中米 投資家として飛行機なしの世界一周 その26

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著者: Ryuya Ogawa

パナマ


パナマの首都、パナマシティでは、もちろんパナマ運河を見る。

向こう側は川や人造湖を通してカリブ海とつながっている。


運河内に水をためて、水門を開く。
そこにカリブ海側から山間の運河を越えてきた船がすれすれで入ってくる。
後ろの水門を閉じる。


水を抜いて水位を下げる。


前の門を開く。


次の場所に進んで後ろの門を閉じ、水位を下げて前の門を開ける、ということを繰り返す。


二段階に分けて水位を下げ、太平洋と同じ海抜にし、やっと無事通過。


カリブ海側だろうと太平洋側だろうと、運河に入るときは同じ要領で水位を上げて船を持ち上げ、内陸の、海抜の高いところにある湖や川を通れるようにする。

出るときは上の説明にあるように水位を下げて、海側と同じ海抜に船を下ろす。

説明すると簡単だけど、よくもまぁこんなことを思いついてしかも実行したな、って思う。

(最初の建設計画はフランス主導でスエズ運河と同じ設計者が責任者となったが、伝染病や資金繰りの問題で失敗。完成に導いたのはアメリカだった。)


下はパナマ運河併設の博物館。

動植物を扱ったコーナーがあるんだけど、すごい奴らがいる。
ふくろうのように見えることで、天敵から狙われにくいように進化した蛾(ガ)。頭が下。

ちなみにイルカは、元は犬やカワウソに似た陸上の哺乳類が進化した動物です。

だから魚は尾びれが縦だけど、イルカやクジラは横になっている。

足が変化したのものだから。

魚類から陸上動物に進化して、また海に帰ったわけです。

進化ってすごい。


パナマはデコトラみたいなのが多いけど、これ全部市民バス。


パナマシティはその昔、モーガンという海賊に徹底的に破壊、略奪され、壊滅したことがあるそうです。

その名残。


パナマシティは結構都会で近代的な建物も多いんだけど、そこに普通にクナ族の人とかがいたりして、その対照が面白い。


コスタリカ


コスタリカは楽しみにしていた国の一つだった。

その理由の一つは、この国が世界でも珍しい、憲法で軍隊を廃止した国であること。

一体どうやってこんな小国が軍隊なしでやっていけるのか、政治的に色々学んでみたかった。

日本の文献の中には手放しでコスタリカのことを褒め称えて、「日本も見習うべきだ」的な意見を見かけるけど、それは正しいのか、本当なのか、自分の目で確かめてみたかった。


理想主義者たちはただただ軍隊がなければいい、というようなことを言うけど、問題はそんなに簡単じゃない。

僕ももちろん理想は大切だと思っているし、そういう考えだったこともあるので気持ちは分からなくもないけど、ほとんどのそういった意見は現実や真理を無視しているうえに感情的で、無責任でさえある。

事実上この国を守っているアメリカ軍のイラク虐殺への加担や、北朝鮮の拉致や、沖縄の人たちの犠牲など、無防備によっておきる現実的な問題について、ほとんど検討されていないことが多い。


例えば、ある大金持ちがいたとしよう。

この金持ちは豪邸に住んでいて、中には一目で値打ちのものだと分かる家具やアクセサリーや車などがあるが、楽観主義者なのでなんと家を囲う塀を作らなかった。

もちろんセコムなどにも入ってなくて、窓や扉の鍵は年がら年中開いている。

当然、空き巣に入られる。

それでもこの金持ちは一向に防犯対策について改善をしようとしなかった。

何度も空き巣に入られる。

そしてついに、たまたま居合わせて反抗した家族がレイプされたり、誘拐されたり、殺されたりしてしまう。


この金持ちに対してなんと思うだろうか?

もちろん悪いのは空き巣だ。

でもこの金持ちにも相当の責任があることは、常識的に考えて誰の目にも明らかだと思う。


悪は常に存在し続ける。

悪とは動物的本能の一部であり、それを勝手に人間が善と分けたものに過ぎないから。

人間が動物である限り悪は存在し続けるし、人間が動物をやめることはできない。

もしやめることができたとしても、それはずっと先のことだろう。

また、社会的に言えば悪は貧しさや不平等の産物でもあるが、完全な平等はありえない。

つまり悪がなくなることもない。

(俺の個人的な意見では、悪は必要でさえあると思っている。)


だから自分自身や家族や財産、その他自分の守るべきものを守るというのは、生物としての責務なのだ。

自己防衛をしないということは無責任であるし、自分だけでなく多くの人に被害を及ぼす。

豊かな人間、国であるならなおさらだ。

他者に防衛を頼むという手もあるけれど、もし自分の家族を他の人間に守ってもらい、依存するようなことがあれば、いつしかそいつに強権的に振舞われ、弱みを握られ、犯罪への協力を強制されたり、家族が何らかの被害にあったりするのがオチだ。

自己防衛をしなければ、他国の人間に不法侵入され、拉致され、いつ本土に落ちるか分からないミサイルを撃ち込まれて脅されても、また領土や財産、資源を占領されても、さらには防衛を依頼した守ってくれるはずの外国軍人にレイプされたり、ヘリコプターを学校に落とされたりしても、何も出来ない。

そしてそれは上述の金持ちのように、自己責任であり、当然の結果だとさえ言えるかもしれない。




後、もう一つ。

公衆の場、例えばマクドナルドなどで、百万円の札束を見せびらかしている男がいたとする。

あるときこの男が札束をテーブルに置いたまま、トイレに行ってしまった。

その時、周りの人はどう思うだろうか?

恐らく日本であるならば、たまたま悪人がいたとしても、周りの目を気にして何もしないまま終わることもあるかもしれない。

でも実際に札束を取ってそのまま逃げてしまう奴がいないとは限らないし、海外ならなおさらだ。

中南米なら確実だろう。


さて、

このとき札束を置いていったやつは、何もしなければ何事もないマクドナルドであったのに、札束を無防備にしたことによって、突然周りに混乱と悪意を発生させたのだと言える。

これは悪人に対してだけとは限らない。

一般人もそれぞれに動揺したはずだ。

「え?あの札束取れるんじゃないの?」

実際に行動することはなくても、そった思った人もいたはずだ。


この例えは完璧ではないけれど、とりあえず言いたかったのは、無防備は時と場合によっては悪を生むということだ。

今まで一般人であった人間も経済的に苦しんでいたりすると、たまたま出くわした無防備によって、突然悪人に成り下がるかもしれない。(芥川龍之介の「羅生門」にちょっと似てる。)

そういう意味で、無防備は悪でさえあるとも言える。


(海外旅行における日本人にも同じことが言える。日本人は世界的な常識から見れば度を越えた無防備で有名で、簡単に騙されたり、盗まれたりする。イスタンブールやイタリア、その他世界中のたかり屋が日本人をすぐ騙されるただのバカだと思っていて、その噂が噂を呼び、日本人狩りという犯罪を助長している。もっと分かりやすい例がオレオレ詐欺。あれは最低限の自己防衛をしていればありえないことで、実際他国では起こりえない。悪いのは実行者だが、一方で無防備な人間がいなければあの犯罪は成り立たない。日本人は自分の身は自分で守るという生物として当たり前のことを、忘れてしまったのかもしれない。アホウドリは長年天敵のいない島で暮らしていたために自己防衛機能を失い、それでもしばらくは平和に暮らしていたが、ある時外からやってきた人間によって乱獲され、絶滅しかけた。俺は後年この国の人間が、「絶滅した阿呆人」と呼ばれないことを願う。)


以上のことは自己防衛をしないということの問題の、ほんの一部に過ぎない。(しかも思想的な面。もっとはるかに多くの現実的な問題が存在する。)

実際コスタリカは日本と同じように、軍隊だと明言していないだけで、結局は軍隊並みの装備をした組織を持つようになってしまった。

また首都サンホセは、バスターミナルに行こうとすると宿の人にタクシーを使えと言われ、それでも大丈夫だろうと思って徒歩で行くと、確かにかなり危ない雰囲気があって、思わず走ったほどだった。

サンホセ以外はかなり安全だけど、少なくともコスタリカを平和の楽園と取り上げて大々的に書く人が思っているほど、何も問題がないわけじゃないようだった。

また今度書くけど、コスタリカが軍隊を廃止したのは、特別な事情によるものだ。


もちろん日本やコスタリカのように、他国への侵略を禁止することは素晴らしいことだ。

絶対に必要なことだし、永久に続いて欲しいと思う。

でもそれと自己防衛をしないということは別の問題だ。

要は自己防衛の仕方と軍隊の管理方法だと思う。

コスタリカは地域貢献、もしくは「集団」防衛によって自己防衛を強化するという手をメインに取っていて、それは色々参考になるだろう。(一カ国に頼るきるのではなくて、あくまでも「集団」防衛。)




さて、コスタリカはそういう政治的な部分を抜きにしても、素晴らしい国です。

中米の中でも抜きん出て見所が多く、グァテマラと並んで最も人気がある国で、実際観光客はかなり多い。

特に大自然とそれを活用した自然公園が豊富で、珍しい動物もたくさんおり、自然好きにはたまらない国なのです。


とりあえず一番最初は鳥と植物の楽園、モンテベルデ自然公園


ハチドリ。

空中停止という高度な能力を持った鳥。


ケツァールという鳥がいる。

元々神様を意味する言葉で、コスタリカやグァテマラでは国鳥扱いされていて、動物園とかでも見ることが出来ない。

見ると幸せになると言われている。


そんなケツァール(日本名カザリキヌバネドリ)を、今回事情があってどうしてもカメラにおさめたかった。

ということでずっと探していたんだけれど見つからず、もうツアーに参加するかガイドを雇うかしかないかな、と思っていたその時!

自分でもよく見つけたな、ってくらいのはるか遠くに輝く緑を発見。

でも最高の20倍ズームを使ってもこれしか見えない。

しかも後姿。


少しでも近づくために道なき道に入り、ジャングルの中をわけ入るが、やはりちょっとしか見えない。

近くに来てくれないかなーと思っていると、、、

飛んだ!



かなり見やすいところに来てくれた。

幸運。

尾が長い。

手塚治虫の火の鳥のモデルになったと言われているけど、確かに、という感じ


正面から。

ポチッとした目と小さくて黄色いくちばし、それにカラフルな体がとても可愛く、かつ美しい。

実際目の前にして、「こりゃ神だ」と思いました。

ちょっと気づいたこともあって、確かに少し幸福になった気がした


バードウォッチング。

あんまり興味なかったし「どうなのかなー」と思っていたけど。

なかなか面白かった。

(なんでも実際にやってみるまでは分からない!)

他にもレアで美しい鳥はたくさんいるけど、まず見つけるのが難しいので、思いがけず発見したときの興奮がひとしお。

そのうえいつ飛んでいってしまうかわからないので、早くいい写真を撮って、さらに自分の目でも楽しみたい、という焦りが合わさって、なんだかちょっとハイな気持ちになります。

もちろんバードウォッチングの聖地、コスタリカだから、というのもある。

(東京のコンクリートジャングルでカラスとかスズメとかを追いかけても、学術的な興味がない限り何にも面白くないと思うw)


そしてもちろんコスタリカは鳥だけじゃない。

レアな動物もたくさんいるし、何より豊富な大自然。

美しい海岸や特異な雰囲気のある雲霧林、今も噴火していてマグマが流れる火山など、バラエティ溢れていて、少しも飽きさせることがない。

鳥の王国モンテベルデの後は、美しいビーチとサーフィンの町、プラヤ・タマリンドへ。


あれだけ毎週欠かさず通い詰めたサーフィンも、旅に出てからしなくなって早一年。

今まで大陸横断や縦断で、意外とビーチ自体に来ることが少なかった。

今まで行ったビーチでサーフィンできたところは、モロッコとペルーくらい。

モロッコは寒くてウェットが必要だったうえに波も全然良くなかった。

ペルーはちょっと時間がなかった。

ということで、いい波が立つことで有名なコスタリカでは絶対やってやると決め、サーフィンのためだけにこの町に来ました。


夜は上着が必要なモンテベルデやサン・ホセと違って、この町はかなり蒸し暑い。

色々準備してるうちに汗だくになる。

板を借り、水着一枚で海に入っていく。

膝くらいまで来たところで、板に乗り、パドリングする。

板と体の間を水が滑っていく。

その時の気持ちよさといったら。。。

たまらない。


最初波が小さいと思ってロングでやったんだけど、全然ダメだった。

ロング動きづらい。。。

てかやっぱサーフィンは続けてないとダメだねw

後、ラッシュガードがないとあばらのところがヤバイことになる。

まぁでもとりあえず久しぶりのサーフィンは、ホントに気持ちよかったです。


一度サン・ホセに戻る。

ここは特に見所もなく、動物園に行ってみる。

あれ?こいつら見たことあるな。


奇をてらうつもりはまったくないんだけど、でも何故か動物園で見てもそんなに感動しない。

やっぱ動物は野生のを見ないとダメみたいです。


下はアレナル火山国立公園の最寄りの町、フォルトゥーナ。

キツツキみたいな鳥発見。


この後、暗くなってから火山を見に行ったんだけど、それがもうすごかったのなんのって。

恐竜時代の映像に出てくるようなモロ「火山」って感じの形した山が、30分に一回くらい大噴火するんだよね。

(PC原人みたいな感じ。分かる人は分かるよね?w)

真っ赤なマグマが噴き上がって、火山を滑り落ちていく。

大迫力だった。


でも残念ながら写真がない。

なんか天気が悪くて光が足りなかったり、カメラの調子が悪くなったりしたから。

マジ残念。ホントすごかったのに。


けどここは必ずいつかもう一回来て、完璧な天気で見たいと思うようなところだった。


最後はマヌエル・アントニオ国立公園。

美しいビーチとそれに沿った国立公園があって、人気スポットになっている。

猿の数が半端じゃなかった。


動物園にもいなくて、ずっと見つけることが出来なかったナマケモノ。

最終日、国立公園の出口の、最後の最後でついに発見!


なんだこの生き物。すごい。

動きが超ゆっくり。
見つかりにくいように、緑のものを食べて毛の色を緑にしてるそうです。


クモはどうして糸を出し、網を張るようになったのか。偶然の連続にしてもあまりにもすごい。最初からそういうゴールが決められてたようにも思える。
そもそも、どうして無のままでよかったはずの世界から宇宙が生まれたのか分からないのと同じように、どうして無機物の世界からある時突然生き抜いて進化しようとする意思、エネルギーが生まれたのか、それは人智を超えた、愕然とするほどの、謎。

そしてその、元は一つの意思、地球から放たれた一つのエネルギーが、無数に分岐して、これだけ多種多様のモノが「生きる」ようになった。

花が植物という現象の一端であるのと同じように、一つ一つの命が、地球という神的現象の一端なのだと思う。


この旅では「流れ」というものをよく意識するようになった。

極大から極小まで、大小様々な流れと、その中にいる自分というとても小さな流れ。

またいつか大きな流れに帰っていく、つかの間のよどみ。


怪しいことを言っているようだけど、それは大自然の中でのみ感じることが出来ることで、それを感じれるということは、幸せなことなんだと思う。


それにしてもコスタリカ。

僕好みのホントにいいところだった。

実際もっとたくさんの見所があって、全部回ろうと思ったら一ヶ月以上はかかるんじゃないか、というくらい。

必ずまた来たい。


後中国で死にかけてからちょうど一年たちました。

あのときを思い出す。

決して忘れないようにしたい。

ニカラグア

ニカラグアの首都マナグア。

ここはかなり治安が悪いらしく、嫌なうわさばかり聞いていたし、実際長く旅してて唯一ここでだけ強盗にあったという人の話も聞いていた。

しかも首都はもちろん、国自体にもほとんど見所がない。

ということでマナグアに一泊二日しただけで、写真も撮らずにすぐ出てしまった。

この旅で唯一写真を撮らなかった国。

この国の治安が悪い理由は一番下に書いてあります。

エル・サルバドル


中米全体でそうだけど、特にここらへんではコンビニとかバス停とかどこでもガードマンがいて、みんな一撃で即死間違いなしのショットガンを持ってる。

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