私はここにいる

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「毎日来る?」

「うん」

「じゃあ、毎日会えるね」

平田は嬉しそうに首のギブスが痒いのか照れ隠しなのかギブスの中に指を突っ込んでモゾモゾしていた。


「お母さんのところに戻ります」

ほまれはこの窮屈な談話室が嫌いだった。

席を立ってドアを開けると

「ほまれ」

平田がそう呼んだ。

その瞬間から何もかもが狂い出したのは後にも先にもこれが物語の始まりとなった。


学校が終わると真っ先に病院へ行くようになった。

母親にバレないように先に平田の病室へ行く。

平田はニッコリし目尻が下がる。

ほまれはギブスをはめている平田に

「ろくろ首」

と呼んだ。

「もっと伸びるんだぜ。夜中になるとさ、しんと静まり返った病院内を頭だけでクネクネと回るんだ」

「面白くない」

ほまれはこれでもお笑い芸人かよ。私を腹の底から笑わせてよ。ほまれは腹の底から笑ったことは記憶にない。

でも、目の前にいるろくろ首が気になってしまっている自分がいた。


「あの…なんて呼んだらいい?」

「そうだな、テレビでは平田!平田!って言われてるしな。新鮮な呼び方がいいな」

平田は窓の外を眺めながらまた首のギブスの中に指を突っ込んでる。


ふと気付いたようにほまれの目をまじまじと見る。

「俺、男ばかりの三人兄弟の長男なんだ。妹がいたらな…って思ってた。だから『お兄ちゃん』て呼んでくれないかな」


お兄ちゃん…お兄ちゃん…


ほまれはひとりっ子だった。子供の頃から孤独が好きだったので兄妹とか別に欲しくはなかった。


「ところでさ、ほまれの目って個性的だよな。人は目でものを言うと言うけど俺はほまれの目が好きだ。どこか寂しげなそして吸い込まれてしまいそうなほっとけないような瞳だ。血縁に外人いるの?」


「おじいちゃんがアメリカ人だよ。お父さんが産まれる前にアメリカに帰っちゃった。おばあちゃんはすごく苦労したんだって」


ほまれは目を見つめられるのが苦手だった。自分の心の中まで見られているのではないかと視線を反らせた。


「なるほどね、だからちょっと茶色いんだね。色も白いし」

「私は日本人だよ。どんな目をしようと私は日本人だから」

平田は黙ってベッドから下りて来た。

平田は両手を広げ


「おいで」

ほまれは躊躇した。

「ほまれ、おいで」

ほまれは小刻みに震えながら平田の側に寄って行った。

平田は一歩足を踏み出しほまれを引き寄せ抱きしめた。


平田の鼓動が聞こえる。ただ抱きしめられる赤ん坊のようでもあった。


「好きだよ」

平田は耳元で囁いた。

意識が朦朧としてきた。生まれて始めての感覚。なんと表現すれば良いのだろう。心地よい。

「好きだよ」の言葉が頭をグルグル駆け巡る。


「震えてる。怖い?」

「ううん」

『お兄ちゃん』て呼んでみて」

「…お兄ちゃん」


平田はほまれの両肩を少し放しほまれの目を見つめる。そして平田の唇がほまれの唇と重ね合う。

そしてもう一度抱きしめ

「好きだよ」


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