昆虫たちの生き様をそのまま図鑑に載せる史上初の試みに成功!制作者たちの図鑑愛と情熱が生み出した『学研の図鑑LIVE 昆虫 新版』
学研プラス(Gakken)が生み出す、数々の個性的で魅力的な商品・サービス。その背景にあるのはクリエイターたちの情熱だ。学研プラス公式ブログでは、ヒットメーカーたちのモノづくりに挑む姿を、「インサイド・ストーリー」として紹介してきました。今回は、『学研の図鑑LIVE 昆虫』の8年ぶりの大幅リニューアルを手がける、担当編集者の牧野嘉文です。
長きにわたり、児童書の“看板アイテム”となっている、「図鑑」。その中でも「昆虫図鑑」は常に人気のカテゴリーであり続けてきた。初代『学研の図鑑 昆虫』創刊から半世紀、2014年には『学研の図鑑LIVE 昆虫』として、アプリと連動した新しいタイプの図鑑が登場し話題を呼んだ。その『学研の図鑑LIVE 昆虫』は、2022年・初夏、満を持しての全面改訂となる。
目指したもの、それは、“生きている昆虫図鑑”だ。子どもの頃、裏山で昆虫を捕まえ、虫かごに入れ、寝る間も惜しんで観察した昆虫たちの“生きる姿”――。その視点を再現しようと試みているのが、『学研の図鑑LIVE 昆虫 新版』である。
■すべての昆虫たちの“生き様”を伝える
カブトムシがノコギリクワガタをツノで抱え込む、臨場感のある写真。鬼気迫る闘いの構図からは、手に汗握る迫力が伝わってくる。
2022年6月、満を持して改訂となる『学研の図鑑LIVE 昆虫 新版』の表紙写真だ。
「この写真は、CGなどではなく、実際に撮影したものです。子どもたちにこの瞬間を見てほしい。その一心で、カメラマンの法師人響さんは、100匹近くものカブトムシとノコギリクワガタをえりすぐってくださいました」
笑顔でそう語るのは、『改訂 学研の図鑑LIVE 昆虫』の担当編集者・牧野嘉文だ。
通常は、抱え込まれたノコギリクワガタのお腹側が見えて、背中側が見えなくなるのだが、1枚だけ撮れた奇跡の構図なのだという。
「これまでも学研の昆虫図鑑の表紙は何度も変わってきたのですが、私が子どもの頃に見た忘れられない表紙が、カブトムシとノコギリクワガタでした。当時のワクワク感を、今も鮮烈に覚えています。だからこそ、ただきれいなだけじゃない、子どもたちの心を揺さぶる表紙を作りたかった」
実は今回の改訂では、昆虫図鑑史上初めてとなる“すべてが生きている姿の写真”という前代未聞の試みを成し遂げている。牧野がここまで表紙写真の臨場感にこだわったのは、表紙が、この“前代未聞の試み”の象徴だからだ。
■図鑑は“標本箱”ではない
『学研の図鑑 昆虫』は、1970年に誕生した。以来『ニューワイド 学研の図鑑 昆虫』、『学研の図鑑LIVE 昆虫』と、度重なるリニューアルや改訂をしながら進化を続けてきた。
「今までの昆虫図鑑との最大の違いは、“完全に生きている昆虫”を撮った写真を使用していることです。従来は、いわゆる“昆虫標本”のような類いを真上から撮影して使うのが、スタンダードでした。
その従来の方法を根底から覆し、すべてのページにおいて、全種“生きている昆虫”を撮り下ろした学習図鑑は、他社を含めた図鑑のなかでも、初の試みです」
考えてもみてほしい。思い通りには動かない生きた昆虫を、人間が求める構図や体制などで“理想通り”に撮影することが、どれほど繊細で難しく、時間のかかることなのかを。
■“生きている昆虫図鑑”を現実にした、運命の出会い
迫力ある表紙写真に象徴される、昆虫の“生きる姿”を図鑑に収めること。そんな壮大な計画のきっかけとなったのは、今回、学研の図鑑では初めて監修を務める、昆虫学者の丸山宗利との出会いだった。
「丸山先生に、『今回の『図鑑LIVE昆虫』は“生きている昆虫の写真”で行こう!』とご提案いただいたとき、もちろん大賛成でした。前例のないチャレンジではありましたが、それでも先生がおっしゃるなら可能なのだろうと、すべてを撮り下ろすことを決めました。ただ、まさかここまで大変なプロジェクトになるとは、思いもしませんでした…(笑)」
そもそも、標本のような写真ではなく、なぜ、“生きている昆虫”の写真に、こだわったのだろうか。
「生きている昆虫の写真は、これまでも使っています。例えばバッタなどは、死んでしまうと変色するため、生きているものを撮り下ろす必要があったのです。
一方、ピンで刺した標本昆虫を愛でる文化というのも長く存在しますし、図鑑上で分類する方法としてはわかりやすいという意見もありました。
それでも今回、こうした標本的な写真を、すべて“生きている昆虫”の写真にするために、一から撮り下ろそうと決定できたのは、副監修でもある、伊丹市昆虫館の長島聖大さんの存在が大きかったです。長島さんは、白い背景を使って生きている昆虫を撮影するノウハウをお持ちでした。その素晴らしい知見を、撮影チーム全員で共有させていただいたからこそ、実現できたのです」
これまでも学研の昆虫図鑑では、昆虫の“切り抜き写真”にこだわって、掲載してきた。白地の背景に被写体である昆虫の写真を配置することで、昆虫の輪郭が分かりやすく、見やすくなるからだ。この手法は、読者からも好評を博してきた。
だが今回は、白い背景で撮影し、自然な影がある生きた昆虫の写真をそのまま載せている。つまり学研の昆虫図鑑が貫いてきた「白地」で見やすい形は保ちながら、自然で立体的な、ありのままの昆虫の生態が見られるように作っているのだ。
無論、CGなどは一切ない。これは現代において、生物の生態を紹介することが目的の図鑑が目指す、ひとつの理想形とも言えるだろう。
■制作2年。悪戦苦闘の中で追求し続けた、理想の撮影方法
今回、改訂版に収録される昆虫の種類は、約2,700種。
そのすべてを“生きた昆虫の撮り下ろし”にするため、制作チームはどのようなプロセスを踏んできたのだろうか。
「長島さんに白バックの撮影ノウハウを共有いただいたものの、何人もの方々に協力して撮影してもらうので、同じ白バックで撮影しても、構図などのイメージがなかなかそろわない。図鑑の写真としての統一感を作り出せず、悪戦苦闘の日々。写真の全体のクオリティを統一するために、最初の半年が試行錯誤のうちに、飛ぶように過ぎていきました」
撮影に協力した人の総勢は約40人。それぞれが季節ごとに昆虫を採取し、どの種類なのかを同定し、指針のもと、“白い背景”で撮影する。この工程をさらにもう1年かけてブラッシュアップし、日本全国の昆虫を採取して撮影を繰り返していった。
「具体的には、昆虫の種類によって、その特徴がはっきりとわかるように、真俯瞰(真上から)で撮るか斜俯瞰(斜め上から)で撮るか…などを決めて、統一していきました。例えば、コウチュウに関しては、体の輪郭がはっきりとわかる真俯瞰からを狙って撮っています。さらに蝶は、翅の表と裏で模様が異なるので、翅(はね)を閉じてとまった状態の真横からと、ちょうど翅を開いたタイミングの斜め俯瞰からの両方をできるだけ撮影しています。同種でもオスとメス、それぞれで模様が変わるので、同様に撮っていただきました」
このように、昆虫の種類や特徴によって、収めたい撮影カットはまちまちだ。一番見せたい部分はどこか、表現すべき違いは何か。それは、昆虫について知らなければできないことも多い。“生きている昆虫”であればなおさらだ。
■詰め込んだのは、最前線で活躍する昆虫学者、研究者の知識と、情熱
今回の監修者である丸山宗利は、今現在、フィールドで昆虫を追いかけて研究をつづける、子どもたちも憧れる気鋭の昆虫学者だ。
「現場の最前線にいる研究者に関わっていただくことで、昆虫の知識についてはもちろん、研究界の最新事情や研究成果を図鑑に反映できます。編集者として感銘をうけたのは、丸山先生の専門家としての、前のめりな姿勢です。第一線で活躍する研究者たちから発せられる言葉をとらえ、彼らがどんなことを伝えたいかを大切にしながら、図鑑を作っていきました」
監修者だけでなく、執筆陣も研究現場で活躍する人たちを中心にオファー。総勢は約30名、その約8割が研究者や学芸員という構成になり、より最新の研究内容を盛り込むことができた。また先述の撮影に関しても、執筆陣の多くが自身で野外に赴き採集し、撮影をしている。だからこそ、より構成と文章に臨場感を感じられるのだ。
■“虫嫌い”の昆虫図鑑編集者が、「昆虫愛」に目覚めた
いまや筋金入りの昆虫マニアかのように、熱く語る編集担当の牧野だが、『学研の図鑑LIVE 昆虫 新版』に携わる前は、実は昆虫を触ることすらできなかったという。
「東京などの都市部に暮らしていると、虫を仲間として感じられなくなっちゃうんですよね。異世界の生物というか…。実は、昆虫図鑑の企画が始まるまでは、虫を触るのも苦手でした(笑)。昆虫を手に取る時のチカラの入れ具合とかも完全に忘れてしまって、はじめは本当におっかなびっくりという状態で」
しかし、図鑑の制作が進むにつれて、牧野の昆虫への関心はどんどん深まっていった。気づけば自らも、図鑑用の昆虫の採取のために、北海道などへ足を運んでいた。牧野の故郷は、長野県。実家へ帰ったときのこと、自宅の周辺に、たくさんの珍しい昆虫がいることに気づいて驚いた。そしてその虫たちにあえることが楽しみになっていた。昆虫図鑑に携わったことで生まれた、大きな変化だった。
「もともと博物学的なことが好きで、博物館の収蔵品を見て回るのが好きでした。そんな背景もあって、図鑑の部署に異動してきてから『世界の危険生物』や『古生物』、『鉱物・岩石・化石』などを担当してきました。制作している時には、その世界に興味深くのめり込んでいけるんです。
今回、「生きている昆虫」はちょっとヤバいかな~と思っていたんですが、制作が回りだしてからは、苦手だった昆虫を、好きになるのは早かったです。今では、自分で昆虫を採集して、標本づくりにも挑戦してみたい。のめり込んじゃうのは、編集者のサガなんでしょうかね(苦笑)」
■図鑑づくりに大切なこととは、そして、図鑑が子どもに与えたいものとは
かつては昆虫が苦手だった牧野が作った“究極の昆虫図鑑”は、完成が間近だ。そんな牧野は、図鑑編集者には特にバランス感覚が必要だと語る。
「図鑑づくりは、そのジャンルを網羅しながら小さなお子さんにも読みやすい本にしないといけないため、掲載したい知識を、伝えたい形で整理することがなによりも重要です。さらに、図鑑は購入すれば10年は部屋に置いて使われるものです。本というより、“モノ”とか耐久財に近いですよね。
この使い手と図鑑が長く伴走する感覚は、図鑑編集者としては何より重要だと思っています。知識があり、知識を整理して伝えるだけでなく、長く使ってもらえるように作る“モノ”としての存在にどれだけ愛をこめられるかが、図鑑の編集者には必要なんです」
読書が好きなことは編集者としての基本だが、そのうえで本と現実の体験を行き来できる――。そういう人が、図鑑編集者に向いているのかもしれない。
「図鑑は知識の窓みたいなもので、子どもたちが初めて、自分以外の身の回りの世界に興味を広げるきっかけになるものです。さまざまなテーマの図鑑がありますが、それぞれが体系的に整理されていて、子どもたちの学びを深めるうえで重要です。だからこそ我々は、それぞれのテーマが美しく整理された、図鑑を作りたいのです。子どもたちが大人になった時に、ふと思い出す図鑑のページがある…。僕たちはそういう図鑑を作りたいと思っています」
また、そうした図鑑を作るために、時代ごとの新しい情報をどんどん加味していき、より新鮮さのある図鑑にしていきたいとも語る。
「子どもたちが関心を持ってくれる世界って、やっぱり子どもにとっても魅力的であってほしいじゃないですか。そこに好奇心を刺激されて、いずれは研究者になろうとか、あるいはそれをきっかけに別の世界が開いていくことも、たくさんあると思うんです。我々が作った図鑑が、そうした新たな世界に走り出すきっかけになってくれたらいいですよね」
『学研の図鑑LIVE』統括編集長という立場でもある、牧野。今回の『改訂 学研の図鑑LIVE 昆虫』を皮切りに、今後は毎年2~3冊くらいのペースで、10年くらいをかけてシリーズを一新していく予定だ。
『学研の図鑑LIVE』シリーズの、現行のタイトル数は27冊。だが牧野は、子どもたちを魅了するような、新たなテーマも加えていきたいという。刷新されていくシリーズはもちろん、新しく生まれる図鑑がどのようなテーマで誕生するのかも楽しみにしておきたい。
(取材・文=河原塚 英信 撮影=多田 悟 編集=櫻井 奈緒子)
クリエーター・プロフィール
牧野嘉文(まきの・よしふみ)
長野県信濃町出身。慶應義塾大学を卒業後、2000年に学習研究社(現・学研ホールディングス)に入社。雑誌編集部、科学編集部、学習教材編集部などを経て、現在図鑑チームの統括編集長を務める。
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