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人の数だけ、物語がある

持続可能な漁業の未来を、気仙沼から

著者: 株式会社さんりくみらい

東日本大震災で壊滅的な被害を受けた港町で、漁業の6次産業化(※1)に成功している企業がある。宮城県気仙沼市・階上(はしかみ)地区にある株式会社さんりくみらい(藤田純一代表)だ。水産物を中心に扱うECサイト「極上市場三陸未来」の運営や、水産物のプロモーション、水産加工品の商品開発等を展開している。2017年に3名で創業し、5年で売上1億円目前。事業の概要と今後のビジョンについて、代表の藤田純一に話を聞いた。


(株式会社さんりくみらい代表取締役、藤田純一)


※1 生産者が加工や販売をおこなうことで生産物の付加価値を高め、生産者の所得向上を目指すこと。多くの生産者、企業が取り組みを始めているが、成功事例はまだまだ少ない。

「5年、10年は何もできないと思った」

今年45歳になる藤田純一は、5世代続く漁師の家系に生まれ、板前の経験を経て24歳のとき家業を継いだ。2011年の震災と大津波により、気仙沼市の階上(はしかみ)地区では1,700 戸を超える家屋が全壊し、地区の約6割の建物が被害を受けた。藤田の漁師仲間の多くも亡くなった。工場、船、作業場が流され、漁港は瓦礫の海と化した。主力産業であったワカメ、牡蠣、ホタテの養殖業は、壊滅した。


(気仙沼階上地区に残る震災遺構)


(気仙沼・階上地区の今。かつての港町の面影はない)


「5年から10年は海の仕事ができないだろう」と、藤田は直感した。しかし、先代から受け継いだ顧客から「復活を待っているぞ」との期待の声をもらい、自身を奮い立たせたという。瓦礫処理の仕事などを1年ほど続けながら、仲間の漁師とともに漁港の復興を進めた。


再起を目指しながら、藤田は他の漁師とは異なる視点を持っていた。経営者としてのスキルアップが必要だと考え、気仙沼市の「経営未来塾」や「経営人材育成塾」などの、次世代経営者の育成プログラムに参加したのだ。自社の事業内容と「想い」を見直し、事業戦略の立案と数値計画作りを行った。


そこで得られたものは新たな知見に留まらなかった。「何でも悩みを相談したり、何でも打ち解けられるような仲間」とのつながりが、一番の財産になったと藤田は振り返る。ある講師がこう言ったという。「みんな裸になって。借金も利益も全部共有しよう」。さまざまな事業を営む経営者が、秘密保持契約を結び、お互いに自社の経営状況をオープンにし、共に学ぶ。余計なプライドを捨て、腹を割って過ごした濃い時間は強いつながりとなり、今も続 いている。


(株式会社さんりくみらいの創業者3名。左から、吉田、千葉、藤田)

「ライバルではなく仲間として、組みなさい」

藤田は2017年に、「経営未来塾」で知り合った仲間と共に、株式会社さんりくみらいを設立した。設立の背景には、水産業の宿命とも言える諸課題を根本から解決したいという願いがあった。


漁船漁業のような「収穫する漁」が主であった時代、漁師同士の競争意識が強く、協働する ことはまれだった。「しかし、計画的に生産をおこなう養殖漁業が中心となってきた昨今、 若い世代を中心に、良いことはどんどん共有して、共に成⻑しようという意識がある」と藤田は語る。また、経営未来塾で講師を務めたアイリスオーヤマ株式会社の大山健太郎会⻑から、こう勧められたことも藤田の背中を押した。「同じ思いを持って、同じような取り組みをするのであれば、ライバルではなく仲間として組みなさい」。


株式会社さんりくみらいは、うに、わかめなどの生産者である藤田が、市場仲買を行う吉田健秀、水産加工の千葉豪とともに設立した。3名が持つ技術を合わせ、漁協や仲買、卸売市場を経由せずに高品質な水産物を、「一番良い状態で消費者に届けている」(藤田)という。


(株式会社さんりくみらいの事業)


顧客の多くは震災後のつながりから

「今、買ってくれるお客さんのほとんどは、震災後、つながった人たち。クラウドファウン ディングでも支援をしてもらい、ずっと継続して買ってくれている」(藤田)。また、顧客 と藤田との距離感は、「友達みたいな感じ」だという。「そろそろウニが獲れる頃だよね、 と連絡をくださるお客さんとは、人と人とのお付き合いをしていただいている。買い続けてくれるお客さんを裏切ることはできないし、100%良いものを送る努力をしている。悪いものは送れないし、価格が高すぎるものも送れないから、適正な価格で提供できるように努力 する。そういう関係性がいい。震災から10年、多くの支援があったからここまでやってこられた。恩返しをしたい」。


(株式会社さんりくみらい代表取締役、藤田純一)

若手の生産意欲を高める

生産者が販売を行う意義として、現場の生産意欲の向上があると藤田は語る。顧客から「家 族みんなで食べた、みんな喜んでいた」「東京で買えるものとは全然違う」という喜びの声をもらうと「もっと良い物を作ろう」と思い、好循環が生まれてくる。同時に、販売者が生産を行うメリットとして、生産の現場の想いやこだわりを解像度高く、直接伝えることができる点をあげる。取引先の飲食店にとっても、地元ならではの食べ方や漁師の食べ方を伝えるとが、生産現場から直接購入することの価値になっていると感じているという。生産意欲、働きがいは若手の採用のために重要な環境だ。


「海が狂ってきている」

今後の計画について話す藤田の表情は険しい。「ここ5年ぐらいは特に海の変化を感じている。海水温が上がっているのみならず、大型台風の発生も多く、海が荒れる日が多い。海が狂ってきている」。


今後事業を維持・拡大していくためには、資源の安定供給が必要になると藤田は語る。「ただ海水温の上昇は深刻で、今後もっとひどくなる可能性もある。事業を継続する仕組みを作っていかないといけない」。


持続可能な漁業の手段の1つとして、陸上養殖がある。藤田は、あるスタートアップ企業と組んで、ウニの陸上養殖の事業計画づくりを進めている。「海の磯焼け(※2)が進んで る。アワビが小型化したりウニの実入りが悪くなったりという傾向がある。100パーセント、磯焼けが原因なんだよ。海の底から海藻がなくなって、ウニやアワビ等の数が増えない」。海藻を食べるウニによる食害が磯焼けの原因の1つだと藤田は考える。しかし、餌がないことでウニは痩せ、市場価値が低くなり、漁業者も採集をしなくなるという悪循環が生じている。海中のウニを陸上で育てれば、漁業者の収入の向上と漁場の再生を同時に行うことができると、藤田は画策する。


(気仙沼の港。震災復興とともに持続可能な漁業への挑戦が始まっている)


※2 磯焼け(いそやけ)とは、海藻が繁殖する藻場で、恒常的な波浪や海水温の変化など により海藻の減少と消失状態が続くこと。結果として海藻を食べるアワビやサザエ、ウニな ども減少する。

最後に

「生産の現場と消費者をつなぎ、三陸の美味しい海産物を届け続けたい」と藤田は語る。そのためには、持続的な海の資源の確保と、生産者の安定した収入を確保し続けることが必要だ。海の磯焼け、担い手不足など、まだまだ課題はあるが、生産した物を消費者に届ける仕事はやりがいのある仕事である。持続的な漁業のモデルを気仙沼で作ろうと、藤田は今後も事業を拡大するつもりだという。


(さんりくみらいのウニは、市場経由では手に入りづらい品質だという)




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