ファミレスで注文もできなかったコミュ障女子大生が初めての海外でインドを3週間旅した話

著者: ささき まと

外国とか、怖くないですか。


昔から怖いものが多かった。

高いところ、暗いところ、人が多いところ。幽霊、虫、爬虫類。

それから知らない場所、知らない人。


よく怒鳴る数学の先生も、エラそうな友だちも、イヤミっぽい親戚のおばさんも怖かった。

一人になるのも怖かった。


人と違うことをするのも、だれかに迷惑をかけることも。


その全部の怖いものから逃げて、

安全な囲いの中で生きていたかった。


ドキドキもハラハラもいらなかった。


そんな風に考えてた大学生までのわたし。


「ね、わたしこのドリアにドリンクバー…。」

「もーしょうがないなぁ。すみませぇん!」


友だちとファミレスにいるときは、いつもわたしの分も注文してもらう。

店員さんと話したくない。

「すみませぇん!」なんて、大きな声出せない。


恥ずかしい。

怖い…。



ガタンっとひときわ大きい振動で目が覚めた。まだ薄暗い。そして肌寒い。

身体を起こそうとすると、堅い床に寝てたせいか、節々が痛む。


いたた…


月明かりだけがかろうじて差し込む車内。手探りでウエストポーチのパスポートとスマホを確認する。無事だ。それから枕にしていたバックパック。これも無事。


ほっとしてまた目を閉じる。

夢を見ていた。昔の。


ガタガタと続く細かい振動で、いくら寝ても疲れは取れなさそうだった。


わたしは寝台列車の中にいた。

正確には、列車の床 だ。


ここでは、列車を予約してもベッドが取れてるとは限らない。予約が遅いと知らぬ間にwaiting リストに載せられ、ベッドが空くかもしれないのを、いつまでも待たなきゃいけないのだ。


よく調べればわかったこと。

なのにわたしはそんなこと考えもせずに、今ここにいて、床で寝ている。


ここはどこかって?

インドだ。


ぶるっと身体が震えた。いまは3月で、インドでは初夏になる。昼間は十分に暑いが、夜はまだ冷える。

しかもこの列車、ドアがない。なので、荒野の風は容赦なく車内に入り、びゅうびゅうと吹き回る。


腕時計を見ると、時刻は午前4時だった。バラナシからコルカタまで22時間で、昨日の朝8時に列車に乗ったから、あと2時間で着く。はず。


ここにあるのは、日本とは違う時間の概念。


ひとつ前の街では、乗るはずの寝台列車が予定よりもなんと、10時間遅れで駅にやってきた。アナウンスもなく、わたしはいつ来るかも分からない電車を、大量の蚊と戦いながら朝まで待ったのだ。


日本では10分の遅れでも大問題だ。

アナウンスは「申し訳ありません」と繰り返し、サラリーマンはイライラする。かく言うわたしも、「バイトに遅れる、怒られるかも、どうしよう」と冷や汗をかいた。


でも10時間遅れてきた電車のことを、アナウンスはなにも言わなかった。そこにいた乗客も、なにも言わなかった。だれも謝らず、怒らない。それが許される日常が、そこにはあった。



夢ごこちで、ここへ来る前のわたしをまた思い出す。

いつもなにかに怯えてた。

まだ起こってもいないことを心配して、嫌になって、ただじっとしていた。


家さえあまり出ないわたしは、もちろん海外に行ったこともなかった。


これが、このインドがわたしの初めての旅なのだ。




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