ホームレスと交際0日婚をした私がやっと見つけた幸せの形 ④真剣に結婚を考えた時の話
私は10代の頃、結婚をすると劇的に人生が変わると思っていた。
結婚したら、相手と一緒に住んだり、家事をしたり、子供を産んだり、本当は嫌な事も相手に合わせてみたり、良くも悪くも相手の色に染まり染められるイメージがあった。
私はそれが恋愛の延長にあるものだとは気づかないでいた。私の中で、恋愛と結婚の間に、大きな断絶があっだのだ。だから劇的に変わると思っていた。
結婚したら相手の色に染まる事もあろうだろう。でもそれは、少しずつ染まっていくものだ。ある日突然、白いウエディングドレスを来た花嫁が赤や青に染まったりはしないのだ。ゆっくりと、ゆっくりと、時間をかけて妻や母になってゆくのだ。
その事が、10代の少女だった私には分からなかった。もっと言えば、病気をして必ずしも希望に満ちた青春を送れなかった私は、結婚して劇的に自分の人生が変わる事に淡い期待をいだいていたのだろう。
少女の頃はリアルな形で結婚というものを考えられなくてもある意味仕方がないと思う。だけど、私は30代になっても相変わらずそのままで、軽いノリだけで、たまのぶと結婚する話に突入してしまっていた。
いや、私のこれまでの人生で一度だけ、ちゃんと結婚を考えた相手が居た。中田さんだ。
テレビディレクターをしている中田さんと出会った時、私はギリギリ20代で、向こうは40代。一回りも歳が離れたカップルだったけど、私たちは出会ったその日から、まるで兄妹のように気が合った。食べ物の話も音楽の話も下らない動画の話も、とにかく何に対してもハマるポイントが一緒だった。
出会って2週間できちんと交際を始め、それから2ヵ月経ったある日、早くも私たちは真剣に結婚を検討した。2人でベッドに入りゴロゴロしながら、結婚についてお互いの希望を出し合っていった。そして私は気づいてしまったのだ。この人とは結婚できない、という事に。
中田さんはバツイチで小学生の娘が1人いた。バツイチの方は問題なかった。歳の差も気にならなかった。けれど……。
中田さんの娘は別れた奥さんが育てていて生活は別だったのだけれど、万が一、奥さんに何かがあった場合、娘は中田さんの所にやってくるだろう。その時、私はその子をちゃんと育てられるだろうか。自分の事すら不安で不安定で自信がない、この私に。にっこり笑顔で母親の代役が務まるのだろうか。
「そんな確率は1%もないと思うけど」
中田さんは、正しい。ちゃんとリアルに結婚の事を考えてくれているから、正しい返答がくる。それは私も分かっている。でも、私はこんな質問を続けた。
「もし、私と娘さんが同時に海で溺れていたら、どっちを助けるの?」
無理難題だし、私と中田さんの娘は、比較の対象ではない。それも私は分かっている。でも、その質問を私はした。きっと私は、私以外に大事なものがあるという事が許せなかったのだと思う。
私たちは2回にわたり10時間ずつ話し合って、そして別れた。
※ ※ ※
その日、たまのぶは岩手県大船渡市からメッセージを送ってきた。
「星がきれいだよ。白濱に見せてあげたいけど、手元にあるカメラだとちゃんと写らなくて残念」
たまのぶはホームレスだから、移動は自由だ。この時も、ハッカーハウスで知り合った仲間の車に便乗して移動したらしい。
「なかなか会えないね」
「僕が色んな所に行っちゃうからなかなか会えないね」
「そうだね」
「早めに東京に帰ろうかな」
「どうして?」
「なかなか君の事が、恋しくてね」
たまのぶは話すのは得意でなかったけど、メッセージだと時に直球を投げてくる。
「東京でアーバンキャンプってイベントがあるの知ってる?」
「な〜に、それ?」
「廃校になっている空き地にみんなでテントを張って、空を見ながら語らいあうんだ」
「うわ〜、素敵」
「テント代が1300円かかる」
「うわっ、お金かかるのか。どうしようかな?」
私は当時も今も貧乏で、1300円という金額は真剣に悩まなければいけない額だった。
それは、ひとまず置いておくことにして、結婚するなら本籍地をどうしようという話になった。2人が出会ったキャンプ場にしようという話も出たのだけれど、そのうち無くなってしまうかもしれないし不便なので、潰れない駅チカで便利な素敵な場所という事で、なぜかスカイツリーになった。
数日後、たまのぶが大船渡から東京に戻り、私たちはスカイツリーの前で待ち合わせをした。本籍地にするのだから、一度ぐらいはどんな場所か見ておきたいと思ったのだ。ただ、料金が高かったので、展望台に登るのはやめた。
本籍地が決まったら、あとは結婚の証人を2人集めて署名・捺印してもらえば準備は完了だ。たまのぶは両親と疎遠だったし、私も突然「ホームレスと結婚します」と言って親に心配をかけたくなかったので、お互いが世話になっていて信頼できる、2人の共通の知人に頼もうという事になった。
たまのぶも私も上京してから日が浅いせいで、共通の知り合いが極端に少なかった。そういう事情もあり、1人はたまのぶが住んでいるシェアハウス「ハッカーハウス」のオーナーの山村さんにすぐ決まった。
問題はもう1人だ。私をキャンプに誘ってくれたユウくんの名前も挙がったけど、年下で結婚の証人をしてもらうのは、法律的には問題なかったけど「何か違うね」という事になった。
そして名前が挙がったのが中田さんだった。たまのぶと中田さんはイベントで会った事があるらしかった。そして他に、まともな共通の知人は思いつかなかった。
だが、いくら選択肢が無いとはいえ、結婚の証人になってもらおうとする相手が元彼であるというのは、どうなのか。しかも、後からその事実をたまのぶが知ったら気分は良くないだろう。私はハラハラしながら、その動かしようも無い事実をたまのぶに伝えた。
「お父さんに挨拶するみたいだね」
たまのぶは、アッサリした口調で言った。特に気にはしていないようだったので、私はそれ以上、突っ込まなかった。しかし本心は、どうだったのだろうか?
私はこの時、人付き合いが人一倍苦手な彼の心境をおもんぱかる事ができなかった。それよりも、早く結婚の話を前に進めたくて、中田さんにアポ取りのメッセージを送っていた。
中田さんは偶然にも、その夜に開催されるアーバンキャンプに行く予定なのだという。私は、偶然にも程があると思いながら、たまのぶと手をつなぎながら、アーバンキャンプの会場に向かった。
著者の白濱 優子さんに人生相談を申込む