母を自宅で看取り天涯孤独になった瞬間の話。⑬ エピローグ 前編

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「巡り合わせ」
ここ1週間で良く出会う言葉だ。
全ては巡り合わせ・・・
ヒロが来てくれてるのも、訪問看護ステーションの所長に出会ったのも、今まで知らなかった母の友人に出会うのも、全てが「巡り合わせ」
ヒロのライブが終わった日に母が死んだ。
だから彼は函館に来れた。

ヒロが「お母さんは息子一人では大変だろうから、力になってくれそうな友人が来れそうな時を選んだんじゃないか」と話していた。

母は死ぬ瞬間まで自身で線引きをしたのかと思うと、見事だ。

母が死んでつながる縁がある。
母の友人らに会うのもそうだ。

友人らへ挨拶に回るのは本当に疲れる。
慣れないスーツで慣れない敬語、一人一人に誠意を伝える。
母が密葬を希望してたため、友人にも関わらず母の死に顔を見れないことはやはりつらいことだろう。

皆それぞれで母との別れをしている。
香典と一緒に手紙を添える者が多い。

母の携帯にメールを送って別れを告げた人もいる。
それぞれが死を受け入れようとするが、死に顔を見ていないため「死んだのが信じられない」という人も多い。
せめて息子として死に顔を見ることが出来なかった友人らに母の最期を伝えることが、誠意ある礼儀だと思う。
だから一人一人と会って、墓まで案内し一緒に手を合わせる。
多くの方をご案内したが、一人一人みな真剣に手を合わせてくれた。
その中には俺の友人のご両親も来てくれたりした。
母が死ぬ3日前に来た札幌の友人のご両親も墓参りしてくれた。

中学からの友人のお母さんは訃報の知らせを聞いてすぐに車で札幌から来てくれ、墓の前でお経を唱えてくれた。

これには感動した。

葬儀らしいことは何もせず、あっという間に火葬・納骨まで済ませてしまったが、まさか母の為にお経を読んでくれる人がいようとは。
俺もヒロも感動と感謝で胸がいっぱいになった。

本当にありがとうございます。
母の友人らは俺自身は初めて会う人が多い。
でも、不思議と皆俺のことをよく知ってる。
母が生きてる時、必ず俺の話をしてたそうだ。
「自慢の息子だ」と・・・
皆とても母を慕って、尊敬すると言ってくれる。
それぐらい覚悟ある生き様、死に様だった。
壮絶だった。
でも、すごかった。
そして皆「自慢の息子に最期まで側にいてもらって、本当に幸せだったでしょう」と言ってくれる。
不思議なぐらい皆そう言ってくれる。
母は幸せだったのか?
「ねえ、母さんは幸せな人生だった?」
しかし、その答えはもう聞けない・・・



エピローグ・3(2003年9月12日~20日) 「許されざる行為」



どうしても許せないことが3つあった。

とても許しがたく、そして後に祖母を含めた親戚一同と縁を切った直接的な原因だ。

祖母の妹の一人に俺の母の死を伝えるために電話をした。
俺が名前を名乗るといきなり「必要ありません!」と切られた。
唖然としながらもきちんと伝えるべきことは伝えようともう一度電話をする。
「お話を聞いて頂けるだけで結構です。この度9月10日に私の母が亡くなりまして、その旨をお伝えしたくお電話致しました」
「なんですか?関係ありません!」

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