貴裕はどうやって拓人になったか
メールの内容はその行き着けのバーで自分が噂になっていて、他のお客さんから目を付けられているというものだった。
アドレスが毎回変わり、文面はどんどん悪質になっていった。
それでもバーには通っていて、マスターにそのメールのアドレスを見せてたりした。
メールが来た時にバーに電話をして噂になっているか確かめたりもした。
そんなことは起こってない、とマスターは言ってくれた。
だけどその間にも嫌がらせはエスカレートしていった。
とうとう大手サイトの掲示板に書き込みがされた。
オレになりすましての投稿で、ケータイのアドレスが晒された。
夜勤の休憩中、ケータイを見るとメールの受信件数が10数件。
内容は全く覚えのないものばかり。
色々探して原因を突き止めると、その1つのスレッドに20件も30件もレスがついていた。
全てオレのことを何も知らず、嫌がらせをする為に書き込みをした人からのもの。
当時運営していた自分のサイトに書いてあったことも誹謗中傷の的になっていた。
教育実習をしていたこと。
たまに鬱になること。
自分だけのことならまだしも、友達のことまで悪く書かれいた。
そのうち幾つものサイトになりすましの書き込みが広がっていった。
ありとあらゆることが公の場で晒された。
強迫めいた内容の書き込みも出てきた。
正直怖かった。
自分のことを分かってくれている人なら、オレはあんな書き込みをしないと分かってくれるはずだったので、安心はできた。
しかし、それ以上に不安が膨らんでいった。
当然、該当するサイトには書き込みの禁止や犯人の捜査を依頼した。
しかしあまりの書き込みの多さに管理者は適切な対応をしてくれなかった。
大学のカウンセリングにも行った。
当時は何の役にも立たなかった警察にも連絡をした。
その時は犯人は分からなかった。
その後消去法で考えていって、1通のメールと、1人の人物に行き当たった。
あの「パーティーつまらない」というメール。
そして一晩を共にしたある人。
メールを送った友達には、バーの常連の友達がいた。
その人達の“派手な”行動は話に聞いたことがあった。
そして知らぬ間にその中の1人とたまたま一晩の為に会っていたのだった。
その人しか知りえない情報が最初から分かっていたのに、あまりの事の大きさに気づいていなかった。
勇気を出してその友達に電話をした。
全てを彼のせいにして話をした。
言い掛かりだと言い返された。
しかし、その電話の後急速に書き込みはなくなっていった。
予測は当たっていたらしい。
本当なら。
その事件が起きた2か月後くらいに来る自分の誕生日のパーティーをするはずだった。
自分のサイトで呼び掛けをして、楽しく騒ぐはずだった。
バーのマスターにもお願いをしようと思っていた。
貸し切りはできるはずも無いので、そういう場を借りたいと申し出ようと思っていた。
しかし、事件のせいで全てが駄目になった。
そのままバーには連絡をしなくなった。
本当なら謝らなければいけなかったのに。
いつも楽しい話をしてくれたマスターに、迷惑をかけたお詫びをしなければいけなかったのに。
半年後、ようやくほとぼりも冷めた冬に、思い立って行ってみた。
バーは閉まっていた。
聞いたところによると、夏の終わりくらいに閉店したらしかった。
マスターが東京に行くということで閉めたのだとか。
でも確実にオレの事件が店を閉める原因になっていたはず。
あんなにいい場所を閉めなければならなくなる程の事件の中心にオレはいた。
オレは被害者でもあり、でも見方を変えれば加害者でもある。
たくさんの苦労を背負わされたのは、あのたった1通のメールだから。
あのメールさえなければ今オレはここにいないかも知れない。
ちなみに、前の彼氏はそのバーの最後の客だったらしい。
正真正銘の最後の客で、閉店の日最後に店を出たと聞いた。
マスターの話になると2人で盛り上がったものだ。
その前の彼氏とのことについては以前書いたので、興味があればそちらも読んで欲しい。
これが 拓人 のゲイとして歩んできた道だ。
こんな色々な出来事を経験して、それが全て今の自分に繋がっている。
何一つ無駄では無かった。
あなたがこれを読んでどう思うかは自由だ。
けれど、オレとの距離が近づく切欠になれば、と思う。
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