思考のトレーニング

著者: 戸田 光司

俺はいわゆる『プラス思考を心がける』事が大嫌いだ。

何故か…。


プラス思考とは、物事をプラスに考える事を指す言葉だ。これ自体は、心の安定を図るにはとても良い。ストレスに対する防御機能と言えるかもしれない。

あらゆる出来事をプラスに捉える事が出来れば、人は常に幸福感でいっぱいだ(笑)。

だが、実際はそんな事は有り得ない。喜怒哀楽あってこその人間である。嫌な事なんて山ほど起こる。


でも…どうだろう?

『嫌な出来事』は、100%嫌な出来事なのだろうか?

逆に『良い出来事』は、100%良い出来事なのだろうか?

そんな事を考えてみると、結構面白いのだ。



俺は2011年に福島県南相馬市に移住し、街づくりを行う団体を立ち上げ、以後大勢の仲間に支えられて暮らしている。

東日本大震災、大変多くの方の命を奪った。原発事故も、未だ収束を見ていない。被災された方々の安寧は遠い。

だが、悲劇の中に蒔かれた『未来への種』が、たくさん芽吹いてきている。

被災した地域は、自分たちの街を、生活を、新しく創ろうとしているのだ。

地元の声を集めて…。

外部の力も借りて…。


そんな風に動き始めた人たちは、口をそろえてこう言う。

『こういう動きが出てきた事は良い事だ』と。


この感想は、『プラス思考を心がける』事で絞り出された感想ではあるまい。

悲劇を経験した事によって湧き出てくる『素直な感想』であろう。

無論、こうした感想は、被災地の人全員から聞かれる話では無い。ごく一部だ。大多数の人が苦しみから立ち直るには、まだまだ問題が山積みである。


けど俺はこうして、被災地の仲間が蒔いた種から『プラスに転ずる』ことを学んだ。『コインには裏表があるのだ』と。



多くの物事には、プラスの面とマイナスの面がある。もちろん当てはまらない事も多いが。

例えば、仕事でミスをして上司から叱られたとする。

叱られた方は、その時は不快な気分になるだろう。落ち込むかもしれない。

でも、叱られた経験があれば、次に同じようなミスを避ける事が出来るようになるはずだ。叱り方の問題を別とすれば、これは『教えてもらう』という見方をする事が出来る。


このように、良い事と悪い事が裏表になっている事って、結構たくさんある。


ここで俺は思う。

果たして、プラス思考は意識すべき事なのだろうかと。


上記の例から考えてみる。

叱られた直後に、『これは指導してくれたんだ。ああありがたや』などと、果たして考えられるだろうか。

俺には無理(笑)!

叱られた直後は、ムカつくし落ち込む。俺を知ってる人なら想像がつくと思うが、ボッキリとへし折れてる事だろう(笑)。

叱られた有難みに気付くのは、次に同じような場面に遭遇した時か、ひとしきり凹んで頭が冷えた後に違いない(笑)。


これは果たして間違いだろうか。

最初に書いたが、喜怒哀楽があってこその人間だ。これを素直に表現した後に、プラスの部分に注目する方が、人として自然なんじゃないだろうか。


南相馬を見ていると感じる。喜怒哀楽を出す事の無いまま、現実と向き合おうとし、心をゆがめてしまっている人の多さを。


そう!プラス思考を意識する事で、時に心はゆがむのだ。

ストレスに直面し、プラス思考を意識している人は、時にこう思うかもしれない。

『あぁ、プラスに考えられない自分はダメな奴だ』

と。


これって、究極のマイナス思考なのではないか。しかもこの思考は、誰しも経験があると思うが、あらゆる場面でスパイラル的に襲ってくる。

こうなったら苦しい!嫌な事が次々に思い出され、なかなか抜け出せない。



ところで俺、2013年の元日と2014年の4月に、脳梗塞で倒れている。

右半身には麻痺が、左半身には運動失調が残っている。


だが、この文章はパソコンで、しかも両手ブラインドタッチで打ち込んでいる。

ゆっくりではあるが。


2013年に倒れた時は、右半身が完全に麻痺し、右手は二度と使えないと言われた。

もちろん落ち込んだ。倒れてから2日ほどは、あまり記憶が無い。命に別状は無かったので、普通に意識はあったのだが、何を考えていたか思い出せないほど落ち込んでいた。


でも、その次の日辺りから、仲間が見舞いにやって来た。

実家のある埼玉の病院に入院していたのだが、4時間以上かけて、南相馬からも来てくれた。

半年ちょっとの入院期間中、延べ100人以上の見舞があった。


それがきっかけだった。思考が切り替わったのだ。

『目いっぱい休めるし、看護師は可愛いし、入院も悪くねえ(笑)』


楽しむ術も知った。リハビリを楽しんだのだ。

リハビリはツラく厳しいイメージがあると思うが、一方で体が動くようになる喜びを体験出来る行為でもある。

自転車に初めて乗れた時…

二重跳び初めて飛べた時…

そんな喜びが、立ち上がれた時、1歩歩けた時、初めて一人でトイレに行けた時、感じられるのだ!


確かにリハビリはしんどい。でも、しんどい面ばかりを見ていてはツラいばかり。

けど俺は、南相馬から学んでいた。

『コインには裏表がある』と。

だから楽しむ事が出来た。


それ以降『思考のトレーニング』を、無意識にするようになった。何かがあると、その物事の裏表を考える。んで、マイナスの面が勝っている時は、『難しい』『しんどい』と意思表示をするようにしている(笑)。

時にはきちんと断る。

そうなると、色々な事のプラスの面が自然と目立ってくる。

意識的にプラスに考えようとするより、よっぽど健康的だ。


昨今、自己啓発本などで、しきりとプラス思考を意識しろと言われているが、真に意識するべきは、このコインの裏表をしっかり見て、選ぶ事だと思う。


『思考のトレーニング』を意識すれば、誰にでも出来る事だ。



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