母を自宅で看取り天涯孤独になった瞬間の話。⑨
それでも、うなずくときはある。
理解してくれているかは怪しいが。
けど、すぐにそんな反応すらも消える。
手を握っても握り返すことはない。
自力で身動きも出来ず、2時間おきぐらいに体位変換するがそのたびに痛がり、呻き声を上げる。
ずっと寝たきりなので腰が痛いようだ。
さすればうめき声がやむ。
しばらく口には殆ど何も含んでいない。
氷を入れても飲み込んだり噛めない為、気管に入る恐れもある。
意識がほんの少しあるとき、ストローで水を少量ずつ吸い上げて口に流し込むだけ。
尿量も1日200ml以下で、尋常な色じゃない。
赤紫というか、青紫、臭いもかなり強い。
尿バックに赤紫の色素が沈着するぐらいだ。
便も出なくなっている。
括約筋が弛緩して肛門は開きっぱなしでもだ。
もはやおむつ交換をしても、快・不快の反応もない。
苦痛を感じる感覚も麻痺してきている為か?
何も出来ずにただ側にいる。
眼を背けたくなるその残酷な姿をただ眺めていたら、無性に腹が立ってきた。
なんで母はこんなに苦しそうな姿にならなきゅいけないんだ。
ふざけんな、何なんだよ一体。
どうしてこんなになるまで苦しまないといけないんだよ。
何したってんだよ、母は。
それとも俺が何かしたのか?
まじで悔しい、だれに怒りをぶつけりゃいいんだ。
くそ、ちきしょう。畜生!
ばかやろう。
ちきしょう。
ちきしょう。
初めて運命というか、抗えない大きな力を呪った。
今までわかった風なこと言ったり、振る舞ったりしてきた。
「だって、皆通る道じゃん。親が死ぬのって」
「仕方ないじゃん、人間なんだもん」って。
そんなことは今だって百も承知だけど、俺は今までこの理不尽な怒りや思いをずっと見ないよう、気づかないようにしていた。
恐いから。
でもさ、やっぱり腹立つんだわ、もう偽れない。
なんでだよ、なんなんだよいったい!
って思ってたら悔し涙が出てきた。
悔しいのか、悲しいのかも、もうよく分からない。
ひとしきり涙が出たら、どっと何もやりたくなくなってきた。
疲れた。
もう疲れた。
休みたい。
でも、まだだ。
けど、訪問看護ステーションの所長がきたので一緒に母の身体的ケアをしていたら、もうちょいだけ頑張ろうと背中を押された気になった。
一緒に声をかけながら着替えさせたり、シーツを変えたり、顔や口拭いたり・・・
母はもうされるがままだ。
意識も定かではない。
「切なくてもしっかりしなきゃ最後まで」と所長は教えてくれた。
言葉ではなく、母をケアする背中を通じて。
そして、「なかなか自分の親のしもの世話は出来ないものだよ。辛いからね。あんたはよく頑張っているね」と言ってくれた。
その言葉を支えに最期まで看取ります。
神様、ここしばらく祈ったりしてなかったけど、お願いします。
どうか母に安らぎを与えてください。
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