障害者と健常者が仲良くなるためのイベントを企画したキッカケ
僕は今、「ショーガイ者×ケンジョー者 大交流フェスティバル ~キッカケ大作戦!~」というイベントを企画している。
これは障害のある人と障害者の友達がいない人の「出会いの場」となることを目的としたイベントです。http://chari-cos.endswell.net/
出会いって大切だと思うんだ。
というのも、僕は以前、当事者の方が健常者と障害者のことを
「あっちの世界」「こっちの世界」
と表現をしているのを耳にしたことがあります。
誤解を恐れず言わせてもらえば、・・・確かに、現状、「国境」はあるのかもしれない。
でも、もし、そうなら、僕は国境を超えてみたい。
その先にいる人々と交流して、僕が知らない何かを知っている人々とふれあってみたい。
だから僕は「あっちの世界」と「こっちの世界」で交流する機会を設けてみようと思ったんです。
で、このイベントを始めるには、こんなキッカケがあったんです。
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昨年末のこと。
大学時代の恩師と久々に逢った。
その日は楽しく談笑しながらの近況報告ができているつもりだった。
だけど、彼女(恩師)は気が付いていたんだね。
僕が自分の事業を軌道に乗せるのに手こずり、心が疲弊してしまっているのを。
後日、彼女はすっごく忙しい人だというのに僕を訪ねてきてくれて、なんやかんやと僕の世話を焼いた後、帰り際、「温泉でもいきなさい」といってそっと手に封筒に握らせてくれた。
ずっしりと分厚い封筒。
そこにはなんと50万円入っていた。
50万円・・・。
電車の中で泣いた。
事業を始めてからというもの、たかられたり、のせられたり、踏みにじられたり、もう、誰も信じられなくなるくらい、人の汚さに触れた。
汗かき、恥かき、べそをかき、義理までかいて「それがビジネス」と教えられた。
僕はただ、車いすユーザーにはズボンのお悩みがあるということを聞いて、それでふと思いついたアイデアを形にしたら、それがとっても好評だったので、じゃあ、たくさんの方にこのズボンを「選択肢」の一つにしてもらえたらいいなあ、と、たったそれだけの思いで事業を始めた。
だから、前々から「いつかビジネスの世界に乗り出そう」みたいな感じで準備を進めてきたわけじゃなかったし、何の勉強のしてこなかった。
全くの無垢だった。
だから僕は知らなかったんだ。
世の中には僕みたいな「新米」を喰いものにする「商売」があることを。
ずいぶん汚された。
それだけじゃない。
もう少しで僕自身が人を汚す立場の人間になるところだった。
そんな時、先生はお釈迦様のように僕に蜘蛛の糸を一本垂らしてくれたんだ。
僕には、先生のそのお気持ちだけで十分でした。
もう、十分元気が出た。「やりなおそう。立ちあがろう。愛を信じよう。」そう思えた。
それでね、折角いただいたお金、どうしようかな~って考えたときに、これは皆さんを元気にするために使べきだって思ったんだ。
「恩送り」っていう、その方式を持って、先生にご恩返しをしよう・・・そう思ったわけです。
ではどうやったら皆さんを元気にできるのだろう?それを考えたとき、
「心のバリアフリー」という言葉が頭に浮かびました。
パラリンピックもやってくるというのに、「おもてなしの国、日本」・・・にしては、障害のある方に対して、どうもフレンドリーさが足りないように感じていたんです。
「心のバリアフリー」の定義。
それが何かを言葉にすることは難しい。
だけど、キッカケがあって、仲良くなって、深いところまで腹割って話して、特別な存在になって、「こいつ、友達!」って思う。
これって「心のバリアフリー」なんじゃないかな。
もちろん、無理やり仲良くならなくていい。変に気を遣ってお互い肩がこる関係なんて友達じゃないから。
まずは出会ってみて、ウマが合えば、友達になっていくだろう。
だけど、出会わなかったら始まるものも始まらないでしょ。
で、現状、障害のある人といわゆる健常者が自然な形で出会うって、ほとんどなくない?
だから、不自然かもしれないけど、「障害者と健常者、仲良くなるキッカケ作ろう」って、あえて、堂々と呼び掛けることにしたんです。
ということでね、このイベントって、僕にとっては興業じゃないんです。お金儲けの仕組みは考えていません。ビジネスという目線は僕の中にないです。
僕は先生からもらったお金が美しく羽ばたいていってくれると信じてます。それは戻ってこなくていい。
2020年のパラリンピック開催まで、「心のバリアフリー」「人力のバリアフリー」・・・そんなことがサラッとできる「日本人」へ。
皆さんもよかったらこのフェスティバルへご来場ください。2015年6月20日東京の大田区産業プラザPIO大展示ホールにて開催です!
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