【ニート道】借金300万抱えた私が上智大卒ニートになるまでの道のり【人生で大切なことって何?】

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ニートになったと告げても侮ってきたり諭してきたりする友人はいませんでした。

得難い友人づきあいにあたたかさを感じました。




今まで気づけなかったこと。

見えていなかったもの。


これらが収入や肩書とはまったく違う軸にある財産なのだと思いました。

その財産の存在に気づけて味わえたことがすごく、自分を豊かな気持ちにしてくれました・


大学受験後のわたしの価値観のままだったら、

きっといつまでも社会的名誉や自尊心を満たすためだけに生きるつまらない人間で終わったでしょう。

社会的に認められた「高学歴」などが全くなく、むしろ罪悪感を抱くような状態。

つまり無職だとかなんだとかの状態である自分を許せなかったでしょう。

他人に対しても肩書や収入で人を判断する嫌な奴で終わったでしょう。


いつまでも他人軸で生きていたらそうなっていたでしょう。

で、友人が離れていくさみしい人間になったでしょう。


二度と取り返せない人生の大切な時間を失って後悔し、

それを社会や会社のせいにして逃げたでしょう。






つい10日ほど前に祖父が他界しました。


余命半年といわれた日から3年近く長く生きてくれました。

その亡くなる日まで病院に通い詰めることができ、

自分のできる精一杯の気持ちを込めてもう二度と会えなくなる人と接することができたこと、

それも自分にとって大切な時間となりました。



東京で就職をして、会社勤めをしていたら、到底できなかったと思います。



最も優先順位を高くしたいものを自分で決めて、

それを尊重できることが自分でとてもうれしいです。

自分が人生で一番大切なものが自分でわかったからそれに従って選択できました。







奨学金など借りていたので借金は総額300万です。


まだ返せていません。


定期的な収入もありません。


もちろん貯金もありません。


これから何とかなっていくだろうと思っています。




何してんのって思われる生き方だな、と自分ですら思っています。

しかし、他人に何と思われようとも私は自分自身の選択を誇ります。

たとえ、周りのみんなから「すごいね」って言われも自分がもやもやしていたら、

そのすごいに価値はないんじゃないかと思うんですよね。


自分が心から納得できた生き方ができていない限り、

そこにいくら肩書があっても収入があっても、

自分自身が腐ってしまいます。








人生の豊かさってなんでしょう?




そう考えたときにわたしは振れ幅の広さを持つことだと思います。

楽しいこと、うれしいこと、面白いことしか知らない人は、

苦しんでいる人、悩んでいる人、迷っている人に寄り添うことはできません。


両方を味わう振れ幅の広さを持つことで人としての深みが出るのだと思います。

そんな人が、苦しんでいる人の悩みを聞いて、

楽しいことや嬉しいことを語って聞かせることができるのだと思います。


片側しか知らないよりも、両側を知ったほうがその人の味わう人生の総量は多い。

それが豊かさというのでしょう。




幸せを追い求め続けると、幸せ以外の状態が許せなくなります。


幸せ、ではなくて豊かさを求めると、

どんな状況も味わうことができるようになるのだと思っています。


わたしは今のニートをしている状態ですら、豊かな人生だと思って生きています。











有名難関大学入学からニートになるまでの道を一緒にたどってもらいました。

これがわたしのニート道です。


最後までお読みくださりありがとうございました。



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