インドネシアで起業することを決めて2年が経つ。僕はまだ生きている。(前編) 〜最初の1年〜

前話: ベンチャー企業から海外スタートアップへ。20代最後の夜に想うこと。
次話: インドネシアで起業することを決めて2年が経つ。僕はまだ生きている。(後編) 〜2年が経った今〜

今僕はインドネシアの首都、ジャカルタで生き抜いています。

この記事の読了時間は 「8分」 の間にちょっとずつ休憩が必要です。



2年前、渋谷のベンチャー企業のオフィスから海外でのビジネスに興味を持った29歳の見た目オッサンな僕は、1億円ほどの資本金を預かりインドネシアで起業をしました。


それから月日が流れ、あと少しで32歳になります。まだ独身です。ジャカルタでの生活は1年と少しが経過したところ。そんな僕から日本を離れて起業した結果、どんなんなったかをシェアしたいと思います。


■ インドネシアで起業、えっジャカルタ?どこそれ?おいしいの?  

もともとの職場がベンチャーな環境でしたから、そりゃもう毎日が冒険といわんばかりにバリバリと忙しくしていたわけです。おかげで色々な人に出会う中でどうもキラキラ輝いて見えたのが「海外」というタグが付いている存在でした。


「20代はゴリゴリともがきあげてきた。人生そろそろキラキラさせなければな、よし海を越えよう」


こんなあっさりした拍子に30代は日本を離れて仕事をし、暮らすことを誓いました。この背景には20代の自分の中ではやりきった感も少なからずあったのでちょっとした自信からサクッと決めてしまったようです。この人は割と自信家で楽天的な考えの持ち主のようです。のちほど2回くらいポキッと鼻が折れますので乞うご期待。


で、何故インドネシアなのか?について。実はこの国は世界一の称号がいくつかあるんです。


・イスラム人口が世界一多い国

・島が世界一多い国(1万何千以上は数えきれていないようです)


とか、「経済成長率」「モバイル普及率」「ASEAN連合」「人口ボーナス」などなど、すごくそそられるキーワードが飛び交っていて、このポテンシャルに日本の経済成長期を味わってない人間からすると、近くで成長を共にしたい、さらには自分の力が少しでもそれに貢献できたらいい、むしろ日本の成長スピードなんか比にならないなんじゃないか。ある意味で先進的な国ではないか。なんて考えも生まれちゃったりするわけです。数値が語る魅力ですよね。


一方で、

・世界で1番渋滞がひどい都市がジャカルタ


だったりします。いいじゃないですか、カオス感がたまらんですね。そして今ならインドネシアワーストランキングを挙げていくだけで朝まで飲み語り合うことも可能ですね。現場で味わう魅力ですよね。ははは。


ということで進出先をインドネシアのジャカルタに決めていざ会社設立だ、という流れになります。個人的にはインドネシアは学生の頃にサーフィンをしにバリ島に行った事があります。10年前の当時、まさかこの国でビジネスするとは微塵も思っていなかったわけで、人生ってこういうなんらかの巡りあわせってあるんですよね。

ちなみに前出のベンチャー企業の海外現地法人を立ち上げ事業を起こすことになります。可能な範囲でステークホルダーとの攻防戦やうまく付き合っていく方法などもシェアしていければと考えてます。



■海を越えて起業、期待と不安のカクテルの出来上がり


さて、現在に時を戻すと2015年の5月で会社設立からちょうど1年が経ちます。5月は何かとアニバーサリーなんですね、私自身も両親の寵愛を受けこの世に生まれた訳でして。はい。


2013年3月に初めてジャカルタの地におりたちました。まずは少ないツテを使って現地で事業をされている方達に現地の情報収集や市場調査などをしました。まあ先に調査してから進出決めろよって話なんですが、この手の見切り発車を得意としている体質なもんであとから根拠を紡ぎ合わせる感じです。


当初のジャカルタの印象は、


「クンクンクン、、これはニオイがするな。甘いタバコのニオイと排気ガスのニオイ」


もちろん市場のポテンシャルに鼻はひくひくなっていたのですが物理的に嗅覚を刺激されたことを今でも覚えております。ありますよね、ハワイにおりた時のニオイとか、上海のニオイとか。その類のやつです。インドネシアのそれは僕は学生時代に嗅いだことがあったので急激に気持ちが若々しくなりました。


とにかく、ここでゼロから立ち上げるんだ。生活をするんだ。よしやったるぜ。と思ったわけです。まあこの国ではコネも看板も何も無い状態なので良い意味で全てを賭けられる状況だったわけです。たまたま独身というステータスでして、飛び立つにあたって色々と日本では精算をしたことも忘れずに書かなければなりませんが、もし袋とじがあったらそちらで掲載するとします。


こんな期待に満ちあふれた青年は、それはもうインドネネシアとかジャカルタ、海外起業というようなキーワードで文献や知見を集めに集めながら準備を始めたわけです。


さてお気づきかもしれませんが、初めてジャカルタにおりたったときから、会社設立まで1年ほどギャップがあります。1年あれば日本一周することもできれば、ジャンプを創刊から読み返すことも出来るかもしれません。しかし僕は会社設立準備をしていました。


会社を作るって大変なんです。インドネシアは特に時間が掛かるんじゃないでしょうか。お隣のシンガポールはWebでポチッと数日でできるようです。なにしろ、こちら日本でも起業をしたことが無いわけですからね。手順を調べるだけで時間がかかるわけです。え、公証人ってネゴシエーターじゃないの?っていうレベルです。もう誰も教えてくれませんからね、こういのって。授業であっても受けませんしね。


さてそろそろカクテル感が出て参りました。期待汁で一杯だったグラスは徐々に不安というルーシーが幅をきかせてくるわけです。


そして極めつけは


「外国語の汁」


そうです。僕は日本語を1番得意としている人種です。海外で暮らしたこともありません。パスポートにはリゾート地のスタンプがいくつか押してある程度です。英語なんてオクトーバーフェストで酔っぱらった時にしか使いません。インドネシア語?アルファベットで綴れることを新しく知ったばかりです。


結果からお伝えします。


言語は未だに充分に扱いきれません。日本語が1番得意です。

この時期ほどオクトーバーフェストが毎日やってたらいいのにと思ったことはありません。



「マスターこの店で1番いけてるカクテルちょうだい」

期待と不安の味は、苦いけどやめられない味でした。このあたりもいくつか体験談を交えてのちほどシェアできればと思います。ほんとゼロの状態からってこういうことですね。今じゃ社内公用語はインドネシア語ですからね。なんとかなるもんです。



■ディズニーランドか税務署か。日替り定食なインドネシア当局。


さて、会社設立関連で物理的にやったことをまとめておきます。

1.日本国内での株主間協定

って書くとあっさりしてますが数ヶ月の時間を要しています。インドネシア法人設立のためにまずは出資いただく株主さん達と、よーしオレは◯◯%だ、よーしこっちから役員出すぜ、なんていう連携をし進出形態などを固めていきます。


2.インドネシア当局への真面目な書類の提出

この国でこれだけ投資して、雇用して、経済を潤しますよ。っていう感じの書類です。特に僕たちのインドネシアでやろうとしているビジネスモデルが真新しいことあり何回もキャッチボールが必要でした。


あの「本日の定食」ってあるじゃないですかお店で。TEISHOKU OF THE DAY ですよ。毎日メニューが変わるから飽きないのなんのって。お店のこだわりなんかも感じますよね。


実はインドネシア当局も、似たような事になっておりまして。今日の回答と明日の回答が、あれちょっと違う。


「この前、この書類持ってきてと言われて持参したんですが・・・」

「ん?その書類必要ないよ、今日は」

「あ、今日はもう豚汁がヤマなんですね」


といった具合で何度も足しげく通うことになります。逆に捉えると難しい宿題も日を改めてみると実はすぐに解決するってこともあるんですよね。ミラクルです。最近はWeb申請なんかもあって改善されているようです。


3.承認あれこれ

会社名や定款などですね。ここでネゴシエーターでないほうの公証人にお世話になります。徐々に会社としての外郭が整ってきました。


4.資本金チャッキーン

銀行口座を開設して、念願の着金でございます。これは感動しましたね。ついにこの国で取引ができることを実感する瞬間です。あまりの感激に口座証明書と自分とで自撮りしました。またこれがですね、インドネシアルピアっていうモンスター通貨はゼロが多いんです。だいたい1円が100ルピアなわけですから。ゼロがまあ続くこと。一生掛かっても無くならないぜと思いました。この時は。あの時は。


5.事業許可と納税義務そしてアトラクション

この段階で一つの会社として武器や防具も整い戦闘態勢に入れます。そして嬉し恥ずかしの納税義務が発生します。こちとら商人でっせ儲かりまっせぼちぼちでんな風をふかしウキウキしながら税務署へ申告へいきます。


「スペースマウンテン」
「ビッグサンダーマウンテン」
「スプラッシュマウンテン」


「税務署マウンテン」


初めての納税は6時間ほど時間をかけて完了しました。ファストパスよろしく、朝9時に整理券を取り席で待機。いつ呼ばれるかドキドキしながら手元には"600"という番号。徐々に番号が呼ばれていく。番号20を過ぎたあたりで違和感に気づく、


「番号1つにかかる処理時間は3分ほど」

「窓口は7個あるが5個しか稼働していない」

「3分あたり番号5つ分を処理するってことは」

「5/600×3分=360分」

ほーう、そうきたか。まあ単純に計算しただけだから、そうなるわけない。


はい、なりました。そのとおり。


たまに10番飛ばしとかあるんですよ、いつ呼ばれてもおかしくないハラハラした状態できっちり6時間。待ちました。乗車した窓口アトラクションは何の質問もなく3分で終了。


なにごとも自分でやってみないと分からないことありますよね。

今ではもっと早いやり方を覚えていますので興味がある方にはお教えいたします。


夢の国へのパスポート



6.登記完了

もう税務署のくだりで長くなってしまったので。

はい、これで会社のできあがりです。




ちなみにこの期間は生活拠点はまだジャカルタに移しておらず、出張ベースでジャカルタを訪れていました。そして晴れて2014年5月に会社登記が完了し正式に僕も代表者として着任をします。


これが起業を決意してから1年たった姿です。あれ、ビジネスの話できてませんね。

後編は会社の経営や、新興国ビジネスの状況、私の赤っ恥体験談を踏まえて元気にお届けしようと思います。


続きのストーリーはこちら!

インドネシアで起業することを決めて2年が経つ。僕はまだ生きている。(後編) 〜2年が経った今〜

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