私のライフストーリー論

著者: 古屋 憲章

 2013年1月30日、私は、早稲田大学で行われた2012年度第2回質的調査法研究会に参加した。今回の研究会では、「ライフストーリーを聞く・解釈する・記述する」というテーマで、社会学の分野で高名な研究者である桜井厚先生をお招きし、講演とディスカッションが行われた。

 桜井先生による講演の中では、ライフストーリー・インタビューにおける対話的構築と語り手にとってのリアリティというお話が印象的であった。

 ライフストーリー・インタビューにおいて、語り手の語りは、語り手と聞き手の相互行為により構築される構築物である。語り手は、もともと持っている内容を語っているのではなく、聞き手との相互行為により、語りの内容をその都度構築している。そのため、聞き手がどういう聞き方をするかにより、語り手が語る内容は変わる。また、ライフストーリー・インタビューにおいては、語られる内容が事実かどうかは問題にされない。なぜなら、ライフストーリー・インタビューは、客観的事実が存在するという認識論ではなく、(先に述べたように)事実は対話によりその都度構築されるという認識論に立脚する営みだからである。

 しかし、桜井先生は、完全に対話的構築法(主義)の立場を取っているわけではない。対話的構築法の立場を徹底すれば、いかなる事実も対話によりその都度構築されることになり、固定的なリアリティは存在しないことになる。しかし、客観的な事実は存在しないとしても、語り手がこれこそが事実だと実感している出来事、つまり、語り手にとってのリアリティは重視すべきではないかというのが桜井先生の立場である。

 桜井先生が語り手にとってのリアリティを重視される背景には、ライフストーリー・インタビューの目的がある。社会学におけるライフストーリー・インタビューの目的は、当事者が現実をどのように体験しているかを記述することである。更には、当事者にとっての現実を記述することにより、これまで問題視されていなかった出来事の問題性を告発することである。(そのような例の一つとして、DV被害が挙げられる。DVという概念が確立される以前、DV被害は、夫婦げんかとしてしか捉えられていなかった。)当事者にとっての現実を記述するためには、語り手のとってのリアリティを重視せざるを得ない。

 続く、ディスカッションでは、ライフストーリーが対話的構築物であるとすれば、聞き手に関する記述も必要なのではないかという点が話題に上った。

 日本語教育研究で行われるライフストーリー・インタビューにおいては、聞き手、語り手が次のようになる場合が多い。

聞き手=日本語教育実践者
語り手=日本語学習者、日本語教師

つまり、聞き手も、語り手も、広い意味で日本語教育/学習の当事者である。それゆえ、インタビューにより対話的に構築される語り手にとっての日本語教育/学習をめぐる現実は、聞き手にとっての日本語教育/学習をめぐる現実にも否応無く影響を与える。これに対し、社会学の分野で行われるライフストーリー・インタビューにおいて、聞き手は当事者ではない。聞き手はあくまで観察者であり、告発者である。

 この聞き手が当事者であるか否かの違いが、日本語教育研究で行われるライフストーリー・インタビューと社会学の分野で行われるライフストーリー・インタビューの違いであろう。聞き手が当事者ではない場合、インタビューをとおし、聞き手の現実がどのように変わったかを記述する必要はない。重要なのは、話し手にとっての現実である、しかし、聞き手もまた当事者である場合、話し手にとっての現実に接したことで、聞き手にとっての現実がどのように変わったかまでを記述する必要がある。

 さて、その数ヵ月後(2013年7月23日)、私は言語文化教育研究会の例会に参加した。例会では、二つの話題提供があった。そのうちの一つ「元私費留学生の語りからみる「選択」の意味変容」では、なぜ発表者が留学生や元留学生からライフストーリーを聴くようになったかが説明された後、事例として元留学生Bさんのライフストーリーとその分析が提示された。

 Bさんは、高校卒業後、母国での大学進学をあきらめ、日本の大学に入るために留学した。時は、2000年代初頭である。Bさんは、まず日本語学校に入学し、日本語を学習した後、四年制大学に進学した。そして、大学卒業後、日本国内の会社に就職した。就職して4年、日本在住10年を迎えた現在、帰化申請を行おうとしている。

 来日してから帰化を決意するまでのライフストーリー・インタビューを分析した結果、Bさんの次のような経験とその意味づけが明らかになった。Bさんにとって、日本語学校→大学→就職1年目までの経験は、他者から承認され、自信を回復していく経験だった。その過程で行われた人生の選択(進学、就職)は、選ばれなければならないという「責任としての選択」だった。一方、就職1年目以降の経験は、自らの存在の意味を確認し、有能感を得る経験だった。その過程で行われた人生の選択(帰化)は、自らが選び取った「人生を豊かにするための選択」だった。

 ライフストーリーから導かれたBさんの経験とその意味づけは、私にとって一人の青年、一人の女性、一人の留学生が経たプロセスとして、確かに興味深く、また説得力もあった。しかし、私はこれが日本語教育の研究としてどのように意味づけられるのかという疑問を抱いた。

 私の疑問に応えるように、発表者から言語(日本語)教育におけるライフストーリー研究の意味に関し、次のような説明があった。ライフストーリー研究を行うこと、つまり、(元)留学生である彼/彼女らの「声」を聴くことをとおし、一人の日本語教師に一人一人(元)留学生のストーリーが蓄積されていく。そうして蓄積されていくストーリーが日々、自身が向き合う留学生への眼差しを変え、教育観を変え、引いては、教育実践を変えるのではないか。また、ライフストーリーを語ることは、留学生自身にとっても、自身の経験を意味づけるとともに、移動し、変容する自己を連続する自己として再構成する機会となる。

 上述したような説明に非常に納得しつつも、なお、私には「それでは、ライフストーリー研究を公表する意味は何か」という疑問が残った。ライフストーリー研究が教師、留学生双方にとって意味のある営みであることは理解できる。しかし、もしそうであれば、ライフストーリーを研究として公表する必要はなく、ただライフストーリーを語り、聴く場があればいいのではないか。

 私は、上述したような疑問を提起した。この疑問をめぐり、やりとりを行った結果、次のような答えが浮かび上がってきた。

 単にライフストーリーから導かれた(元)留学生の経験とその意味づけを提示するだけでは、日本語教育の研究として意味づけることはできない。(ある種の発達研究、ジェンダー研究、あるいは移民研究として意味づけることは可能かもしれない。)日本語教育の研究として意味づけるためには、日本語教師である調査者の自己言及、つまり、自身が(元)留学生である彼/彼女とともにストーリーを構築する経験を積み重ねることにより、自身の教育観、教育実践がどのような変容していったかまでを提示する必要があるのではないか。より具体的には、(元)留学生である彼/彼女がライフストーリーの語りをとおし、自らの経験を意味づけ、再構成するプロセスと教師自身の教育観、教育実践が変容していくプロセスがパラレルに描かれる必要があるのではないか。そうすることにより、読者である日本語教師は、調査者である日本語教師の経験を追体験することができる。そして、追体験することにより、読者である日本語教師もまた、実際に会ったわけではない(元)留学生である彼/彼女らのライフストーリーを自身の中に蓄積し、日々自身が向き合う留学生への眼差しを変え、教育観を変え、引いては、教育実践を変えるのかもしれない。

 実は、私はBさんの経験とその意味づけを聴いたとき、無意識に自身がかつて出会った留学生たちをイメージしていた。私は2000年代初頭に日本語学校に勤務していた。そして、そこでBさんと同じような母国での大学進学をあきらめ、日本の大学に入るために留学した学生たちに接してきた。私は、彼/彼女らが、日本語学校を卒業し、大学や専門学校に進学した後、どのような人生を送っているかを知らない。しかし、私はBさんのストーリーに決して知り得ないその後の彼/彼女らの姿を見たような気がした。

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