決して交わることがない愛の物語 「太陽のリング」

前話: 愛し愛され、騙し騙され、幾度となく失敗を繰り返した女の愛の叫びと、心の叫びです。プロローグ「秘密の手帳」
著者: 伊集院 歌子

綺麗な夜空を見て・・・。

2012年5月21日。
日本中が一斉に空を見上げたあの日。
金環日食。
月曜日の朝だった。

一緒に見ようって言ってたのに。
暗い夜空を見ながら彼は言った。
いつも夜ばかりだから、今度はとっておきの太陽を一緒に見ようって。

でも、約束の連絡は来なかった。
わたしとあの人は別々の場所で空を見上げた。
神秘的でとても綺麗な太陽のリングを。
この奇跡の瞬間を一緒に感じたくて、
遠く離れてても一緒に見たくて、
わたしは電話をかけたのに、彼は出なかった。

別れたはずの妻子と一緒に見ていた。
彼の心はわたしでなく、家族に向かっていた。

そして、同じ時間。
別れた彼はわたしにメールをくれた。
「見てますか?ずっとあなたを想っています」と。
「別れてしまったけれど、この空で僕とあなたは繋がっています」と。
いつも惜しみなく愛の言葉を贈ってくれた人だった。
それなのに、わたしは家族へ心が向いている人をわざわざ選んだ。

そしてまた、その彼を想う女性がいる。
わたしと同じように、愛している人が別の人を想う苦しさを味わっている。
偶然知ってしまった。
わたしと付き合う前、彼をずっと支えていた女性がいたことを。
それなのに、彼はいずれさよならを言うことになるわたしをわざわざ選んだ。

世の中の男女がそれぞれ心の糸を手にして、愛している人に向かったら、
どれほど美しい織物ができあがるのだろう。
すべての糸が絡み合い、決して交わることのない愛情が織りなすもの。
それは、どれほど慈悲深く儚いものか・・・。

あれだけ美しかった金環日食も、夜になれば影も形もない。
心に深く残っているだけ。

いつもの空がそこにはあった・・・。
そしてまた、いつもの明日がやってくる・・・。

誰もがみな真剣に人を愛しているのに、
誰のせいでもないのに、
決して交わることがない。

なんて切ない夜。
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