コール&レスポンス

<

2 / 2 ページ

著者: 小澤 惠

と告げると、

「娘を助けてくれー」

と、ばかりに父はかっとんで産院に入って行った。

そして、すぐさま産院から出て来て言った。

「おい、やっちゃいんぞ(やってないぞ)!!」

私は、一人で入院用の荷物を両手に抱え車を下りて言った。

「祭日だからね。急患は、直接2階に行くの」

2階へ行くと、

看護師さんが優しく迎え入れてくれ、心底ほっとした。

この人たちは私が今からどうなるのかも知っているし、そのための手助けもしてくれる。

痛みに襲われうずくまると、

「そんなに痛いの?電話じゃすごく冷静だったのに」

と言われ、

「間歇期に連絡したので」

と応えた。

「これに着替えて!」

看護師さんに言われ、分娩着に着替えようとするも痛い。

間歇期を待とうとするが、

「どうせ痛いんだし、いつ着替えても一緒!!」

と、看護師さんから喝を入れられ痛みの中着替える。

「ここに乗って、ちょっと子宮口見せて」

助産師さんの指示で分娩台に乗って股を開くと、

「もう7センチも開いてる!!次陣痛来たら、息んでいいよ!!」


ええーーーーー!!!!!

もう生まれるってこと??


やっと、このとき、私は今までの痛みが陣痛であるという確信ができたのだった。

が、それでも、これから私は人を生むのかと不思議な気持ちは消えないままだった。

助産師さんの言うように、

陣痛が来たら息むと、

レトロはさっきまでいた位地からぐぐっと下の方へ動いた。

さきほどと違い、息んだ後の陣痛後には、マラソンを走り終わったときのような爽快感と全身が脱力する何とも言えない気持ち良さが襲ってきた。

それがなんとも気持ちよすぎて身を預けていると、また陣痛がやってきた。

「ここにしっかり足を置いて、お尻を持ち上げるように力んで!!」

所産師さんの言うようにすると、レトロはまたぐぐぐーっと下りて来た。

出産って、まるでスポーツみたいだなー

と、ぼんやり思った。

監督(助産師)さんの言うように動くと結果が出る。

そんなことが4、5回繰り返され、

こんなことがこれ以上続くのはキツいなー。そろそろ力めなくなりそうだー。

と思っていると、

今度は先生が、

「次で産むよー」

と声をかけてくれた。

最後だ!!

と思いっきり力むと、先生がシュッと会陰を切開してくれレトロの頭が見えた。

ツルっと出て来た。

9時29分。

産院に着いてから30分ほどのできごとだった。

全てが一段落し、キレイに洗われたレトロを胸に抱いた。

レトロはもういろんなことが分かっているような顔をしていた。

私たちの、

『レトロ』


コール


昭和の日


レスポンス

してくれたレトロ。

奇しくも、亡くなった友達の四十九日が明けた日だった。


著者の小澤 惠さんに人生相談を申込む