WBC栗山監督の著書、『栗山ノート』はなぜ出版されたのか。編集者が振り返る制作秘話、名将の素顔
14年ぶりの王座奪還を果たしたWBC侍ジャパンの栗山英樹監督には、小学生の頃から書き続けている「野球ノート」がある。日々の戦績、プレーの細かな振り返りに加え、監督として人間としての“哲学”が書き込まれている。
球界きっての読書家としても知られている栗山監督。ジャンルは、経営者や企業家の言葉のみならず、小説、古典にまでおよぶ。そして読んで気になった言葉は、その都度ノートに書きとめ、思いや考えをまとめているのだという。
『論語』『書経』『易経』……先人に学び勝敗の理由を考え抜いた先に綴った、組織づくりの要諦。この門外不出のノートを、書籍としてまとめたものが『栗山ノート』である。
WBC世界一の後、重版を重ね現在100,000部(4月16日現在)。ベストセラー書籍の制作秘話を、光文社ノンフィクション編集部・千美朝(せん みさ)が語る。
「栗山さんってどなたですか」。野球を見ない私は、栗山監督を知らなかった
2015年3月。当時勤めていた前職の出版社で、小説家の堂場瞬一先生の「100冊刊行」を記念した特集ムックを担当することとなり、各界の方々に寄稿や対談のお願いに関する打ち合わせのため、先生のご自宅に伺ったときのことです。
「どなたにご寄稿いただけたら嬉しいですか?」
「監督在任中だから難しいと思うけど、栗山さんとか」
「栗山さんってどなたですか?どこの栗山さんですか?」
「え、栗山さんを知らないの?野球の栗山英樹さんだよ」
「私、野球は見ないし知らないのです。申し訳ございません」
堂場先生は、私の知らない「栗山さん」について、すぐにその場で手短に教えてくださいました。
若かりし頃はヤクルトスワローズの人気選手で、ダイビングキャッチが上手だったこと。選手引退後はテレビ朝日のスポーツキャスターとして活躍したこと。先生とはお互い取材者として何度か球場で顔を合わせていたこと。先生が書いた野球小説の解説を書いていただいたこと。北海道日本ハムファイターズの監督に就任してからは会っていないこと……など。そして、説明の最後に先生はこう言われました。
「でもやっぱり今はそれどころじゃないはず。無理だろうな。プロの監督だから」
「無理かどうかは依頼してみないとわからないと思います。先生のお望みに応えるべく動いてみます」
「栗山さん」の第一印象は、スマートなエリートビジネスマン
怖いもの知らず、野球知識ゼロの私は早速、北海道日本ハムファイターズに取材依頼の連絡をすると、しばらくして嬉しい返答が。なんと開幕直前にもかかわらず、東京ドームで「栗山さん」にお会いできることになったのです。
大急ぎで「栗山さん」について資料を集め勉強しましたが、野球に興味がなかった私は取材イメージがつかめないまま、東京ドームへ。
「今回は先生の小説に対する想いを伺えれば良いのだから」と半ば開き直りながら。
初めてお会いした「栗山さん」の第一印象は、とても野球監督とは思えませんでした。見た目が非常にスマートで視線が鋭い、エリートビジネスマンかIT経営者というイメージでした。
私がその日に「栗山さん」にお尋ねしたことは、「どうして本を読むのか」「どんな小説が好きか」「小説家に対して望むこと」など、野球とはまったく無関係の質問でした。それでも「栗山さん」は嫌な顔ひとつせず真剣な表情で、懇切丁寧に言葉を選んで答えてくださいました。
いま思えば、強くて怖そうなスポーツ記者でひしめく東京ドームで、明らかに「浮いた」存在だった私ですが、なんとか取材を終えました。別れ際、心配そうな「栗山さん」の言葉をいまも覚えています。
「大丈夫ですか?」と。
よほど私がとんちんかんな取材者に見えたのだと思います(実際とんちんかんな存在だった)。
以後、野球を知らない出版社の編集者と「北海道日本ハムファイターズ・栗山監督」とのお付き合いが始まりました。
●『栗山ノート』ダイジェスト①
私が気を付けているのは、相手の話を聞くことです。
話を聞くということは、相手の思いに触れることです。選手の話はできるだけ聞くようにします。聞き手にならなければ、相手の悩みや苦しみに近づくことはできません。
私に悩みを打ち明けたからといって、選手の心が晴れるわけではない。野球のことならともかく、家族、家庭、友人関係の悩みなどは、できることが限られます。何もできないかもしれない。それでも、話を聞いてもらうことで気持ちが落ち着いたり、心の重荷をほんの少し下ろしたりすることにはつながります。私自身が話すことで救われる経験をしてきたこともあり、胸のつかえを吐き出すことで新たな一歩を踏み出すことができるのではないだろうか、という気がします。
「栗山監督の言葉」に対する確信があった。「生き方を綴っていただきたい」と、お願いした
「千さん、最初に僕のところにきた時、びっくりしました。僕のこと、まったく知らなかったんですよね。あんなに面白い取材、初めてだったなぁ。アハハハハ!」
さすが栗山監督、私が「栗山さん」を知らずに取材に伺っていたことを、すべてお見通しだったのです。
「はい、おっしゃる通りです。すみません。私、嘘つくの嫌いですし、きっと監督はすべてをわかっていらっしゃると思うので打ち明けますが、私、野球を見たことがありません」
一瞬の沈黙。そして大爆笑。
同席していた、常に寡黙で屈強な体つき、まるでボディガードのように、いつも栗山監督の傍らにいる球団広報の方いわく……「それで、よく監督のところに取材に来ましたね」と、妙なお褒めをいただきました(苦笑)。
私にはなぜか初対面の時から、「栗山監督の言葉は、野球ファン以外の方にも浸透していく」という確信がありました。
その確信は、私自身の仕事や子育てのアドバイスをいただく機会を得るにつれ、どんどん強くなりました。栗山監督のお話はほとんどが「野球に始まり、野球に終わる」のに、結果として「人生」について教わっているのです。
「栗山監督の生き方を綴っていただきたい」「野球ファンのみならず、私のような人間にも読める本」、私は自然とそう願うようになっていきました。
「栗山監督は、球界きっての読書家です。いつも少しでも時間ができると本を読まれています。移動中もずっと読まれている。小説から古典まで幅広く、何でも読まれています」
一度だけ「大爆笑」の表情を見せてくださったボディガード風の球団広報の方から、そんなことを何度か聞いていた私は、提案を決意しました。
「読書ノートのような本を書いていただこう」と。
ビジネスマンなら、インテリとして名高い栗山監督の読書法や、どんな作品からどんな影響を受けているのかを知りたい、読みたいだろう、と思ったのです。
そして、書いていただきたい内容を企画書にまとめてご提案したところ、「シーズン中は野球以外のことは一切できない」と、瞬時に断られました。
しかし、断られたことは、またとないチャンスでもあったのです。
栗山監督から、毎晩つけている「野球ノート」の存在についてお聞きしたのです。私はすかさず「そのノートを見せていただけませんか」と詰め寄りました。
後日、そのノートの大量のコピーが私の元に送られてきました。
大きな紙袋にいっぱい入った何百枚もあるコピーを編集部で読み始めると、時々、コピーの印刷がずれていることが気になりました。
その理由は、すぐに明らかになりました。なんと、栗山監督ご自身がご自宅で夜な夜なコピーをしてくださった、とのこと。お忙しいシーズン中に、何冊ものノートを開いてコピーしてくださったのでしょう。
●『栗山ノート』ダイジェスト②
それにしても私は、なぜノートを書くのか。
『論語』に「性は相近し、習えば相遠し」との教えがあります。人の性質は生まれたときにはあまり差はないけれど、その後の習慣や教育によって次第に差が大きくなる、という意味です。学びには終わりはなく、学び続けなければ成長はありません。成長とは自分が気持ちよく過ごすため、物欲や支配欲を満たすためなどでなく、自分の周りの人たちの笑顔を少しでも増やせるようにすることだと思うのです。
その日の試合や人との触れ合いから何を感じ、どんな行動を取ったのか。それは、私たちの道しるべとなる先人たちの言葉に沿うものなのか。1日だけでなく2日、3日、10日と反省を積み重ねることで、自分を成長させていきたい。
ノートを読んだ後の、「元気になっている」感覚。心が動かされた
ノートには、野球の試合のある日は主に戦績とともに采配の反省点や選手の気になったことなど「知られざる監督の苦悩」が、試合のない日には読書のことやご家族・ご友人のことなどのプライベートが驚くほど率直な言葉で綴られていました。
野球がわからない私が読んでも、泣ける、考えさせられる、そしてなんだか心が熱くなる。そんな不思議なノートは、上等な日記のようでした。
何時間もかけて大量のコピーを読み終えた時、私は「読む前」より「読んだ後」の方が元気になっている自分に気が付き「なんだろう、この感覚は」という感動を覚えました。
特に心が動かされたページには付箋をたてながら読んでいたのですが、たてられた付箋は数えきれません。
すぐに栗山監督に「このノートをもとに書籍をつくらせてください」とお願いの連絡を入れました。
すると栗山監督は、「人に見せるものじゃないので、本当に恥ずかしいです」「本にする価値があるとはまったく思えないのです」との返答が。
もちろん、私も引きません。「私が感動したということは、きっと私のような野球をわからない人間にも、いや誰にでも監督のお言葉が通じるということだと思います。私は監督の書籍を野球ファン以外の方にもお届けしたいのです」
「しっかり、考えさせていただきます」
しかし、何事も熟考される栗山監督は、なかなか首を縦に振ってくださりませんでした。
●『栗山ノート』ダイジェスト③
私心が入り込んできた瞬間に、人は誠を尽くせなくなります。自分がやりやすいように、自分が楽になるように、という理由を優先したら、相手の感情や都合を脇へ置いてしまうことになる。誠になっていません。
誠を尽くしていると、勘が働きます。変化に鋭敏になる、と言ってもいい。
「誰にも見せたことがない」というノートには、乱暴に書き殴られたページも
数か月後、栗山監督から突然のお電話が来ました。
「本を出せるような人間ではありませんが、ほんの少しでも世のため人のためになるのなら」
ついに、『栗山ノート』の編集作業が始まりました。
強いて苦労したことをあげるとしたら、時々ノートの文字が読みにくい箇所があったことでしょうか。
いつもは達筆で美しい文字を書かれることでも有名な栗山監督ですが、たまに心配になるほど乱暴に書き殴られたページがありました。
試合に負けた日のノートからは、ご自身を責めていらっしゃることが文字から伝わってきます。眠れずに夜明けまで考えていらっしゃるお姿が見えてくるようでした。
「誰にも見せたことがない」というノート。それを私だけが読ませていただいているということに感謝し、急がず丁寧に編集作業を進めました。「この本を老若男女、時をこえて読み継がれていくものにする」との使命を胸に刻みながら。
ようやく書籍の原稿がまとまり、カバーデザインや口絵の選定に入った時、装丁家の鈴木成一さんが「ノートの実物を書籍に載せられないか」とのご提案をくださいました。
すぐに球団広報の方に「ノートの写真を書籍に載せたい」と連絡しましたが、「監督は誰にもあのノートを見せておりません。どうかそれだけは勘弁してください」との返事が。
私は、ノートのコピーを預けてくださったときの栗山監督の繊細なお言葉を思い出し、ここは素直に引き下がることにしました。
よって残念ながら、今回のPR TIMES STORYの原稿にも「ノートの写真」は載せられないのですがご容赦ください。
●『栗山ノート』ダイジェスト④
いまこの瞬間ではなく、5年後でも、10年後でもなく、50年後にどう評価されるのかを意識して、私は監督という仕事に務めています。歴史上の人物にしても、必ずしも存命中に評価されたわけではありません。それでも、自分が生きる小さな世界を、自分が生きる国を、もっと言えば世界を豊かにするために、泥臭く汗をかいて、勇気と知恵を振り絞って、人生の炎を燃やし続けた。挫折を力に変え、敗北からパワーを得た。
私も自分が前に進むために本を開き、そしてこの本を書いていきます。一つひとつの文字をしっかりと頭に染み込ませ、私自身の熱意を吹き込みます。
この本が皆さんの役に立つのかどうかは、私が判断することではないのだ、という信念のもとで。
4年の時を経て、「ど真剣に生きている人」の物語は完成した
紆余曲折を経てようやく出来上がったのが『栗山ノート』です。
この本が完成するまでには、4年の時がかかりました。
まさしく門外不出のノートです。
●『栗山ノート』ダイジェスト⑤
「真剣ではなく『ど』がつくほど真剣に、今日は勝てると思っているのか?」
「もちろんです」と私は心のなかで答えます。するとまた、野球の神様が聞いてくるのです。
「お前は本当に、本当に、勝てると思っているのか?負けるかもしれないという恐れを、本当に抱いていないだろうな?」
野球の神様はなぜ、私の気持ちを繰り返し確認するのだろう?
「ど真剣に生きる」—苦しい時にいつも救われた本のなかにあった稲盛和夫さんの言葉が、心に浮かんできました。
WBCで采配を振るう栗山監督は、優勝の瞬間に至るまでの間、ずっと厳しい表情を見せていたと思います。痛々しく脂っ気のない聖者のようなその姿は、息苦しさを感じるほどでした。そして、私はこう思いました。
「ああ、この人はいつも『ど真剣に生きている』のだ」と。
『栗山ノート』は、あらゆるお立場の方が、それぞれのお立場で、「その時に必要なこと」を読み取っていただける一冊になっています。
組織を束ねる経営者やリーダーにも、これからの夢を大望する若者にも、ご家庭を守る主婦の方にも、定年後の“第三の人生”を模索している方にも、もちろん生粋の野球ファンの方々にも……心に必ずや響き、刺さり、永遠に残る言葉が散りばめられています。
読み終わった時には、不思議と奮い立たされているはずです。
この本が一人でも多くの方に届きますように心から祈りつつ、『栗山ノート』最後の言葉で締めくくらせていただきます。
人生は捨てたものではありません。
私はいつもあなたの人生を本気で応援しています。
【書誌情報】
書名:栗山ノート
著者:栗山英樹
発売日:2019年10月17日
定価:1,430円(税込み)
発行:光文社
初版15,000部 6刷累計100,000部(4月16日現在)
【本件に関する報道関係者からのお問合せ先】
光文社ノンフィクション編集部
電話: 03-5395-8172
光文社プロモーション室
電話: 03-5395-8129
Email:pr@kobunsha.com
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