『イラスト奮闘録。イラストレーターになりたい、と走り続けた日々の物語』第5章「初個展を開催して知ったこと」

前話: 『イラスト奮闘録。イラストレーターになりたい、と走り続けた日々の物語』第4章「個展を企画してみる」
次話: 『イラスト奮闘録。イラストレーターになりたい、と走り続けた日々の物語』第6章「グッズを作成したり、HPを開設したり、多方面に活動してみる」

その1「画材を変えてみたら、と言われる」

悩み迷い続けていた4年目を過ぎ、
活動も5年目に入りましたが、迷っていたのは
営業路線だけではなく、実は画材に関してもでした。

この頃、新たに描きはじめた個展用の作品は
今まで仕事で描き慣れた、小さな手のひらサイズとは異なり
額に入れて飾る事が前提の大判サイズです。
「どんな画材が自分の絵に最適か」を、また一から
探る日々です。

色々試行錯誤を繰り返した末、当初使っていた水彩絵具から
発色が良いアクリル絵の具に変えました。
理由はこの年の春、勉強のために参加した
イラストのセミナーで大御所のイラストレーターさん達に
作品を見ていただいた時「君の絵はアクリル絵具を使って
みてもいいんじゃない?」と言うアドバイスを受けたからです。

結局これは当時の私にとって正しい選択でした。
数多くある画材の中で、自分の絵柄や性格にあった
「これだ!」と言う物をみつけるのは、なかなか難しい
作業です。
その時はそれがベストでも、年月とともに作風や
気分も変わってくるし、また画材の方もどんどん
進化してくるからです。

ちなみにこのセミナーでは、他にも
「デッサン力がまだまだだから、もっと描き込みなさい」との
指示も受けました。そしてその時から5年後、再び
先生方にお会いした時は、今度は画材や技法ではなく
「自分の殻を破りなさい」と言う、アドバイスを頂きました。

イラスト道って歩けば歩くほど、そして描けば描くほど
徐々にハードルが高くなっていくなと、その時感じました。
そう言えば「イラストレーターは辛抱だ」とも
そのセミナーでは教わりました。


その2「念願の個展開催」

2000年の9月、紆余曲折を経て念願の
初個展を原宿にあるギャラリー神宮苑さんで開催しました。
何から何まで全く勝手が分からず、相談できる
イラストレーターの仲間もいない状況だったので
全てが創意工夫で埋め尽くされた展示になりました。

なので今思うと無駄もかなり多かったけれど、逆に
個性が溢れた面白い展示会だったかもしれません。
例えば会場内で流したBGMはピアニストの友人が
作風にあわせて作ってくれた物だったり、お土産用に自費出版した
漫画本も用意したり。
今はもう、あんなに手の込んだ展示は出来ないので
初個展ならではの新鮮さでした。

会場には友人達の他に、DMを見て来て下さった方や、
出版社の人、ギャラリーの常連さんなど、色々な方が
足を運んで下さいました。
そして5年もイラスト描いてきて今更ですが、
この個展を行って初めて「絵を見てくれる人」の存在を
間近に感じました。それまでは仕事で「何万部、刷りますよ」とか
「全国で発売になる雑誌ですよ」とか言われても
それはそれで「すごいなぁ」と思いながらも、
実際の制作作業は私の小さな部屋で、机に向かって
一人で行っていたので、実感が掴めませんでした。

なので読み手の事を考えるよりも「私の絵を見て欲しい、
こんなタッチも描けるし、こんな画材も使えるよ」と言う様に
自分の事しか考えていない作品を描いていました。
イラストレーターとして、この時初めて明確に
読み手をイメージでき「見てくれた人が楽しく微笑む様な、
そんな優しく温かい作品を描きたい」と思いました。
個展開催は、確かに大変です。けれどそれに匹敵する、
楽しさや手ごたえも確かに存在していました。


その3「個展後、再びお仕事の波が来る」

初個展を通じて、展示会とは「自分がどんな作品を描けるか」とか
「どんな活動をしているか」を、多くの方に一同に知っていただける
貴重な営業の機会だと言う事を知りました。

そんな中、以前仕事をした出版社の方が
展示会場に来て下さったのを機に、再び一緒に
仕事をする事になりました。
この時の作業は、本一冊分のイラストを手がけると言う
ちょっと規模の大きな物でした。今までは
「(作業の一端として)イラストだけ描いて」という様な
依頼のされ方が多かったのですが、この仕事は
「(関わっている人全員で)良い本を作りましょうね」という
雰囲気の中で進められました。
なのでこの時初めて、本を作って世の中に出すと言う、
出版と言う仕事の全貌を意識出来た様に思います。

でも展示会ではこのように良い仕事の話
ばかりではなく、変な事も多々ありました。
例えば、通りすがりに会場に立ち寄った
出版社を経営をされていると言う年配の女性は
「うちでもあなたの絵を使いたい」と言ってくれました。

その場で連絡先を芳名帳に明記して下さったのですが、
展示会終了後、その番号に電話をかけたら
全然違う所につながりしました。
「冷やかしだったのかな」と、あまり気にも
留めずにいたのですが、しかしそれから数年後
音信不通だったその方が、いきなり電話を下さり
仕事を依頼してきました。
しかしどうしても不信感を拭いきれず、嫌な予感がしたので
やんわりお断りすると、いきなり態度を激変させて
「無名の人が名前を出せる良い機会なのに、断るなんて!」
と言われました。

またここでも「無名の人」を強調されるとは…。
その時は勢い「私は無名の作家ではありませんから」と
強がりを言って電話を切りましたが、別に有名になりたくて
絵を描いてるわけじゃないのに、何故周囲は若い作家に
「無名の人」と言う称号を与えて、揺さぶりをかけるのでしょう。

良い仕事をしていれば、名前なんて意識しなくても、
後から自然について来るし、逆にその名前が重い
荷物になる事もあるのに。

その後、この初個展を皮切りに私は何度も展示会を
行う事になりますが、展示をすると一度に沢山の人と
知り合ったり、再会したりするせいか、毎回色々な「流れ」が
変わる気がします。
良い人もいれば、不思議な人もいる。
けれどきっと、色々な人に出会う事も、自分自身や
作品を磨く上で、勉強になっているのかもしれません。

一人黙々と机に向かって、自己満足で描いているだけの世界から
少しずつ外からの風があたり始めた、そんな活動5年目でした。


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