絶対的自己否定だった私。ある人の一言で、「私でも◎◎になれるかも・・・」と思い、◎◎が芽生え、人生に希望が見え、劇的に人生が変化した話。

1 / 5 ページ


はぁ・・そうなんですか?
(「トラウマ?」私には、そんなものないけど。。。心の声)



自己否定。

他者否定。

人間不信。

トラウマ。

  

  

ものごごろがついた時には、

この状態が「当たり前過ぎて」、

自分がそういう状態にいるってことに、

当時、私は、全然、気付いてなかった。

   

  

例えるなら、

暗いドームの中に、

震えながら、

一人で膝を抱えて、

誰かが、

迎えにきてくれるのを待っている感じ。

でも、誰にも近づかれたくない。

   

  

その中は、

とても寒くて、

本当に真っ暗で何も見えなくて、

だけど、

誰かが助けて!!って、

叫んでる声だけが、

やたらとうるさく響いていて、怖い。

だから、私は、膝を抱えて、

耳を塞いで、

気づいたら、

ただ、

ひたすら耐える事しか、できない状態になっていた。

  

  


「当たり前」過ぎるものは、人も自分も気づかない。




  

そんなイメージがいつの間にか、

私の頭にはあって、

それが「当たり前」過ぎて、

「生きていく」ことや「人間関係」

ということに対して、

「疲れて、めんどくさくて、苦しく辛いもの、我慢するもの」

誰に何を言われたわけでもないのに、

いつしか、そんなイメージがついていた。

   

  

早く死にたい。


それが、口癖の時期もあって、

母を困らせた。

      

   

良くそういう状態になる人は、

家族に問題ありますよーなんて、聞くこともあったけど、

でも、私の家族は至って平凡で普通。



ちまたで言われるような

暴力もなければ、

両親のケンカもない。



好きなものは適度に買ってもらえて、

車があり、

家があり、

両親と祖父母、そして弟がいる。

そんな感じ。

   


ただ、幼少期、

母が、とにかく忙しくて、

愛情を一身に子供に注げる状態だったか?



といったら、

したくても出来ないくらいの

忙しい環境下だったということは、

後々、母から聞くことになるが、

そんなの自覚できるはずもなかった。


  

そして、

その「真っ暗なドーム」のイメージは、

小学校高学年頃には、

ぼんやりとあり、

年齢を重ねるごとにそのイメージは強くなっていった。



からだとこころに異変・・・そして。




そして、

自分では、訳が分からないうちに、

気づいたら、

中学生で、摂食障害になり、

当時の最低体重は28kg。



高校に上がるといじめの対象となり、

家族を罵倒し、

暴れ、

20歳を過ぎると、

アルコールを多飲し、

自傷行為をし、

自殺企図がとまらない。

そんな状態になっていた。

  

  

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。