就活を中断し初めてのひとり旅。何もかも分からなくなって辿りついた1つの答え。「自分で証明するしかない!」

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この仕事がやりたい

ここの人と一緒に働きたい


それを全力で伝える

それだけだった。

話すこと、すごく楽しかった。


最終面接は、ほぼ聞くことだけだった。

今までいろんな人の話を聞いてきたのと同じように


一生懸命聞いた


結果は・・・


泣いた。

めちゃくちゃ泣いた。

嬉しすぎて

本当に泣いた。


そんなつもりないのに


もう勝手に涙がでてくる

ぽろぽろ、ぽろぽろ涙でてきて

「ありがとうございます」って言葉もうまくしゃべれない



電話の向こうで、ずっと関わってくれた人事の方の笑顔の声がきこえる

それから

おばあちゃんや親に


「遅くなっちゃったけど」

って、泣きながら電話した



―旅のきっかけの人―





いろんな人から言ってもらえた「おめでとう」の言葉。

その中でも一番嬉しかったのは



公晴さん
しゃちょー!!やったやん!!
ビールや!ビール!!



っていう、公晴さんからの おめでとう だった。

(※「しゃちょー」はニックネーム。)


実はこっそり泣きそうになったくらい、嬉しかった

あんなにビールが美味しいなんて。


これまで書いてきた中に

公晴さんのことは書かなかったけど


わたしに一番大きな影響を与えてくれたのは

まちがいなく、公晴さんだった


四条界隈の路上でDoREDとして うた をうたう公晴さん。

公晴さんとのエピソードは、もう、たくさんありすぎて

どう書いたらいいのか分からない


宮古島行くきっかけだって実は公晴さんだし

もう一度、広告に携わる会社を受けたのだって公晴さんとの関わりがきっかけだった



蟻地獄みたいなとこで、もがいているときに、公晴さんの うた に出会って

うたを聴いてて、励まされることも山ほどあったし

苦しくなることだって実はあった


公晴さんの本気の一言一言から

背中を押されたことも山ほどあったし

逃げだしそうになることも実はあった


それでも


そんな風にわたしに対して

全力でぶつかってくれて

全力で怒ってくれて

しっかり認めてくれるような人

出会ったの、初めてだったんだ


いままでいろんなことがあって、いろんな気付きがあったけど

ココに書いた言葉のいたるところに

公晴さんがよく使う言葉が入ってる


公晴さんからは、ほんとにいろんな言葉をきいてきたけど

わたしの心にずっっっしりと重たく刻み込まれてるのは


「ずっと素敵、一生素敵っていうのは、とてもしんどくて難しいことなんですよ」


って言葉。


わたしはこの言葉を聞いたとき

いろんな言い訳をして、自分をごまかして、納得させようとしてたんだ






自分の本音から逃げたかった

「こうありたい」 と

心から思う自分でいるためには

はっきり言って、もう戦わなくちゃいけなくて


でもそれってすごくしんどかった

すごくしんどくなるって分かってたから


逃げようとしてた


「別にわたしはそんなしんどい思いしてまで、何かを目指したいと思わない。

公晴さんとわたしは違う。そんな風になれたらいいけど、そこまでの強さはない。」


そう言ってしまえば楽になれる。何度も思った。


いろんなことに対して、そうゆう言い訳というか、妥協というか

そうゆう風なもので自分を納得させたかったときに言われた


すごく

すごく


重たかった


たぶん、公晴さんは分かってたんだ。

あの時わたしが逃げそうになっていたこと。


きっと、これからもこの言葉を何度も何度も思い出すことになるんだ。



―旅とは人との出逢い、自分との出逢い―




これが、私の過去の忘れられない旅のお話。

自分にとっての原点であり、人生の岐路。

人との出逢いの中で、初めて自分自身に出逢えた気がする旅でした。


自分が今いる世界を飛び出して、遠い土地へ行くのもいい。

もしかしたら、ちょっとした近場でもいいかもしれない。


自分とは違う、他人の価値観・生き方に触れること。

そして自分自身を見つめ直すこと。

それこそが私にとっての旅なのです。





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