希望は、あきらめずに挑戦し続けた先にしかないという話〜毎日がんばってるけど、道を見失いそうな"あなた"へ〜

著者: Tommy 1031

人にはそれぞれの限界がある。

皆、自分の「世界」のなかで毎日がんばっている。

人から見れば小さな苦しみかもしれない。

ちまたでは「よく聞く話」かもしれない。

友達に話したら笑われるかもしれない。

でも、どんな人でも、その人の限界値の「世界」で

最大に苦しみ、必死に葛藤しているのではないだろうか。

友達と飲みながら話せばスッキリするのかもしれないし

誰にも話せずに鬱々としてる悩みもあるかもしれない。

でもひとつだけ言えることは、

みんながみんな、それぞれにがんばってるっていうことだ。

もがいて、悩んで、自分の道を探している。

私は、そう思う。


自身の経験から、希望は、あきらめずに挑戦し続けた先にしかないという話をしよう。


1.イジメ

中学ではクラス全員からシカトされ、テニス部でもハブられ、先輩たちにはボールをぶつけられてしごかれる日々。高校でもとある理由からテニス部で総シカトに。

→それでも、私は自分が間違っているとは思わなかった。日本では、少しでも周りに迎合しない者はハブかれる傾向がある。でも、自分を可哀想だとも思わなかったし、学校を休んだり、部活を辞めるのは違う気がしていた。もちろん傷ついたし、泣いたし、悲しかった。でも、負けたくはなかった。

最終的に、高校ではテニス部でキャプテンをつとめ、後輩達ともとても仲良く過ごした。スポーツを通じて、人間のこと、忍耐力のこと、スランプがあること、上下関係、友だち関係、いろいろ学ぶことが出来た。そのことは、人生の中盤に差し掛かった今でも経験として生きている。あのとき辞めずにがんばって良かったと思う。

自分の心に正直に、やりたいことはやり続けるということ。

まわりの言うことなんて、気にしないっていうこと。

「自分が」後悔しない選択をすること。

あなたはできていますか?

"シカトされたあなたが悪い"?

"イジメられた方にも問題"がある?

私はそうは思わない。自分を責めないでほしい。

例え100人があなたが悪いと言ったとしても、

もしかしたらその全員の方が間違っているかもしれない、

という視点を持とう。


2.現役合格

私は美大を卒業しているのだが、高校のテニス部総体が終わって、夏期講習からの予備校参加だった。美大には「実技」というテストがあり、通常美大を目指す人は高校の1、2年の早い段階から絵を習いに予備校に通うというのがセオリー。やはり絵は、何度も描いて上達していくものだから。なので、私のように夏期講習からというのは致命的。高校の美術の先生も「まぁ、やってみればw」レベル。誰も受かるとは思っていなかった。夏期講習も、まわりは全員がずいぶん前から通っている生徒たちで、四大希望のクラスでは私だけが初心者だった。

当然、デッサンは間に合わなかった。デッサンが必須の受験は、ことごとく落ちた。ただ、得意科目を選んで受けられる大学には合格した。デッサンはまだまだだったが、平面構成という分野だけは非常に得意だったからだ。

私が思う勝因は、才能があったからとか、センスがあったからではない。先に述べたような「美大受験の準備は高校1年から」のような"常識"を全く知らなかったことではないかと思っている。セオリーを知っていたら「間に合わない」「挑戦しても無駄」という気持ちになったかもしれないし、まわりの絵の上手な人達に怖気づいたかもしれない。幸い、私は何も知らなかった。世間でも、知らなかったがゆえに逆に成功したという話がよくあるのではないだろうか。

頭のいい人にこそ多い、先に予想してしまうという癖。

失敗するだろうからやらない、という選択。

今、まわりと同じように出来ないから自分は「出来ない」という思い込み。

あなたはしてないですか?

自分の限界を決めているのは、自分自身。


3.「あきらめなさい」

大学時代、デザイン事務所でアルバイトをしていた。飯田橋にある、雑誌や本などをつくるエディトリアルデザインをしている会社だった。当時、私は細かい作業が嫌いで、エディトリアルは文字がちまちましてあまり好きではなかった。ただ、求人があるのはそこだけだったし、何事も経験だと思って、バイトをさせてもらっていた。ただ、やはり細かい作業がどうしても苦手で、仕事でヘマすることも多かった。この会社の社長は、私が「エディトリアルあまり好きじゃない」とあっけらかんというのを、苦々しく思っていたようだった。

そのバイト先には、大学の同級生のAちゃんも来ていた。Aちゃんは生粋の文字好きで、エディトリアルが大好きでかつ得意な子だった。正確も温和で、優しく、敵を絶対作らないタイプ。私達は仲が良い方だったが、バイト先の社長はAちゃんをとても気に入っていて、私とAちゃんはことあるごとに比べられた。

ある日、私達は社長にとある展覧会に連れて行って貰った。展覧会を観た後、社長と私達は秋葉原駅前の喫茶店に入って、コーヒーをごちそうになった。そして、社長が私達を見比べてこう言った。

社長
Aちゃん、いつもありがとう。君はセンスもあるし、どこの会社でもやっていけるだろう。素晴らしいデザイナーになると思う。将来が楽しみだよ。
社長
・・・Tommy、君は正直に言ってデザイナーに向いてない。才能がない。エディトリアルも嫌いみたいだし、あきらめなさい。もううちの会社で働いてもらわなくていいから。

クビだった。

デザイナーになりたくて美大に入ったのに、プロのデザイナーに「向いてない」と言われ、ものすごいショックだった。学生で、自分の「才能」を確信している人なんて、ほとんどいないんじゃないだろうか? 当時はまだコンピューターもなく、私はどうしても「切ったり貼ったり」の作業があまり好きではなかった。目上の人から断言されるとそれが真実のような気がしてきて、落ち込んだ。もちろんそれで諦めようとは思わなかったけど、作業があんまり好きじゃないことは確かだった。

→その後、社長も予想していなかったであろうApple全盛期がやってきて「デザインはコンピューターでするもの」という新たな常識が定着していった。細かい「切ったり貼ったり」の作業はまったくもって必要でなくなった。

→私は卒業後無事就職し、現在では「向いてない、才能がない」と言われた、社長と同じ「エディトリアルデザイナー」として活躍している。もうデザイナー歴15年になる。独立してからは10年目。ちなみに、大学の同級生で、フリーのデザイナーとして安定して仕事を続けているのは私だけである。生き馬の目を抜くデザイン業界で、そして長引く不況の中で、フリーランスでも家族を支え続けられるだけの収入を10年維持出来たことだけでも、私は自分を誇りに思う。

誰かに「止めた方がいい」と言われても

誰かに「才能がない」と言われても

誰かが「無理に決まってる」と言っても

なりたい自分になるんだという強い気持ち。

あなたには、ありますか?

例えそれが、自分の尊敬している人だとしても。
例えそれが、自分の親だとしても。

「出来るか、出来ないか」を決められるのは、あなただけ。


4.笑われても、断られても

最初の会社に入ったとき、私は22歳でした。「ちびっこ」と呼ばれていました。まだデザインの実践を何も知らない、ひよこのような存在でした。先輩方に「20代で独立したい」と夢を語ったら、爆笑されました。「なれるといいよねぇぇ〜〜♡」(高い鼻声)と笑いながらバカにされました。

→不思議と悔しさはありませんでした。なぜなら、それを実現すると決めていたからです。先輩方は大好きだったけど、この人達は将来どうするとか、まだ考えていないから笑うんだと気づいて、少しかわいそうになったことを覚えています。

最初の会社に入るとき、実は一回断られました。「新卒は採らない」ってやつです。そこで私は今度は手紙を書きました。いかに自分が即戦力になりうるか、いかによくまじめに働くか、いかにその会社で働きたいかというのを、切々と書きました。ラブレターです。その他にも念押しの根回しをし、そして、面接だけはしてもらえることになりました。面接の日の前日、なんと当時の彼氏の浮気が発覚し、面接の日の朝、別れ話をしてから面接に望みました。手の震えは止まらず、気分は最悪で、笑顔をつくることも出来ませんでした。精一杯受け答えはしましたが、心ここにあらずで、内容もあまり覚えていませんでした。落ちたと思いました。

→しかし結果、採用して貰えました。アルバイトからテスト期間を経て、本当に使えたらねという条件付きでした。そこからは毎日2時間近くかけて通勤し、大学と仕事を両立させました。

人から笑われるような夢でもいい。

何度断られてもいい。

みんなが賛成してくれなくていい。

あきらめないこと。

自分があきらめたら、そこで終わり。

ゲームオーバーにするのは、いつだって自分自身。


5.反対された結婚

私は国際結婚をしていますが、夫が一回り年下であること、甲斐性がないことなどから、周囲から心配の声が多数あがりました。詳しいことは別のストーリーで書いたのでここには書きませんが、祝福された結婚ではありませんでした。

→現在結婚6年目で、娘もいて幸せに暮らしています。もちろん裕福ではないし、問題も色々とありましたが、様々なことを一緒に乗り越えて来た分、夫婦の絆はとても強いです。そして、山が沢山あったことで、人間的に色々なことを学ぶことが出来ました。

自分のこころの声にだけ従うこと

みなさんは、できていますか?



---------------------------------

人が何か新しいことを始めようとするとき

必ずと言っていいほどまわりから「反対」の声があがる。

たとえそれが一見「いいこと」だとしても

「気をつけなさい」なんてチクっと言われたりする。

そして、人から何も言われなくても、

あらゆる「環境」があなたを陥落させようとする。


誰が「成功」していて、誰が「負け組」かなんて、

どうでもいいと思いませんか。

誰がお金持ちで、誰が貧乏かも、

どうでもいいと思いませんか。

人は人を「判断」し「決めつけ」る生き物です。

でも。

あなたという人間の真価を知っているのは、あなただけ。

親のいうことも、兄弟のいうことも、

友達のいうことも、先生のいうことも、

上司のいうことも、

はっきり言って関係ない。

あなたが「終わり」と思ったときだけが本当の「終わり」。


あなたがあなた自身でいるために

なりたい人間になるために

まわりの意見に惑わされず

自分のこころに正直に生きた先にこそ

人生の希望はある。


自分を信じて生きて下さい。

あなたにはきっと、それが出来るから。


著者のTommy 1031さんに人生相談を申込む