「口から食べる喜びを諦めたくない!」開発者の想いから誕生した食品とは?~「UDF」立ち上げからメタバースで叶える食卓の未来~
キユーピー株式会社 研究開発本部 武藤 彩乃、濱千代 善規、伊藤 裕子
急速に高齢化が進む「超高齢社会」の日本。キユーピーは1998年に日本初の市販用介護食「やさしい献立」※1を発売しました。2002年にはキユーピーほか6社が発起人となり日本介護食品協議会を設立、“介護”に限定せず日常の食事としても幅広く使える食べやすさに配慮した食品を「ユニバーサルデザインフード(以後、UDF)」と命名し、ロゴマークや自主規格が作られました。
高齢者人口の増加とともに、UDF登録商品数および生産量は右肩上がりに成長、参入企業も増え続ける中で「やさしい献立」は売り上げNo.1※2のシリーズです。
UDFができて20年の節目に、UDF立ち上げの裏側とやさしい献立が選ばれ続ける理由について、開発経験者の3人が語ります。
※1 発売当時は「ジャネフ」ブランド
※2 インテージSRI+ 介護食品市場 ユニバーサルデザインフード(主食・副菜・素材)
2017年7月〜2021年7月 ブランド累計販売金額
1998年、日本初の市販用介護食誕生も、全く売れない苦しいスタート
――「UDF」ができる前の1998年にキユーピーは日本初の市販用介護食を発売しています。どのような経緯だったのでしょう。
濱千代:90年代より前は、食事が食べにくくなったら病院で「流動食」か「輸液※3」、ほぼこの2択、そんな時代でした。当時研究所で経腸栄養剤を担当していた私は、「口から食べる楽しみを諦めたくない。そんな商品ができないか」と考えていました。そんな時に上司の薦めで伊藤さんや他の若手メンバーと「高齢者プロジェクト」を作ることになったのです。
「高齢者」とひとくくりに言ってもどんな人をターゲットにするのか、社会性、市場性、強みなどをベースに事業を考え、「咀嚼・嚥下困難になった方の食事」を作ろうと決めました。企画をまとめて役員にプレゼンしたところ、事業性やおいしくなさそうなイメージについて指摘され、全く賛同を得られませんでした。
ダメだと思っていたところに当時の会長から「やってみてはどうでしょう。ただしキユーピーだけで新しいマーケットを広げるのはむずかしいので協議会を作っては?キユーピーはそのけん引役になりなさい」と言われたのです。
この言葉から「咀嚼・嚥下困難になった方の食事」、のちの「介護食」や「UDF」につながる開発が始まり、併せて協議会という大きなミッションも背負うことになりました。
※3 輸液:栄養や水分を血管を通して体内に投与する方法。
伊藤:最初の商品開発は「食べづらいメニューを食べやすく」をベースに考えました。食べやすさに配慮した食事について、全国の栄養士の先生にヒアリングを試みる中で、特別養護老人ホームで働く増田邦子先生に出会い、ご指導いただくことになりました。
まだ介護保険制度もなく、「UDF」はもちろん、「介護食」でさえ共通概念がない時代です。試作品を作っては先生のところに持って行き、遅くまでご指導いただいたのを覚えています。
濱千代:こうして1998年に日本初の市販用介護食をジャネフブランド※4で発売したのですが、これが全然売れなくて。売れないから生産効率も悪いし、返品在庫の山。そんなだから隠れてコソコソ開発する。本当に情けない状態でした。
それでも「将来絶対伸びるからがんばりましょう!」と言ってくれたメンバーもいて、周りに支えられてなんとかやってこれました。
※4 キユーピーの病院・施設用商品のブランド
1998年に発売した日本初の市販用介護食「ジャネフ 介護食」シリーズ8品
1999年に「キユーピー やさしい献立」としてシリーズを一新、2000年代に入ると介護保険制度が創設されて介護問題への関心が高まり、介護食も注目を浴びるようになりました。やさしい献立もラインアップが一気に40品以上となり、私もこれらの開発業務に加え、講演会、学会発表、論文、書籍執筆、取材対応と、一番大変な時期でした。
最大のミッション、協議会設立へ。普及に向け「特許」を開放
――協議会の立ち上げもこの時期ですか?
濱千代:そうです。当時私は肩書もなく、法人団体を一人で立ち上げるなんてとてもできません。そこで日本缶詰協会に、協会の一組織として介護食品協議会を置くことを提案しました。「将来絶対に必要になります!」と熱弁しました(笑)。
こうしてキユーピーを含む6社が発起人となり、2001年に介護食ワーキンググループとして発足し、2002年に日本介護食品協議会になりました。また「介護食」という呼称では高齢の咀嚼・嚥下障害者のみが対象と思われがちですが、年齢や障害に関わらず普段の食事から介護食まで幅広く利用できる食品であることを伝えるため、「ユニバーサルデザインフード(UDF)」と命名しました。
ここで一つ問題が。キユーピーがUDFの基本となる特許を取っていたのです。「協議会を立ち上げといて特許で締めだすの?」という声もありましたが、技術を独占する気はなく、ほぼ無償に近い形で公開しました。社内では「知的財産がタダ同然なんて!」という意見もありましたが、一方で「今のUDFに必要なのは“普及”。それを足止めしてはいけない」といった後押しがあり、大きな助けとなりました。
伊藤:それが結果的に協議会のすそ野を広げ、UDFの発展にも貢献したと思います。商品の選択肢が増え、競争の中で進化することは、UDFが必要な方の助けにもつながるはずです。
日本介護食品協議会の現・技術委員長の私としては、今後、科学的なエビデンスの取得など協議会で学術的なバックアップにも力を入れていきたいです。
出典:日本介護食品協議会ホームページより
――2003年には「UDF」の自主規格もできました。
濱千代:自主規格作りには苦労しました。専門家の指導も受けながら最終的に4区分に決まりました。増田邦子先生、日本女子大学、キユーピーの共同研究で、この区分が介護施設で提供されている食事の区分と物性面でおおむね一致することを確認し、学会で発表しました。協議会で作った区分の妥当性が示され、自信につながりました。
2002年 日本摂食嚥下リハビリテーション学会での発表
「レトルト介護用食品『やさしい献立』の食形態による分類
~特養老人ホームの食事との比較~」資料より抜粋
「やわらかい」だけじゃない!?UDFの隠れた工夫 ~食経験豊富な高齢者がおいしく、安心して食べられる商品をめざして~
現在のUDF 4区分
――やはりUDF区分のポイントは「かたさ(やわらかさ)」ですか?
伊藤:「かたさ」以外に「粘度」や「まとまり感」も重要なファクターです。
千切りキャベツとコールスローを思い浮かべてください。コールスローの方が、まとまりがあり食べやすくありませんか?高齢になると唾液が減り噛む力も落ちるため、食べたものが口の中で塊になりにくく、「まとまり感」は実は大事なポイントです。
家でペースト食を作ると固形部と水分に分かれやすく、まとまりを出すのが意外にむずかしいので、そんな時はUDFを頼ってほしいです。
武藤:やわらかくてまとまりがあっても、粘度(粘り)が高すぎると喉をすべりにくくなってしまい、飲み込む力が弱い方には「誤嚥」※5の危険があります。在宅介護でおかゆをミキサーにかける場合、攪拌が強すぎると粘度が高くなりすぎてしまうので注意が必要です。やさしい献立「なめらかごはん」は、やわらかくまとまりがありながらも、程よい粘りに調整されています。
㊧やさしい献立 なめらかごはん、㊨ミキサーにかけたおかゆ
(ミキサーにかけたおかゆは面に貼り付いて落ちないが、
やさしい献立は適度な粘度でゆっくり落ちる)
また、必要以上にやわらかいものばかり食べ続けると噛む力や飲み込む力、さらに体内での消化吸収能力も弱くなってしまうと言われています。やさしい献立はあえて少し食感の残った具材を入れるなどの工夫をしていて、ここが一律にやわらかくする治療食と違う点でもあります。
※5 誤嚥:飲食物や唾液を飲み込んだときに気道(気管)に入ってしまうこと。
――年々UDFの登録商品が増える中で、「やさしい献立」の強みは何でしょう?
伊藤:介護食の基礎になっているのが「ベビーフード」「加工食品」「病院・施設食」です。安全・安心の徹底が必要なベビーフード、おいしさの技術が蓄積する加工食品、そして栄養・物性面に配慮した商品設計や専門家の助言が必要な病院・施設食。キユーピーは、どれか一つではなく、これらすべてに実績とノウハウがあり、その基盤の上に「やさしい献立」があることはキユーピーだからこその強みです。
武藤:例えば「かまなくてよい」区分のなめらかおかず「うぐいす豆」や「鶏肉と野菜」。UDFは区分に応じた「食べやすさ」を実現するため増粘剤を使うことがありますが、これらの商品は豆自身が持つでんぷんを生かし、安易に添加物に頼らない考え方で設計しています。この技術は特許も出願しています。
キユーピーの業務用加工食品にひよこ豆をたっぷり使った「スノーマン ひよこ豆のペースト(フムス)」という商品がありますが、こういった食材を使いこなす開発メンバーと技術を共有できる環境は、やさしい献立の強みになっています。
以前、原料の「かぼちゃ」の収穫時期が切り替わった時に、お客様から「何か変えましたか?」とお問い合わせをいただいたことがありました。農産物は収穫地や収穫時期の違いで色や味に差が出やすい原料ですが、商品に影響が出ないよう配慮して製造しています。「それでも毎日食べられているからこそ気づかれるんだ」と改めて身の引き締まる思いでした。
やさしい献立はすべて自社工場で製造しているので、こういったことも工場メンバーと共有しながら日々改善を続けていて、これも強みの一つです。
一人ひとりに最適な食卓を“メタバース”で実現!?
――超高齢社会の日本において、UDFの担う役割はますます大きくなります。未来の展望を教えてください。
武藤:オーダーメイドな介護食が作れたらと思っています。食べやすさの状態は一人ひとり違うので、その人に一番フィットするものを提供できるようになればいいなと。
濱千代:その延長で、一人ひとりに合った食卓をメタバースで提供できないかと構想しています。開発担当だった時、ご家族が一緒だと食が進んだり、好物だとぺろりと食べてしまったり、嚥下能力だけでは評価できない場面を目の当たりにしました。
そこで、ご家族と会えない方には家族と食卓を囲む空間を、登山好きだった方には思い出の山頂で食事する空間を、食べやすさや栄養に配慮された思い出の食事とセットで提供するイメージです。
決しておとぎ話ではなく、技術はそこまできています。ぜひ実現させたいです。
プロフィール
濱千代 善規(はまちよ よしのり)
キユーピー株式会社 取締役 上席執行役員
研究開発、ファインケミカル、知的財産 および
食と健康推進プロジェクト担当 兼 研究開発本部長
伊藤 裕子(いとう ひろこ)
キユーピー株式会社 研究開発本部 グループR&D推進部 兼 食と健康推進プロジェクト
日本介護食品協議会 技術委員長
武藤 彩乃(むとう あやの)
キユーピー株式会社 研究開発本部 市販用開発部 育児・高齢者食チーム
「やさしい献立」の研究開発を担当、管理栄養士
参考:ニュースリリース
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000305.000044559.html
行動者ストーリー詳細へ
PR TIMES STORYトップへ