【1年で6社に出資】社会課題解決を加速させる積水化学のCVCの取り組みとは?
温室効果ガス排出量が少ない次世代交通手段として期待される「空飛ぶクルマ(eVTOL)」の開発・製造を行うドイツのVolocopter GmbH(以下、Volocopter社)。
サーモンなど魚を陸上で養殖し水産物消費を支えようとしているFRDジャパン(以下、FRD社)。
共通点がなさそうなこの2社に積水化学が出資していることをご存じだろうか。
「いまの社会課題は世界的規模のものが多く、1社だけで解決できるようなことではない。だからこそ、私たちはつながりあっていく必要があります」
そう話すのは積水化学の大野義明 経営戦略部経営企画グループ長だ。
積水化学工業 経営戦略部経営企画グループ 大野義明グループ長
M&Aだけでは足りない、新しい武器としてのCVC
「私は積水化学でM&Aを担当していました。ただ、CVCの取り扱いはなかったんですね。これからはM&Aだけではなく、CVCのような取り組みも必要と考え、2015年から準備を始めました」
M&A(Mergers and Acquisitions)は企業の合併・買収などを指し、よくニュースやドラマなどでも耳にする。一方のCVC(Corporate Venture Capital)は事業会社が社外のベンチャーに対して行う投資活動のことで、あまりなじみがないかもしれない。既存事業を拡大・成長させるための事業シナジーを追求することが目的だ。CVCとよく似た言葉にVC(Venture Capital)があるが、こちらは投資資金回収が目的で財務的・金銭的リターンを追求する。CVCもVCもベンチャー企業へ投資を行う点では同じだが、なぜ投資をするのかという目的が違うわけだ。
「M&Aの特徴として成果がすぐ出やすい半面、リスクもコストも高い点があります。一方CVCは効果が出るのに時間はかかりますが、リスクは低い。2つをバランス良く運用していくことが積水化学の成長を加速させることになります」
M&Aを右手に、CVCを左手に。社会課題を解決し、事業を成長させていくために、武器としてこの2つは必要不可欠だったという。不確実性の高い現在の経済社会では、直近の業績確保と将来の種まきの両輪が必要となる。直近の業績確保は各カンパニーの事業やM&Aを通じて行い、未来を見据えたものがCVCというわけだ。
フラットでポジティブな組織だからこそ「判断スピードが早い」
大野は渡米し、ベンチャー投資のなんたるかを学ぶ。その上で積水化学の現在の社長である加藤敬太に相談し、CVC部署立ち上げの準備に奔走していくことになる。
社内でメンバーを募った。「条件は技術がわかり、英語ができること」。シンプルな依頼で大野の下に二人の人間がやってきた。それが同社経営戦略部の酒井洋臣CVCチームリーダーと桐榮洋三CVCマネージャーだ。
酒井は積水化学の知財を担当しており「金融関係にはもともと興味があり、知財のノウハウを活かしながら金融の経験が積めるCVC部署の起ち上げを聞いて手を挙げました」と話す。
桐榮は研究所でR&Dを担当しており「他社と共同で取り組んだ時に学びが多いと感じており、社外の優秀な人たちと共に研究・事業をしていきたいと考え、参加を決めました」と話す。
積水化学工業 経営戦略部経営企画グループ 酒井洋臣CVCチームリーダー
現在は人数も増えて、大野が率いる経営企画グループの下に5人のCVCチームとして活動している。その中の一人、佐々木拓CVCシニアマネージャーは現在米国のシリコンバレーに根をはって情報収集を行っている。
積水化学工業 経営戦略部経営企画グループ 佐々木拓CVCシニアマネージャー(オンラインでシリコンバレーから参加)
「私がシリコンバレーにいる理由は大きく2つあります。1つは積水化学の事業領域が世界で一番集約されている場所だから。もう1つは情報、トレンドの速さです。日本の新聞で新しいキーワードが出てくる1~2年前から、こちらではその話が出ている状態です」
CVCメンバーが口をそろえるのが「フラットでポジティブなチームである」ということ。スピード感のある意思決定がCVCの取り組みでは求められるが、前向きでフラットな組織文化がそれを可能にしているわけだ。
CVCを通じて「自前主義」から脱却する
日本企業の特徴として、「自前主義」がよく挙げられる。自前主義とは、基礎研究から商品の開発、製造や販売といったビジネスのバリューチェーンを自社のリソースにより構成した上で商品を提供するというものだ。以前は一定の評価をされてきたが、デジタル経済社会となった現在、企業と企業の関係は、価値の源泉やコスト構造の変化を踏まえた再構築が求められている。今は企業が自社のビジネスで外部のアイデアや技術を多く活用するとともに、利用していないアイデアを他社に活用してもらう「オープン・イノベーション」の時代なのだ。
「積水化学のVision 2030では社会課題を解決し、未来につづく安心を生み出そうとしています。社会課題を解決するためには、幅広いステークホルダーとの連携が必要となり、スタートアップやベンチャーなどとの連携を担うのがCVCです。ここではCVCを通じたオープン・イノベーションを起こさせているのです」
(積水化学工業の長期ビジョン「Vision 2030」、長期ビジョンの全体像には社会課題解決が置かれている)
大野はそう話すが、「ただ、どこと連携し、どういった価値を生み出すのかというストーリーがなければ、意味がない」とも言う。目に付くものに手当たり次第というわけにはいかない。そこで大野らは積水化学の長期ビジョン実現の羅針盤として「戦略領域マップ」を作成した。
酒井が続ける。「この戦略領域マップができる前は、粗いキーワードしかありませんでした。そのためどこに投資をすべきか判断に迷うことがありました。そこで、しっかりと将来を見据えて積水化学が会社全体でどのように成長していくのかという地図を作ったわけです」
積水化学は幅広い領域を事業として扱っており、その事業を4つの柱として据えた。それが「レジデンシャル」「アドバンストライフライン」「イノベーティブモビリティ」「ライフサイエンス」の4つだ。
「各ドメインの戦略と事業セグメントを軸に、強化すべき領域を策定しています。そしてその先にあるのが革新領域進出です。強化領域拡大はそれぞれの事業がこれまでも行ってきたことです。持続的な成長に大切なのは、革新領域。いわば私たちの事業領域から見て一見飛び地にあるような分野をどのように捉えていくのか。ここは全社の合意が必要となり、全体の完成には2年ほどかかっています」
戦略領域マップはいわば社会課題からのバックキャストと自社のコア技術からのフォアキャストを重ね合わせたものだ。重点的に取り組むべき領域を全社に明示して投資の判断基準としている。
そして、積水化学のこの事業領域の広さはCVCでもメリットを生み出す。先進的なベンチャー企業と幅広い接点でコラボする機会を提供することができるからだ。
投資基準は「一緒に社会課題を解決し、事業を創っていけるかどうか」
「私たちが投資する基準は、一緒に社会課題を解決し、事業を創っていけるかどうかにつきます。そして、社会課題を解決するという観点では、会社の規模は関係ありません。対等だと考えて向き合っています」と大野が話すと、酒井も続ける。「私たちの考えでは強化領域は拡大できても、革新領域をゼロから生み出すことは難しい。知財に10年いたからこそ、実感していることです。だからこそ、革新領域で共に事業を創り上げ、新しいエコシステムを生み出したい」
桐榮は「新しい人たちとの出会いが、私たちに刺激を与えてくれます。自前主義から脱却する上でも、外にいる優秀な人たちと積水化学の研究者をはじめとした人たちをつないで、新しい価値を生み出す手助けをしていきたい」とCVCが投資を通じて社内に与える好影響についても言及する。
積水化学工業 経営戦略部経営企画グループ 桐榮洋三CVCマネージャー
佐々木は「積水化学に限らず、日本企業のプレゼンスがシリコンバレーでは圧倒的に低い。自動車などはある程度知名度があります。しかし、素材についてはとにかく低い。だからこそ日米の架け橋になってやるという気概で、毎日向き合っています」と話す。海外における課題は知名度の低さであり、その知名度を上げた上で、投資対象となるベンチャーを見つけていくという。
それぞれの活動の積み上げが、冒頭にあげたVolocopter社やFRD社への投資につながっている。Volocopter社とは、これから普及していくであろう「空飛ぶクルマ」向けに航空機部品で連携できると判断していたが、「共に事業を進めていくにあたり、私たちの強みである自動車向け素材分野のノウハウでサポートできる部分があることも分かりました」(大野)というように、投資したからこそ見えてくる新しい価値や機会もある。
またFRD社を担当した桐榮は「弊社の人材も入り込んで先方との事業連携が進んでいる。積水化学工業に蓄積されているたくさんの水処理デバイスと、そのノウハウを提供しながら、世界的な課題となっている海洋資源不足を解決できればと考えています」と話す。
自社の資産であるコア技術にベンチャーの取り組みを掛け合わせ、そのシナジーにより世界の社会課題を解決する——その先に投資先と自社の成長を見据えていく。CVCの取り組みは始まったばかりで苦労も多いのだろうが、メンバーの表情は明るい。社会を良くしていこうという利他の心がそこにはあり、それにより苦しくても前を向ける環境があるからだろう。
メンバーも増えてきたCVCチーム
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