「お腹の子は、無脳児でした。」最終話 ~妊娠498日の約束~

このエントリーをはてなブックマークに追加



「泣いても、笑っても、この妊娠で最後にする。だめなら、家族三人で明るく生きていこう。」


本意なのかは定かじゃないけど、夫のはんちゃんは心に決めたように言った。


これが最後の妊娠。「今度こそ、無事に生まれてきてほしい。」


「お腹の子どもには、脳がありません」と告げられた七夕の日から、約150日。

街はクリスマスのイルミネーションに、彩りを変えていた。


「ハナ、そうたろうの家にも、サンタさん来てくれるよね?」


ファーストストーリー「お腹の子は、無脳児でした」~葛藤と感動に包まれた5日間の記録~ はこちら


「もちろん。」




妊娠246日目
きっと、逃げたらもっと怖くなる



ドキッ!っとした。


「陽性」。


ピンクの短い線は、滲んでいるのに、どこか誇らしげに見えるから不思議。


赤ちゃんが空に忘れ物を取りに行ってから4か月半。


本当に帰ってきてくれた!


かも、知れない。


そして「また始まる」という、恐怖に似た気持ちがこみ上がってくる。




前回の中絶から、妊娠が怖くなっていた。


でも、逃げたらもっと怖くなることも、わかっていた。


「不安になっても、仕方がない。明るく過ごさなければ、毎日がもったいない。」


と、自分に言い聞かせる。




約二週間後。ついに産婦人科で健診。


「こわいよー、こわいよー」と、


大人げなく不安が口をついてしまう。




初対面の先生は、パラパラとカルテをめくりながら、何度も神妙に頷いた。


「そうか。前回は諦めたんだね。


辛かったね。大変だったね。」


そう言われて、解かれたように、涙がぽろぽろとこぼれた。




エコーで診察。


グッと緊張が増して、体が硬くなる。


モニターにお腹の中が映ると、反射的に顔を背けそうになる。




心臓はあるのか。


命はあるのか。


薄暗いお腹の中を、目を凝らして進む感じ。




「ピコ」


小さな小さなドットが、点滅した。


「生きているよ。」


赤ちゃんからの、サインのようにも思えた。




「うん。心拍あるね。」


柔和な表情で、先生は言った。


ふうーーーーー。


心拍確認ができないパターンを、何度想像したことか。


ホッとしたのもつかの間。


先生の診察がやけに長い。




「ん?


ちょっと待ってよ。」


先生がつぶやいた。


身体中の力が一気に入って、完全パニック。




「右と左の卵巣の大きさが違う」


「えっ!」


終わった。


本当にまた、終わってしまった。


と思ったら、


「いや、元からだな。」


と、ボソボソとつぶやいて解決。


本当に心臓に悪いから、やめてください。


と、心から思った。




その後、先生は「無脳症はハッキリした原因がないから、繰り返すなんてめったにないから!」と励ましてくれた。


でも当事者は、「めったにない」ことを経験すると、


「また起こるかもしれない」


と、普通に思えてしまう。


きっと、似た経験をした人はみんな、


生まれる日まで、不安を抱き続けているのだと思う。


まだあと10か月もある。長い。


心がもつか心配。




妊娠340日目
サンタさん、赤ちゃんをください。



「怖い夢は見ません。」 


「こわいゆめはみません。」


「良い夢だけを見ます。」 


「いいゆめだけをみます。」


そうたろうリクエストによる、毎晩のおまじない。




「ねえハナ。


赤ちゃんまだ戻ってこないの?


遅いねー。12月くらいかなー。」


そうたろうのハの字になった眉毛は、困惑にも苛立ちにも見える。




「サンタさんがお空から連れてくるのかなー。」


子どもにとっての神様は、サンタさんなんだと実感する。


「赤ちゃん帰ってきたかもしれないよ!」って、早く教えてあげたい。


でも、万が一のことを考えて、まだ言えない。


もう、ガッカリさせられない。




「サンタさん、赤ちゃんをください。」


そうたろうは少し暑いのか、毛布をはらい、決め声でおねだりをした。




「まだ3月だよ。」


寝室を覗き込んでいた、はんちゃんが淡白に言った。


そうたろうは、ササッと、毛布をかぶった。




妊娠343日目
くねくね



「そうたろう、大事な話がある。こっちに座りなさい。」


はんちゃんは、威厳を漂わせた。


お父さんコント風に。




「そうたろう。


君は、もうすぐお兄ちゃんになる。」




え?


え?


ニヤニヤ


ニヤニヤ


くねくね


くねくね


喜びと、動揺のコラボレーション。


ドラマや映画のワンシーンのような喜び方を想像していたけど、これがリアル。




「むひひひひ。」


はんちゃん、笑う。


「赤ちゃん、帰ってきたぞーーーー!


ばんざーーーーい!」




妊娠466日目
七夕



「さーさーのーはーさーらさらー。」


「鳥の形したー、星の背中に乗ってー、


織姫と彦星がー、一年に一回だけ会える日なんだよー。」


保育園に向かう下り坂。


そうたろうが長靴の底を軽快に鳴らしながら、教えてくれた。




7月7日といったら、忘れもしない。


ちょうど一年前。


「お腹の子は無脳児です。」


と告げられた日。


頭の中が真っ白になって、明るい未来が見えなくなった日。




昨年の7月がどれだけ暑かったか。


覚えていない。


誰にも会っていない、


外にも出ていない、


仕事もしていない。


思い出が、


何も残っていない。




でも一年後に、また笑って生活しているなんて、想像できなかったな。


また妊娠しているなんて、想像できなかったな。


あの日の自分に、明るい未来があると教えてあげたい。


園の中央には、子どもたちの夢で装飾された、竹がしなやかに揺れていた。




「ところで、そうたろう。七夕のお願いごと、何て書いたの?」


帰宅したはんちゃんは、そう訊いて、お味噌汁をすすった。


「おかねもちになりたい!」


右手にブロックを持ったそうたろうは、どうだ!といわんばかりだった。


「それはさ、結果であって、目的ではないよ。


お金とは、ありがとうなんだ。


誰にどうやって喜んでもらうのか。それが目的だ。」




「なるほどー。」


乾いた返事をしたそうたろうは、くっつかないブロックと、格闘を続けた。




妊娠490日目
似た者同士のないものねだり



産まれそうな気配はあるのか。


ないのか。


異常はあるのか。


ないのか。


予定日前、最後の健診日。


もう臨月だというのに、いまだに朝から不安になる。


待合室にL字に並ぶ暖色のソファに座り、「平常心、平常心」と言い聞かせる。


しばらくして、エコーへと案内された。


約一時間待った。


ビッグ・サンダー・マウンテンと同じくらいだろうか。


エコーは、毎度、ナーバスになってしまう。


先生が無言になるだけで、心拍数があがる。


計測をやり直したり、進行がいつもと違うと、不安になる。


エコー写真が少ないと「見せられないのがあったのかも」と勘ぐってしまう。


そんな私の性格を知っているはんちゃんは、


「この妊娠で最後にしよう。」


「だめなら、家族三人で明るく生きていこう。」


「これ以上は、ハナちゃんの心がもたないと思う。」


と、言ってくれた。


その言葉で、気持ちがずいぶんと楽になった。


はんちゃんはよく、


夫婦って「似たもの同士のないものねだり」だよね、と言う。


きっと、似たものだから理解し合えるし、


ないものを持っているから、助け合えるのかも知れない。




妊娠497日目
約束 1時間半前



「もう、だめ。」


ハナちゃんは言葉を振り絞るように訴えた。


願うように、時計を見る。


23:30


ナースコール。


部屋に近づく足音が大きくなる。


横開きのドアが、勢いよく開く。




妊娠497日目
約束 14時間半前



「よていび、もうすぎちゃっただよ!」


「予定日なんて言葉知ってるんだねー!」


10:30


夏休みのそうたろうと一緒に、2人で健診。


赤ちゃんの心音を初めて聞いて、ワクワクが止まらない。


エコーでは、「あ!顔だ!口だ!鼻だ!かわいい~!」と、女子高生のよう。


「まー、じき産まれると思うよ。」


穏やかな院長の言葉は、緩くも、達観にも聞こえるから不思議。



妊娠497日目
約束 9時間半前



ハナちゃんから着信に、時間を確認した。


15:30


午前の健診から帰って、しばらくして陣痛が始まったそうだ。


会社から病院まで、車で一時間弱。


急がず、慌てずとも、平日夕方前の道路は穏やかだった。


産院まで一直線の、開けた道にさしかかった時。


「本当にこんなことがあるのか」


信じ難い光景に、目を疑った。


病院の前に、大きな虹が架かっていた。




実際は、病院より奥かもしれない。


でも、充分ファンタジーじゃないか。


「赤ちゃんが、空から帰って来る!」




妊娠497日目
約束 6時間前



院長曰く、「今日中のお産はないと思う」


とのことで、自宅に帰ることに。


車中、7分から10分おきの陣痛が、


ハナちゃんの顔を歪める。


帰宅後、ハナちゃんの実家にいるそうたろうに、お泊りセットを届ける。


玄関から出てきたそうたろうの姿は、どこか物憂げだった。


「いい子に、するんだよ。」


「うん。」


「じゃあね。」




振り返ろうとした時だった。


そうたろうに呼び止められた。


「とーちゃん。」


その眼差しは、真剣だった。




「ハナを、よろしくおねがいします。」


しっかりお辞儀をして、そうたろうは言った。


「え」


驚きと同時に、目頭が熱くなった。


大好きなハナが心配。


でも、自分は子どもだから付き添えない。




「託された」


と、心で感じた。


そうたろう、大きくなっていたんだな。


もう、立派なお兄ちゃんだな。


「任せろ」


子どもから受け取ったバトン。


何があっても、離すもんか。




妊娠498日目
約束 40分前



「俺は本気で、赤ちゃんが生まれ変わりの子だと思ってるよ。


長い長い、妊娠だよね。」


そう話した時、ハナちゃんは嬉しそうに笑った。




そのハナちゃんは今、苦悶の表情で、赤ちゃんと共に戦っている。


戦っているのは、命だ。


一度は亡くした命。


もう一度生まれ変わろうとする命。




もし自分が死ぬのなら、何をやり残したと感じるのだろう。


もしその後、生まれ変われたら、どう生きるのだろう。


そう考えれば、答えはシンプルだ。




「では、分娩室に移動します。」


時計は、0時を回っていた。


妊娠498日目。


やっと、約束を果たすことができる。




いきむハナちゃん。


がんばれ。


あと少しだ。


あと少しで終わるんだ。


これで楽になれるんだ。




妊娠498日目
約束



「54cm。3612グラムです。

大きな女の子ですよ。」


赤ちゃんは、女の子に性別が変わっていた。




やっと、終わった。


夫婦とも、感動より、安堵で崩れ落ちるような気持ちだった。



そして、やっと始まった。


ハナちゃんのお腹の上に置かれた君と、初めての握手をする。



おかえり。



まだ青白く、小さな小さな手と、498日の約束をつないだ。


一度は亡くした命。


もう一度生まれ変わった命。


失くしかけた夢も、冒険も。


きっと、その手で叶えられる。



さあ、



「人生を楽しもう。」








「お腹の子は、無脳児でした。」は、数百万人の方に読んでいただき、メディア、SNSを通じて数百もの心あるメッセージを頂戴しました。本当に、心より感謝いたします。


また、さまざまな方々の協力で、素晴らしい関連作品が生まれています。併せてご覧いただけると幸いです。

ファーストストーリー「お腹の子は、無脳児でした」~葛藤と感動に包まれた5日間の記録~

ストーリー掲載曲「水の精」YOUTUBE

英語版 “Our baby was anencephaly” Records of 5 Days Wrapped with Conflicts and Impression 


編集元ブログ「お腹の子は、無脳症でした。」

読んでよかった
このエントリーをはてなブックマークに追加
このストーリーをブログ等で紹介する

読み終わったあと、心の芯から温かい気持ちになりました。母親になることの強さを、そして同時に人としての弱い部分もストレートに書かれていてとても共感しました。読ませていただいてありがとうございました。

なかむらさま、コメントありがとうございます。
すべては、家族の支えがあってこそだったと思います。
あらためて、ひとりじゃないことの強さを感じます。

めっちゃ号泣

Handa Naoto

Handa Naotoの人生のストーリー

|

妊娠のタグがついたストーリー

【おしゃべりな胎児 〜エピローグ〜 】子宮と胎児が教えてくれたちょっぴり不思議でおもしろい妊娠と出産のおはなし

【おしゃべりな胎児 番外編 ~そんなことより~】子宮と胎児が教えてくれたちょっぴり不思議でおもしろい妊娠と出産のおはなし

【おしゃべりな胎児22 ~うまれる~】子宮と胎児が教えてくれたちょっぴり不思議でおもしろい妊娠と出産のおはなし

【おしゃべりな胎児21 ~もう、いいでしょ~】子宮と胎児が教えてくれたちょっぴり不思議でおもしろい妊娠と出産のおはなし

【おしゃべりな胎児20 ~あとはママの準備だけ~】子宮と胎児が教えてくれたちょっぴり不思議でおもしろい妊娠と出産のおはなし

【おしゃべりな胎児19 ~うまれてからも一緒だよ~】子宮と胎児が教えてくれたちょっぴり不思議でおもしろい妊娠と出産のおはなし

【おしゃべりな胎児18 ~何のために生まれてきたの?~】子宮と胎児が教えてくれたちょっぴり不思議でおもしろい妊娠と出産のおはなし

【おしゃべりな胎児17 ~焦ってるのはだぁれ?~】子宮と胎児が教えてくれたちょっぴり不思議でおもしろい妊娠と出産のおはなし

【おしゃべりな胎児16 ~ペルたん、〇〇に反応する~】子宮と胎児が教えてくれたちょっぴり不思議でおもしろい妊娠と出産のおはなし

【おしゃべりな胎児15 ~母親学級とペルたんの役割~】子宮と胎児が教えてくれたちょっぴり不思議でおもしろい妊娠と出産のおはなし

【おしゃべりな胎児14 ~自分のうずから外れてるだけ~】子宮と胎児が教えてくれたちょっぴり不思議でおもしろい妊娠と出産のおはなし

【おしゃべりな胎児13 ~あなたの名前は何がいい?~】子宮と胎児が教えてくれたちょっぴり不思議でおもしろい妊娠と出産のおはなし

【おしゃべりな胎児12 ~どんな世界を生きるかはママが決めてるんだ~】子宮と胎児が教えてくれたちょっぴり不思議でおもしろい妊娠と出産のおはなし

【おしゃべりな胎児11 ~もういいかい♪~】子宮と胎児が教えてくれたちょっぴり不思議でおもしろい妊娠と出産のおはなし

【おしゃべりな胎児⑩ 〜胎児の声を聞こえないふりしたら〜】子宮と胎児が教えてくれたちょっぴり不思議でおもしろい妊娠と出産のおはなし

Handa Naoto

Handa Naotoの人生のストーリー

Handa Naoto

Handa Naotoの人生のストーリー

Handaさんの他のストーリー

  • 「お腹の子は、無脳児でした。」最終話 ~妊娠498日の約束~

  • Handaさんの読んでよかったストーリー

  • 別れの夜はペヤングカップ焼きそばと共に