長するとですね、同年代の人よりも幼くなるとおもいます。年齢の応じた経験をしていない。それよりも、経験から学ぶことが出来ないのでね、人生の知恵の蓄積が出来ていないのです。


例えば、定型発達者に「あなたにとって人との関わり方はどうしていますか」と聞いても、答えられないかもしれません。ですが、その状況になったら、年齢・経験に応じた行動をとります。私にはそれが難しい。自分なりの行動をとるのですが、大きく違うようです。そしてちがっていることに気がつかないことが多いです。自分では修正できないですよ。なにが違うか判らないですから。教えてくれる人もいないしね。こうなると周囲にとっては、「迷惑な人」なのです。この状況をどうするか?


私には自己規範になるものが必要だと思っていました。「それを100回聞きCD」で学ぶことができる。




「100回聞きCD」について③


「100回聞きCD」は「人を変えることではなく自分の考え方・心のあり方を変えることで幸せになる」ついて示されたものです。そのためには「人はどういう性質を持つか」このことの理解も重要なのですが、通して読むことで無理なく理解できます。


何十年も人として生きていると。自分なりの癖というものがつきます。

「どういうことにストレスを感じるか」

「どういう人が苦手か」

等ね。

ある意味個性といっていいと思いますが、それで人生がうまくいっているならば問題ないですが、そうでない場合は自分の考え方・心のあり方を変えることが、必要になると思います。ですが、実際生きていくうえで、教えてくれる場所って無いですよね。


ちっちゃい頃、あいさつきちんとしなさい。とか。嘘はついていけません。といったことを親から教わったと思います。これも自己規範と言えるかなと思います。でも初歩的ですよね。さすがに何十年も生きているところ初歩的な部分というのは、多分できている方が多いのかなと思います。必要なのはもっと高度な自己規範なのです。この状況でどう振舞ったらいいかの基準になる、自己規範になる道徳が必要なのです。「100回聞きCD」を学ぶことで高度な自己規範を身に付けることが可能だと思います。




「100回聞きCD」について④

              


私なりの考えを述べます。自分の考え方・心のあり方を変える方法が示されていますが、この考え方自体、いわゆる心理療法・精神療法の考え方に非常に近いですね。


私は専門家ではないのでよくわかりませんが、これまでの自分を変えようと思い、心理療法・精神療法の本を読んできました。私が習得してきたものと近い技法・考え方が「100回聞きCD」にはあります。多分私が気付いている以外でも、類似している技法というものはあるのではないかと考えます。


斎藤一人さんの教えというものは仏教の考え方がベースになっていると思います。仏教の考え方自体に心理療法に通じるものが、あるということなのかなと考えます。仏教の教えの有効性を現在の心理療法・精神療法が証明したことになる?


「100回聞きCD」と「地球が天国になる話」(100回聞きCDに含まれていないですが、最高傑作と呼ばれることもある)をとおしてきくと、自分自身の理解が深まります。私の場合はなぜ二次障害をひきおこしたか理解しましたね。現在は、二次障害を克服し、「コントロール」もできています。「100回聞き+1」の中にある3つの技法を主に使いましたが、「100回聞きCD」全体的な理解が必須かなと思います。

取り組み

            


実際聞いてみると、私は耳で聞いたものがあまりよく理解できない、ということに気がつきました。これが私だけの特徴なのか発達障害の症状の一例なのかよくわかりませんが、 100回聞いてもよくわからない。多いものは300回聞きましたが理解出来ないのです(笑)。

正確にいうと「すること・してはいけないこと」これがすべてを把握することが出来ないのです。理論とか思想背景というものは聞き込みをすれば理解できます。


現在の学習法ではインプットとアウトプットとを、分けて考えることが主流です。例えば資格試験ではインプットはテキストでの学習、アウトプットは演習問題を解くことです。いくらテキスト学習で知識を積み重ねても問題を解くことが出来ければ意味がないです。試験に合格しませんから。アウトプットのためにインプットはあります。


「100回聞きCD」で学んでことを実践できるようなること、これが最終目標です。インプットにあたる音声やテキストでの学習はもちろん必要です。ただアウトプットを意識しなければ、「いい話を聴いたな」だけで終わることや不完全なまま(自分の理解できる箇所だけ)覚えてしまう可能性が高いです。学生時代を思い出しても教師の授業や教科書だけ読みこんでも試験ではいい点数はとれないです。インプットだけでは実践出来ません。少なくとも私は100回聞くだけでは無理でした。


<教えを実践するためのステップ>

①全CDの文字起こし

これにより内容が明確になりましたね。そして当然ながら理解度も違いますね。聞きながらよむと効果が増します。

②「すること・しないことを」抜き出す

「すること・しないことを」このことが明瞭に書かれています。すべてを理解してなおかつ記憶することは無理です。「いい話を聞いたな」で終わる可能性が強いです。実践するためには「すること・しないことを」を抜き出すという作業をする必要があります。

③「すること・しないことを」を再構成する

抜きだしただけでは実践は難しいです。抜け出しただけでは、状況に応じた対応をしやすくするという視点が欠けています。判り易い形で再構成する必要があります。できれば1.2枚ので「図」のような形で表示するのが望ましいです。視覚的に理解ができますから。私は「マインドマップ」を強く推薦します。

置口空助と名乗る訳


    


出し切ります。平成23年の1月下旬不思議な体験をします。普段はほぼ夢を見ない人間なのですが、不思議な夢を見ました。こういうことは初めてです。


玄関を開ける音がしました。 2fで寝ていたのですが「神様だ」を思いました。そして、階段を上ってくるわけですよ。だんだん近づいてきて、ついに枕元に立っている訳ですよ。神様的な何かが。私としては寝たふりをするしかないですね。何となく女性のイメージでした。

そして、寝ている私に「これを使いなさい」と私の胸元に何かをポンと渡したのでした。その瞬間私は飛び起きて、渡されて物を抱え込んで、まじまじと自分の腕の中を見ました。何があったと思います?「置口空助」と表現された、立体的な文字のイメージがあったのでした(表札に近いかな)。


名前をもらったのでした。その後インターネットで姓名判断のサイトを巡りましたよ。でもね、そのサイトによって良くも悪くも書かれている訳ですよ「置口空助」が。流派によって違うのです。確かに本来私の名前よりも、印象としてはどのサイトも良かったですが。でも、実際のところ頂いても扱いに困りますよ、名前は。職場で「今日から置口空助です」とは言えないよ(笑)。


正直何か応援されている気はしましたが、結論としては「保留」です。「芸能界デヴューするときに名乗ります」となりますよね。他にどうしたらいいのかね(笑)。でもずっと気にはなっていました。いつ名乗ろうか?

それから数年が経って私は今「置口空助」なのです。今後芸能界デヴューは多分しないのでね、このタイミングでしか名乗れない(笑)。神様的な方、結局こうなりましたけど、これでいいですかね? 




私の番


    


平成24年2月頃、私に番になりましたね。T主任の攻撃相手です。この数年の中で気に食わない人間を、彼女の感覚では職場にふさわしくない人間を、何人も退職に追い込んだのを見ていました。

悪い噂を流し居辛くさせ、追い詰めていったのをつぶさに見てきました。みんな辞める間際は精神的にちょっとおかしくなっていましたね。はっきり言ってパワフラ以外のなにものでもないのですが、非常に巧妙ですね。あなたのためだからと言う論調ですね。

本当にそうなら、皆の前では怒鳴りつけたり、居ない所では陰口を言ったり(禿とか死ねとか。レベルが低いです)、明らかに辞職に追い込むためにしているのです。愉快なことに当時の施設長は女性の方でしたが一緒になってしていましたね。

軽蔑というか、異常な人という意識しかなかったので、それをとうとう隠しきれない時が来ましたね。とうとう見つかったのです。私の表情やそういうものも反応を見逃しませんでした。私の番がきました。


利用者さんの聞こえる前で私の悪口を言ったり、わめいたり異常な行動が止まることはなかったですね。ある認知症の入居者様に対して繰り返し「あの人(私)に嫁にもらってもらいな」いうためすっかりおかしくなった方もいました。正直まともではないですね。たぶん今までの人生でもこうなのかな。


こういう状況の中でどうやって心の平安を保つかこれがテーマでした。この当時の私を支えてくれたのが斎藤一人さんのCDでした。




車の事故


    



斉藤一人さんのCDを聴くことで、概ね自分の機嫌をとりながらも仕事ができていました。T主任は、非常に焦っている感じでしたね。少し私を怖がっているような印象もありました。空回りしていましたから。


私としてはやるべきことをやるだけなのでね。さてこんなわたしですが非常に苦手な部分があります。夜勤ですね。異常に疲れやすい人間です。特に夜勤明けは尋常じゃないぐらい疲れます。私としては命を削る思いでしたね。基本的にパワハラにはあまり動揺はしなかったのですが、夜勤明けは駄目でしたね。影響をうけます。もちろん私が夜勤明けに弱いということは知られていました。そこに合わせていろいろな嫌がらせはされましたよ。


平成25年2月のことでした。夜勤明けで家に帰ってから、買い物に出かけるのですが車の事故を起こします。T主任の攻撃で精神がボロボロでしたね、意識がなくなりましたね。

私の特徴「相手の感情に影響されやすい」、これがもろに出た瞬間でした。相手の邪念とかそういうものを非常に影響受けやすいのが、疲れきっている夜勤明けでした。


意識が戻ったのは病院でした。「また生き残ったか」最初に思ったのがそのことです。

別に嫌だとかそういう事ではないです。私はこれまで死んでもおかしくない目にあうのはもう数え切れないくらいです。

自分のことを強運と思っています。実をいうとその根拠になっているのが、「死なない」ことです。何度死にそうな状況にあっても、何故か死なない。たぶん私にはまだやるべきことがあるだろう。そう思うしかない。


今回の事故は私のミスでした。 特に怪我はなかったので、数日で退院して職場復帰です。相変わらずT主任は感じが悪かったのですが、あることが私におきます。




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