第10話:インドで知ったヨガの本当の意味

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インドに来て、ヨガというのは、もっともっと、自分が想像してより遥かに広大なものであるということを、初めて知った。


タミルナドゥや、ムンバイの哲学コース以外でも、他にたくさんのアシュラムのヨガコースや、ヨガ専門の大学でヨガインストラクターコースで学んでみた。


日本で一般に知られているヨガというのは、「アーサナ」と言われる、体操の部分だろう。



「ヨガを教えている」といえば必ず聞かれるのが

「痩せるヨガを教えてください」「お腹が平らになるには何をしたらいいですか」

という、肉体的側面だけにフォーカスしたものだ。



しかし、インドのヨガコースへ通えば、アーサナ(体操の部分)は、ほんの導入でしかなく、とても大事なのが、哲学の部分だった。



哲学を理解するために、何時間も講義に時間がさかれたし、グループに別れて、哲学の内容を演劇にするというイベントも準備しなければならなかった。



朝早くから夜まで授業があり、部屋に戻ったら、本を読んでレポートを提出し、テストも定期的にあった。



寝る時間も削って、次から次へとプログラムに参加しなければいけなかった。


どれくらいハードかというと、みんな1度は、病気になっていたくらい。


本当に、それくらい中身のつまった、インテンシブなコースだった。




日本でヨガインストラクターコースに2つほど通ったことがあるが、そこでは、ちょこちょこっと重要な部分をかいつまんで教える程度だった。それで数十万程度の授業料がかかった。


そして、日本のコースでは、哲学の部分は、ほとんどないと言っていいに等しい。



しかし、インドのヨガインストラクターコースも、哲学のコースも、辞書のAからZまでを、くまなく隅々まで網羅するような学び方だった。

そんなこと知ってどうするの?というくらい細かく、微に入り細に入り詳しく学ぶ。


アーサナ、呼吸法の実習、実際にクラスのデモの練習、

他にも、体内クレンジング法として、バケツ一杯の水を飲んだり、片鼻に管を通して別の鼻腔から出すというような実践編もあった。


掃除などの奉仕の時間もあったし、毎晩、お祈りの歌(バジャンという)などもあった。



インドでは、生活全般、全てをひっくるめてのヨガを学ぶのだ。



私もインドに行く前の自分を振り返って思うのだが、日本で学んだだけでは、自信を持って教えられないのは、当然だろう、と。

日本のコースでは、アーサナと、呼吸法をちょっと学ぶくらいで、はい終わり、だもの。



それで私は、ヨガをきっかけにインドに行ったのだが、もっともっと哲学にはまっていった。


結局、インドでお坊さんになる人が通うようなコースに住み込みで学んでしまうほど。




そして、私は、インドでしか学べないことを通信講座にして、オンラインで教え始めてみた。



すると、多くの人が学びたいと言ってくれ、コースに来てくれた。



私がインドに旅たつ前、「日本では本当のヨガが学べない。本物のヨガを知りたい」と思っていたように、他にも同じような人たちがたくさんいたというわけだ。



ヨガの体操とか呼吸法を学び実践すれば、ちょっと健康がよくなったり、心が穏やかになったりするかもしれない。



でも、哲学を学ぶと、人生の物事に対する視点が変わり、人生が変わってくる。



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第11話:ダライ・ラマが連れて来てくれた理想の結婚相手

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