平凡に生きてきたつもりが、一億分の一を引き当てていた話。~あと血液のがんになった話~

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先生は、日を改めて両親にも同じ説明をしてくれました。

 

両親は、確実に治せます助かります、と言ってくれない先生に不安を覚えたようでした。

 

(お医者さんも神様ではなく人間ですから、仕方のない事です。)

 

最先端のがん研究に携わる東京の某名医に見せたら治してくれるんじゃないか

 

とか、

 

転院して別の病院を探そう、治験に参加しよう

 

などいろいろと意見をくれました。

 

しかし

 

私は、主治医の先生からの

 

病院を変えても治療法自体は変わらないこと

 

今の病状で治験に参加することはむしろリスキーであること

 

などの意見を参考にしたうえで、

 

慣れた環境で家族のサポートを受けながら治療した方が自分のメンタルにも良いだろうと判断し、そのまま同じ病院で、W先生の治療を受けることを決めました。

 

何より、良い事も悪いことも包み隠さず、中立の立場で意見をくれる女医先生に、

 

私はだんだんと信頼感を覚えていました。

 

こんな状況なのに、先生と私は時々一緒になって笑うことが増えていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえば、

 

自分の生命を左右するほどの判断を、自分の意思で下した経験は

 

今思い返すとあれがはじめてでした。

 

 




 

「治療前夜」


515日。

心は不安や恐怖でいっぱいのはずなのに、頭をよぎったのは両親でした。

 

私に万が一のことがあったら、きっとあの人たちは暫くまともに動けないな。

 

そう思い、

 

私に何かあった時に連絡してほしい人たちの連絡網、解約してほしい携帯や通信サービスの諸々、加入している保険会社の連絡先や証券番号などをノートにまとめました。

 

一通り準備を終えると、不思議とちょっとだけ落ち着きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、いよいよ治療前夜。

 

病室の空き状況の関係で、個室の無菌室に入るのは明日からです。

 

私はその日4人部屋に入れられていたのですが、隣にいたおばあさんの様子がどうも変でした。

 

激しく咳き込んだり、看護師さんが頻繁に様子を見に来たり。本人の意識も朦朧としているようです。

 

そうして、誰かが呼び出したのか、おばあさんのベッドの周りには家族やら親戚やらが56人集まってきました。

 

気になってカーテン越しに聞こえる声に耳を澄ましていると、主治医らしき男性の話が聞こえてきました。

 

「…(病状を話す様子)これ以上治療を続けても、今以上に良くなることはありません。自発呼吸も困難になってきていますので、次の発作で人工呼吸器をつけるか、ご家族で判断してください。」

 

「ただし、一度人工呼吸器を着ければ、もう外せません。完全に自発呼吸が出来なくなりますから。」

 

「そうして苦しむ中延命することが、幸せなことなのかどうか。」

 

「おばあさんはもう、御年○○才です。十分に人生を生きられた。次の発作が寿命だ。と、考えることも出来ると、僕は考えます。」

 

シンとした病室の中、先生の声がやけに大きく響きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、私は一睡も出来ませんでした。

 

人生の長さに関わらず、人は必ず終わりを迎えること。

 

意思のない中ただただ生きながらえることが、必ずしも幸せなことだとは限らないこと。

 

当たり前な事なのに、今まで考えたこともなかった真理に

 

薄いカーテン一枚越しに生まれて初めて向き合わされているような気がしました。

 

そして

 

人生にいつ終わりが来るか分からないのは皆一緒なんだから、

 

残された時間を嘆いて悲観的に過ごすより、楽しく楽観的に過ごした方が

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