うつだっていいじゃない!【其の五・完全看護?】

前話: うつだっていいじゃない!【其の四・小細胞肺がん】
次話: うつだっていいじゃない!【其の六・退屈】

電話の内容は母が突如騒ぎ出したのですぐ病院に来てくれないかということだった。状況が見えない私と父はいてもたってもいられず、急遽電車を降りタクシーで病院へ向かった。

病院へ着いたところで詳しい事情を聞くと「私、危篤だから。もう危篤だから。」と母が喚き散らしていたというのだ。自分で自分のことを危篤と叫びだすとは普通の精神状態ではない。ましてや自分を律することに長けているあの母がとなればなおさらだ。

ガラスのハートを持ち合わせた私に比べはるかに心が強い母だと思っていたが、流石に来るところまで来てしまったのかもしれない。そんな思いを抱くことしかできなかった。

我々が声をかけ母を何とか落ち着かせたところで、担当医、父、私で三者面談を行うことになった。この状態ではホスピスという選択肢はなくなったに等しい。安らかな最期を迎えるための緩和ケアを行っていくのか、どんな状態であれ生きているという状態を継続するために延命治療をしていくのか。決断を迫られた。

迫られたとはいえ決断を下すことは案外容易だった。というのも母は従前から延命治療で苦しむのは耐えられないと言っていたからだ。父も私も母の意思を尊重することは元々決めていた。だから延命治療を選択することなく、緩和ケアとモルヒネの投与に迷うことなく同意した。

病院という場所は看護師の方が常駐している。だから身内が付き添うことができるのは基本面会時間のみだ。しかし父はできる限り長い時間母の側にいてあげたいという思いがあったらしく、病院側から見るとかなり無茶な要求を言い出した。

「24時間ずっと付き添いたいのですが。」

ところがこのわがままな要求を病院側はいとも簡単に飲んでくれた。入院生活の中で母が築き上げた看護師さん達との関係性、それと母自身の人徳。そんなことがこの無理が通ればなんとやらの状況を引き起こしたのかもしれない。

とはいえ24時間父一人で付き添うなどというのはアンドロイドでもいない限り土台無理な話だ。そこで父は私に懇願してきた。

「お前しばらく会社休めないか?」

「えっ?何ですって?言っている意味がよくわからないんですが?」

私も最後にできるだけのことはしておきたいという気持ちはあった。だがいくらなんでも流石にそれは無理だろうという思いの方がが先に立った。普段は何も考えていない親不孝な息子ではあるがさすがに煩悶した。

悩みに悩んだ挙句、無理を承知で上司に直接長期休暇の申し入れをした。

上司が出した結論は以下の通り。

「当面の間欠勤扱いとする。ただし仕事上私でないとわからないような、やむを得ない事態が起きた時は電話かメールで確認の連絡をさせてもらう。」

家庭の事情というのは勿論あるが、私に対して個人的にかなり理解を示してくれていた上司だった(真面目に仕事をしておいてよかったと思う)ことも重なって、こんな無理難題を飲んでもらうことができたのだろう。普通の会社ならどうなっていたことか。欠勤を認めないどころか即解雇と言われても仕方のない状況だ。こんなところまで母の見えざる力が働いていたというのはさすがに言い過ぎか。

会社と病院が近ければ、仕事前や仕事帰り、時には仕事の合間に会社を抜けだして病院へ行くことは可能だ。しかし会社と病院はまるっきり正反対の方向。しかも家から会社までは最短でも2時間弱。一方病院までは家から30分強。どこでもドアが欲しいところだ。

休みの許可をもらったところでシフトを決める。朝から夜までが私。夜から明け方までが父という半日交代制で看護を分担することにした。ちなみに実家には犬がいる。当然これも放っておく訳にはいかない。母と併せて犬の面倒も交代で見ていく。ゴールの見えないローテーションの日々が始まることとなった。

イラスト/ ©2016 つばめとさくら



著者の山口 寛之さんに人生相談を申込む

続きのストーリーはこちら!

うつだっていいじゃない!【其の六・退屈】

著者の山口 寛之さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。