キレた教師と友達を止めようとしてキレたんだけど、余裕で無視された瞬間の話-僕の高校時代3-
その数学のアニキの授業はとってもわかりやすくて、高校に入って初めて何を言っているかがわかる数学の授業を受けたような気がした。授業後アニキにこう問われた。
「どうだ、先生の説明、きちんとできてるか?」
僕は、思ったままを話した。
「はい、とってもわかりやすいです。初めてわかる授業を聞きました」
アニキは顔をほころばせて答えた。
「そうか、そうか、先生がんばるからな。」
この時点では、とっても素晴らしいアニキだったが、その後がいけなかった。夜間高校からわりと素直で牧歌的な高校に来てアニキも気が緩んだのか、何だか僕たちの気に障るような言動が増えてきた。
「夜間高校はこんなもんじゃなくてね、この学校のみんなはすごく素直だけど、ホントとんでもない人はいるもんでね、みんなには信じられないだろうけど。」
「君たちのようないい子には想像もできないようなところがあるんだよ。」
まあ、アニキも我々のようないい子たちを目の前にして、素直にその喜びを表現したに過ぎなかったのだろうと今にして思う。が、当時の僕たちにはこう言われているような気がした。
『お前らのようなマジメなお坊ちゃんはホント扱いやすい、俺は夜間高校でもっとハードな奴ら相手にバリバリやってるゼ。』
これはまずい。ヤンキー漫画全盛期の当時の高校生を前にこんなこと言うことは、挑戦状をたたきつけているのと同じことだ。この空気にサッカー野郎どもが敏感に反応した。
オレたちアニキになめられているんじゃないか。
もちろんそんなことに気が付かないアニキは我が世の春を謳歌している。
「いやあ、教室入るとクラスのみんなが座って待っていてくれるってホントにいいねえ。夜間高校では~」
クラスの雰囲気はどんどん険しくなっていく。初めはアニキのわかりやすい授業が好きだった僕も、いつの間にかクラスの空気に呑まれて、アニキの発言がいちいち気に障るようになってきた。そうなると先の発言もこう聞こえる。
『いやあ、教室で座って待っていてくれるいい子ちゃんたち。マジでやりやすくて楽だわ。』
アニキにしてみれば、素直な気持ちで生徒をほめているに過ぎないのに、まさか僕たちが夜間高校のヤンキーに比べて「扱いやすいいい子ちゃんたち」だと思われることに、不満(と屈辱)を感じてるとは夢に思わなかっただろう。
オレたちだって、ヤルときゃヤルんだぜ。
まったく、何をやるんだか意味不明だが、とにかくこれが17歳というものだろう。
実は、この空気を一番敏感に感じ取ったのはユージだったと思う。前に書いた通りに、ユージはだいたい寝ていたが、アニキのクラスでは意図的に顔を突っ伏して堂々と寝るようになった。
ユージは寝ると怒られる教師の授業では頬杖をついたり、カーテンに隠れて寝たりしていたと思う。だから、寝たら注意されるとわかっているアニキの授業であえて突っ伏して寝るというのは明らかな挑戦だ。
理科教師の一件でも無関心だったユージが数学のアニキに反抗している様子をクラスメートは面白おかしく眺めるようになった。
「おい、ユージ、起きろぉ、寝るなー」
「・・・・」
絶対に聞こえている。それでもユージは寝続ける。3、4回目の注意でやっと起きる。こんなことが毎回の授業で繰り返され、4回が5回に、5回が6回になる。数学のアニキもどうやらやっと空気が読めたらしく、だんだん戦闘態勢に入ってきた。
「なんで、寝るんだユージ、ここは大事なところだって言ってるだろう。」
「だって、眠いもん。」
「おまえ、やる気がないならな、出て行けよ。」
「まじー!出て言っていいの?ほんと出ていくよ、いいの、ねえ、いいの?」
ユージは席を立とうとする。クラスがどっと笑う。アニキは焦る。
こういう時、教師にとってつらいのは、ユージの反抗的な態度ではなくて、クラスの笑いのほうだろう。この教室でアニキの味方は一人もいない。このことをアニキは痛感したに違いない。
「おまえなあ、いいから座れ。」
まあ、僕としては確かに数学のアニキはちょっと油断したかもしれないけど、授業もわかりやすいし個人的には嫌いではなかった。でも、クラスの空気がこっちに進めばもう止まらない。
あの日、アニキはついに実力行使に出た。
いつものように突っ伏して寝るユージを注意する。ユージは寝続ける。アニキはユージの机の前まで行き、カボチャヘアーのユージの頭を両手でつかんで机から引きはがそうとした。ユージは必死に机にしがみつく。
僕はユージの隣に座っていた。
クラスはユージとアニキのもみ合いを固唾をのんで見守る。理科教師とちがって、夜間高校での経験のあるアニキは抵抗の拠点であるユージを実力で排除しなければ、このクラスを制御できないことに気が付いていた。この判断は間違っていない。
アニキは、ユージの頭から肩から両手でぐらぐら揺らしてユージを机から引きはがそうとする。ついにユージは耐えきれなくなって机から手を離した。が、ユージはわざと大げさに椅子から崩れおち、柔道の授業で習ったばかりの見事な前まわり受け身を教室の床でかました。
クラス全体がどっと笑う。
このあたりのユージの腹の座り様というか、教師のおちょくり具合はなかなか堂に入ったものだと思う。だいたい、反抗するというとすぐに頭に血が上って、睨みつけたり、怒声で答えたりするものだが、ユージは終始冷静で、アニキに机から引きはがされそうになると、わざと椅子から落ちて前まわり受け身をキメる。
これじゃ、一人で怒り狂っているアニキがピエロだ。
でそのやり取りを僕は見ていて、理科とい数学といい、なんでこのクラスは、こいつらはこうなんだろうと、なんでいちいちそうなのかと。いい加減うんざりしていた。
これが半分。
そして、アニキに若干なめられ、気を悪くした17歳の僕としてはここらで、いっちょバシッと決めなくては。
前回り受け身をびしっと決めたユージにアニキが馬乗りになろうとする。それを見た僕は、これまで自分がいろんな教師から受けてきた体罰(暴力)の記憶がフラッシュバックする。
「おまえらぁ、やめろよ!」
僕は机を思い切り叩いて立ち上がった。
クラスの空気が一瞬にして凍り付く。アニキが振り向き、一瞬こちらを見る。
1秒、
2秒、
3秒、
しかし、アニキは何事も起らなかったかのようにユージに掴みかかり、ユージを椅子に座らせた。
僕は、まったく放っておかれた。
せめて、アニキがこちらに掴みかかってきてくれればカッコがついたのに、アニキもユージも僕を無視し、何も起こらなかったかのように掴み合いを続けている。
ここでひるまず、アニキとユージの間に割って入ればよかったのか?
アニキにとって、この手の騒動は手慣れたもののようであって、2人を相手にすることの不利と、僕の戦闘力(サイヤ人のスカウターで言えば3ぐらい、農民以下)の低さを瞬時に見切って無視することにしたんだと思う。
僕は黙ってまた座り「振り上げたこぶし」をもとに収めた。
座って、机の上を眺め、背中から熱湯を浴びせかけられているような気持ちになって、背を丸めた。
せっかくイキガッて、キレてみたのに誰にも相手にされなかった。
終わった。
もう、この学校に居場所はない。
キレたけど、センコーにムシされた野郎。
この瞬間に僕に与えられた称号。
ドスコイが気の毒そうに僕を見る。さすがのサッカー野郎どもも、馬鹿にして喜ぶというレベルを明らかに突き抜けた恥ずかしさを目の当たりして同情の眼差しを僕に向ける。そう、本当はみんないいヤツなのだ。
キレたけど、センコーにムシされた野郎。+とってもかわいそう。
そのやさしさが恥ずかしさを倍増させる。ユージは態度も様子も全く変わらない。何も起こらなかったと言わんばかりの態度。
ああああああああああああああああああああああああああああー
もうここにはいられない。
昼飯はとにかく王将だ。
4限目も5限目も、王将の隣の運動公園で山を眺めていた。
6限目に勇気を振り絞って教室に戻り、授業が終わってすぐにうちに帰って「アルプスの少女ハイジ」を見た。
今にしてやっと面白おかしく書いたのだが、その後20年ぐらい恥ずかしくてたまらなかった騒動。
ここでやっと一区切り。
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