大学で指名手配された僕が、風前の灯火から脱却した話。

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努力の甲斐あって、結果は大成功だった。


成功はしたものの全く嬉しい気持ちになれず、

麻雀を終えて一人家に帰ったあと、

とんでもなくむなしい気持ちに襲われた。


高校生の時に朝から晩まで

勉強や部活を頑張っていた頃の自分と、

朝から晩まで麻雀に浸る

今の堕落しきった自分を比較したら、

心底情けない。


いっそ過去の自分なんて忘れたい。

何かを頑張るなんて泥臭い。

もうこりごりである。


現実逃避するがのごとく、

さらに麻雀に入り浸った。


そんな自分が恥ずかしくって、

どこか別のところにこっそり自分を隠して、

自分自身と向き合わないようにしていた

そんな学生生活だった。


そんな生活を1年半ほど続けた。


そんな僕にも変化するときが訪れる。



麻雀仲間からの怪しいお誘い


2012年10月。


麻雀をきっかけに仲良くなった、

大学の友人から突然、

「一緒に起業しないか?」

という誘いを受けた。


なんでも、

2年生の夏休み中にありえない人脈と

つながることに成功したとのこと。


学校にいきながら起業して、

就職しないで、

豊かな暮らしをしていくとのこと。


一緒に起業して、

自由に自分のやりたいことをできる、

豊かな人生にしていかんか?

というオファーだった。


もちろん丁重に断った。

僕は、

学校にすらまともに通えない不束者である。


そんなこと、自分にはできるわけがない。

そう信じていたからである。


しかし家に帰って一人になった時に、

心なしか気になってしまう自分もいた。


この情けない堕落した生活から、

なんとか抜け出したい!

という気持ちでいっぱいだった。


その言葉を聞いた日、

人生で初めて夜も寝られないほどに

自分の人生について考えたのだった。


自分自身と向き合うきっかけとなった。


そもそも、

僕がその大学に通っている理由

を考えたこともなかった。


しかしよくよく考えてみると、

僕は高校の時に

数学と理科がたまたま少しできて、

その偏差値を基準に入れる大学、

学部を選んだだけだった。


真の決め手は、就職率だった。

工学部だけは軒並み100%だった。

離職率などは知らぬままに・・・


僕が本当にやりたいことは、

この学部学科での勉強の先にあるのだろうか。


量子力学をマスターしたら?

統計力学をマスターしたら?

解析学、線形代数、流体力学、材料力学。


すべて理解した僕は、

どうなれるんでしょうか???

教授?研究者?

は?そんなんその分野が

大好きでたまらないヤツがやることじゃね?


自分は全然好きになれない。

むしろ大嫌いである。


そもそも東京大学京都大学のヤツらと

競い合ったときに、勝てるような気がしない。


努力でなんとかなるヤツらじゃないと、

受験時代、嫌というほど思い知らされた。


でもだったら自分って、

世の中に必要とされてないんじゃね?


しかしながら入ったら最後、

学部の変更なんて効かない。


学校が決めたカリキュラムに

抗うことは不可能だった。


わがまま?

という心の声が、うるさい。


自分と向き合っているときぐらい

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