僕の人生を変えるきっかけとなった、オーストラリア旅行体験記。その3

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前編: 僕の人生を変えるきっかけとなった、オーストラリア旅行体験記。その2
後編: 僕の人生を変えるきっかけとなった、オーストラリア旅行体験記。その4
ケアンズからダーウィンまでの間、グレハンのバスにのり3日程(確かそうだった)をかけて移動した。

長い距離の移動で、若干くたくたになりながらもこれからする仕事” 真珠の養殖 ”がとても楽しみな気持ちでいっぱいでした。

仕事の場所は予想以上にサバイバルな所だった。


真珠の養殖は、日本人が経営する会社。ダーウィンから飛行機に乗り、養殖をを行っているアボリジニの島まで移動するとの事
友人と僕、それと時期を同じくして働くことになっている初めてあったワーホリの日本人女性との三人で行く事になった。

飛行機での移動は、経験が少ない僕なのに島までの移動はセスナ機を使うとのこと。

飛行機が飛ぶ事自体に疑いを持っている僕は、緊張の中、無事に離陸し島までの移動は長時間ではなかったが結局不安感は払しょくすることは出来なかった。

・・あの・・・・・着陸する滑走路は・・・・どこですか?

不安な僕に追い打ちをかけるように、更に着陸の際に目を疑った

そう、眼下に広がる地上には、広がる赤土の土地がみえるだけ。
僕の恐怖心は、一層増していった。
まあ、そこはね慣れたもんで何事もなく着地。
三人で飛行機を降りると、1人の男性が迎えに来ていた。
養殖の会社の人で、小柄で無口な方。簡単にいえば西部警察の大門のサングラスをかけた田中邦衛の様なひとであった。
車に乗せられ(僕は、ランクルの荷台)一路、養殖の場所へ。
移動の際も、所々が小川のようになっており、そこにはまらない様にうまい事乗り越えながら移動されていた。
海岸に着くと、養殖の作業をする海上ハウスに移動するため、小さな船に乗せられた。
会場ハウスに到着する挨拶を済ませ、対岸の従業員の生活をする長屋みたいな部屋に案内された。
生活するための文明はあるが、そこは今まで住んだことのないような環境。
3ヶ月間の生活がどんなものになるかこの時の僕には全く想像もできなかった。
意外と船酔いしない自分に驚いた。


意外と船酔いしない自分に驚いた。


記憶があやふやであるが、生活は至って単調であった。


・6時ごろに起床時、海上ハウスへ移動。
・朝食を済ませると、準備をし午前の作業に入る。
・昼食の準備をするものは、11時くらいから海上ハウスへ移動し準備をする
・12時過ぎに昼食。
・昼食後は1時間ほど休憩をし、午後の作業に取り掛かる。
・5時頃、仕事終了。
・夕食までの時間は自由時間で、6時半ごろから夕食。
・あとは自由にという感じ(かなりあいまい)



養殖の仕事の中心的な作業は、パールラインに下げた貝の網を引き揚げ、海上ハウスへと持ちかえる。

持ち帰った貝の網から貝を取りだし、周りについた藤壺などをそぎ落とし、網へと戻した後、再度パールラインに結び、海と入れる。

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