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新種の麹菌を発見した酔仙酒造。津波にすべてを流された蔵の11年の軌跡

著者: 酔仙酒造株式会社

(陸前高田、2012年2月の風景)


「もう最初はダメだと思った。自己破産だな、としか思わなかった」

酔仙酒造の代表取締役社長、金野連(こんの・つらね)は振り返った。


「あれは金曜日だったよな。金曜日で、私は東京にいた。上からの映像で見て、これは絶対無理だ、自己破産だと思った」。金野はあの日のことをこれまでに何度振り返り、何度人に話してきたのだろうか。早口にこう続けた。


「ただ、その直後に復活しようって言い出したのには、理由があるんだ」


2011年の3月11日、酔仙酒造は蔵を含むすべての社屋を津波に流された。同時に7名の従業員と、従業員の家族の多くが亡くなった。


チリ地震津波も酔仙酒造までは来なかったーー。震災への甘い認識があった


岩手県沿岸の陸前高田市(旧気仙郡)に、長い伝統を誇る8軒の造り酒屋があった。戦時中、1944年の「企業整備令」により8軒の家が統合し「気仙酒造」を設立した。これが酔仙酒造の前身である。


岩手県内での知名度は高く、冬季限定の活性原酒『雪っこ』は50年を超えるベストセラーだ。県内でテレビCMを放送した時期もある。『雪っこ』はとろりとして甘く、顧客は自分好みの温度や割り方で飲むこの酒を、毎年楽しみにしている。


(50年以上売れ続けている『雪っこ』)


金野は酔仙の酒について、独特の言い方で説明した。


「酔仙の酒は、評価がいらない酒なんだ。お客さまがいつも飲んでいるのがうちの酒であって、別に美味しいとも、不味(まず)いとも言われない。そういう台詞すら出ない、いわゆるスタンダード、ベーシックな酒を造ってきた」。


「3月という時期は、造りが終わっていて、酒がまるまる蔵の中にある。それが全部流されたんだから、通常の感覚では、再建は厳しい。無理だと思ったんだ」。昭和35年のチリ津波のときも、酔仙酒造まで波が来なかったという話を、金野は記憶していた。震災に対しての甘さがあったと、しみじみと思った。


(2011年3月、被災直後の写真)


ただ金野が「通常の感覚では無理」だと強調するのは、別の意味がある。酔仙酒造はその後いち早く生産を再開し、酒の出荷を再開したのだ。


「お前、やるんだろう。だから俺たちも頑張るからよ」


「私は阪神淡路大震災の時に京都にいて、震災を見ていた。陸前高田は前例のない被害を受けたけど、前例はあったということだ。神戸の街はとんでもない被害を受けたが、復興した」。


加えて、陸前高田の飲食組合の関係者からこう声をかけられた。「お前、本当にやるんだって? やるんだろう。だから俺たちも頑張るからよ」。


そう言われた瞬間に、これは大変だ、嘘でもいいから事業計画を作り、最善を尽くそうと思い、金野は酔仙の再建を決めたという。だめだとしても最初から放り投げるのではなく、最善を尽くしてから、それから考えようと。


「それと、もう一つある。震災後の5月あたりから、市場から酔仙の酒が消えたことだ」と金野は続けた。しばらく電気のない状況で暮らしていて、東京などマーケットの情報が入らなかったところに、税務署職員が来て教えてくれた。酔仙の商品が、東京や他の地域で買えなくなった。


挙句の果てに、定価が2千円台だった商品が7万円以上で取引されているという話を聞き、金野は堪らない気持ちになった。


「うちの酒はそういう酒じゃない、普通の人に楽しんでもらう酒なんだ」。早く、生産を再開すべきだと思った。


多くの支援者に支えられ、酔仙は震災の翌年から、大船渡に借りた新しい蔵で仕込みを始めることになった。


味を変えながら、「変わらず、美味しいね」と顧客に言っていただくこと


酔仙はスタンダードな酒であることを大事にしてきた、と金野社長は言う。スタンダードには二つの意味がある。一つは、料理の邪魔をしない味であること。三陸の人々は毎日新鮮な刺身を食べる。「この辺では浜の美味しいものをそのまま食べられる。それに合わせて飲んでもらう酒であることを大事にしている」。


スタンダードのもう一つの意味は、顧客に長く愛されることだ。その秘訣は、意外にも「味を変えること」だという。顧客に「いつも美味しいね」と言われながらも、実は少しずつ味を変えている。


「たぶん、ずっと同じ味だったら何十年も続けられない。廃れると思うよ」(金野社長)。


例えば『雪っこ』では醸造用アルコールを減らすため、顧客に気づかれないように米の量を増やしてきた。今年も、味が受け入れられてよかった。そんな風に顧客の声を確かめながら、スタンダードを作ってきたのだという。


蔵人の家で新たな麹菌を発見。「ラッキーだった」


酒造りの世界には「家つき酵母」という言葉がある。酒蔵に住みついた酵母菌がその蔵特有の香味を作る。同じ素材と製法で酒を作っても蔵によって味が変わる理由の一つだ。同様に、麹菌にもさまざまな型があり、素材や気候との相性がある。


津波で全てを失って以来、酔仙酒造の社員は地域に根ざした酒造りをする気持ちを強くした。酒造米、酵母、麹を岩手県産のものに変えた。



「地酒とは言いつつ、山田錦などの酒造米は東北ではとれないですから」と語るのは杜氏の金野泰明(こんの・やすあき)だ。


実は、酔仙は近年独自の麹菌を発見した。これは、めったにないことだ。


酔仙酒造で働く蔵人が、陸前高田の隣町に住んでいる。彼の家に、純米大吟醸用の米があった。


「これ、なんだろう」。カビのようだが、蔵人の感覚では、何かある、と思った。


調べてみると、それは麹菌だった。培養をし、良い菌をいくつかピックアップした。酒造りに使えるのかどうか、その時には誰にもわからなかった。その後、試験場で毒性等の検査をし、2021年からこの麹菌を使い始めた。


最初は怖かった。蔵に新しい麹菌を入れれば、他の菌への悪影響があるかもしれない。何より、菌としての素性がわからない。



(発見した新種の麹菌には、「No.5」「No.36」という名前をつけた)



使ってみると、その麹菌は、もろみの中のグルコースを高く保つことができ、発酵が進む過程で苦味や嫌な香りを出さないことがわかった。「具体的には、酵母臭などのオフフレーバーが出づらく、スムーズに発酵が進むんです。味と香りが綺麗に仕上がる」(金野泰明氏)。


発酵がスムーズだとペラッとしてつまらない酒になりがちなので、ある程度負荷をかけて調整してゆく。この麹菌はグルコース濃度を高く保てるので、調整がしやすい。





「麹菌が地元でとれたことは、非常にラッキーでした」と杜氏の金野泰明は言う。地域でとれた米と、独自の麹菌を使って地酒を作ることができた杜氏は若干興奮しているように見えた。しかも、優れた麹菌なんだ、と金野は強調した。


酒の名前は決めていない。少量だが、2023年の春には出荷できる見込みだ。


「我々はラッキーだった」。この言葉が今回の社内取材では何度も出た。「家つき酵母を含め、酔仙は津波で全部流されたと言われるが、麹を自社で開発して、がむしゃらに酒造りをしているんだよ」(金野社長)。


「来年も、お客さんに美味しいと言われるお酒を届けたいんだ」と、金野社長は力強く語った。




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