神戸大学発ベンチャー「涙で乳がん検出」に挑む。検査ハードルの低い涙によるがん検出法の社会実装を目指す株式会社TearExoの創業ストーリー
株式会社TearExoは、「涙1滴、誰もが疾病から解放される世界」の実現をミッションに、涙液中の細胞外小胞(エクソソームとも呼ばれます)を超高感度・迅速・簡便に測定する方法をコア技術として、涙液検査で乳がん検出する技術TearExo法の社会実装を目指す研究集団です。2022年4月21日「創造性とイノベーションの世界デー」に、神戸大学の竹内と竹内研の卒業生、砂山、高野、堀川が集い、メンバー最年少の堀川をCEOに戴き、高野はCTO、竹内と砂山は社外アドバイザーの布陣で設立されました。2023年1月に、安田が大阪大学から研究統括部長に、同年5月に卒業生の市川がCSOに着任しました。さらに同年9月に神戸大学事務系の管理職だった新居が総務部長として加わり、現在のコアメンバーとなっています。
毎年、創立記念日には、ワイングラスの名門ブランドLIEDELのハンドメイドで、ナパヴァレーの高級ワイン「OPUS ONE」を全員で飲む…まだ2回目ですが、メンバー全員「OPUS ONE」が永遠に続くことを信じて研究・開発に没頭しています。
このストーリーでは、株式会社TearExo設立の歴史や起業後のエピソードをお伝えします。
細胞外小胞が疾患の早期発見や治療薬開発の鍵になる
2015年、当時神戸大学工学研究科応用化学専攻で研究室を主宰していた竹内は、国立がん研究センター落谷孝弘教授(現東京医科大学特任教授)による「細胞外小胞」の生体内における機能と動態に関する研究に強い衝撃を受けました。
「細胞が細胞外小胞をツールにして自律的に細胞間や臓器間の情報伝達を行う?!」
細胞外小胞は、あらゆる細胞から放出される約1万分の1ミリメートルの小胞で、これまで細胞内の不要物を排泄するものだと考えられていました。細胞外小胞が放出細胞の形質を保持したまま放出されるということは、病変した細胞は当然正常細胞とは異なる細胞外小胞を放出することになります。したがって、細胞外小胞の生体内動態を極めれば、疾患の早期発見や新しい治療薬に発展する可能性があることは誰の目にも明らかで、現在、世界中で研究開発競争にしのぎを削っています。
「生体関連物質の鋳型を創る」研究で、細胞外小胞の検出が迅速かつ高感度に
社外アドバイザーである竹内の研究室では20年以上も分子の鋳型をとる研究を行っていました。低分子の生物活性物質からタンパク質に至るあらゆる生体関連物質の鋳型を人工高分子で創る研究です。例えば、骨折の時に作製するギブスは、右手用に作れば、左手にはフィットしないように、特定の分子で作製した鋳型は、他の分子とフィットしない訳です。細胞外小胞を鋳型に取れば、その細胞外小胞を認識する材料ができるはず…ここから株式会社TearExoのコア技術、TearExo法の開発が始まりました。細胞外小胞の表面にあるタンパク質を認識する抗体を鋳型の中に入れることで、サイズと表面タンパク質を認識する細胞外小胞の鋳型ができます。詳細は省きますが、首尾よく細胞外小胞の鋳型の作製に成功し、2019年にドイツの化学系国際誌Angew. Chem. Int. Ed.(インパクトファクター16.8)、2020年アメリカの化学系国際誌J. Am. Chem. Soc.(インパクトファクター16.3)に掲載され、両雑誌の表紙を飾りました。
通常タンパク質を検出する際は、抗体を用いる酵素免疫測定法(ELISA)を用います。これは分析に4~5時間かかります。私たちの開発した方法は、鋳型の中にタンパク質を認識する抗体と細胞外小胞が抗体に結合した時に蛍光が変化する蛍光レポーター分子を共存させておりますので、検体を単純に鋳型と接触させるだけで測定できます。その結果、ELISAの1/10の時間で測定が終わります。その上、感度がELISAの100倍以上あることがわかりました。「これは革新的!」ということでドイツやアメリカの超有名国際誌に投稿した結果、国際的にも高い評価を受け、掲載に至ったと思われます。
TearExo法が表紙を飾った国際誌の表紙
※論文の詳細は右記リンクからご確認ください:Angewandte Chemie, JACS
涙液による乳がん検出に本格着手
論文投稿前の2018年ごろには、細胞外小胞の迅速な高感度検出法はすでにできていましたので、神戸大学医学部附属病院放射線腫瘍科佐々木先生、犬伏先生と、臨床応用の可能性を検討し始めました。最初の対象疾患は、乳がんと決めました。乳がんは、早期発見で寛解しますが、標準検査法であるマンモグラフィーの検査ハードルが高く、検診受診率が低迷し、発見の遅れで命を落とす罹患者が多いことから、これを解決する方法論の提供は、社会的貢献性が高いことが理由です。この時点で、乳腺内分泌外科の谷野先生、國久先生にも加わっていただきました。
検査ハードルを低くするため、侵襲性が高い血液ではなく、自己採取も可能な涙液を用いることにしました。涙液は、血液由来成分で構成され、測定のじゃまになるタンパク質成分が、血清と比較して約1/10と低い上に、成分変動が少なく着色していないので、検体としては理想的です。涙液の採取には、ドライアイの検査で用いられるシルマー試験紙というろ紙片を用います。自己採取可能で侵襲性もありません。
涙液中に細胞外小胞が存在するかどうか調べたところ、乳がん罹患者は、健常人とは異なる細胞外小胞を持つことがわかり、さらに、乳がん罹患者の乳房全摘手術の前と後で細胞外小胞に差があることがわかりました。これらの臨床データも前述の2020年J. Am. Chem. Soc.に掲載しました。このように、涙液による乳がんの検出が可能である実験事実から、前人未到に近いものの、挑戦する価値があると判断して、「涙による乳がん検出」に本格的に着手しました。
シルマー試験紙を使った涙液中の細胞外小胞の回収
ビジネスコンテストで四冠達成。起業にかじを切る
2019年ごろ、竹内は、細胞外小胞の高感度検出を実用化して、社会に還元できないかと考え始めました。ただ、アカデミア生活が長い上に、ビジネスの相談をする相手もいない、などと頭の中でぐちゃぐちゃと考えがまとまらない時に、神戸市から、メドテックグランプリ神戸というビジネス登竜門があるので参加しないかと誘われました。ふむ、これをビジネスチャンスがあるのかどうかの試金石としよう。早速、「涙で乳がん検出」と命名した課題で応募してみたところ、書類審査に通り、12月の最終審査会に臨みました。その日は、竹内の気力と熱意が絶好調で、まれにみる秀逸なプレゼンとなったらしく、最優秀賞、企業賞2つ、オーディエンス賞受賞と、栄えある四冠達成!当時の審査委員長リバネスの井上浄さんに「ほめ殺し」された結果、漠然とではありますが、この時点で、起業に向けて動き始めました。
プレベンチャー資金獲得とCEO候補堀川参入
まず、プレベンチャーファンドを獲得するため、2020年JST大学発新産業創出プログラム(START)「プロジェクト支援型」事業(1億円、研究期間2年)という公的資金に応募しました。1次審査を通過後、バイオ・サイト・キャピタル谷正之社長に事業プロモーターとして伴走してもらい、厳しい二次審査(ヒアリング)を何とかクリアし、めでたく採択されました。この事業では、ビジネスマインドのセットができた上に、資金面の充実など、起業に大きく貢献するものでした。
2021年、現CEOの堀川が、CEO候補としてSTART事業に参入しました。とある昼下がり、アポなしで卒業生2名が、三宮でニンニク増し増しのラーメンを食べた帰り、竹内のもとを訪れました。来訪者のうちの一人、堀川は、当時、営業系の会社に努めつつ、副業で、自分の会社を興していました。竹内は、堀川が涙液によるがん検診に興味を示すかどうか探りを入れながら、そのベンチャーやめて、こっちのCEOに来ないかと提案してみました。
堀川「いいっすよ!」
竹内「へ?」
少々本気度を疑いつつ、CEO候補堀川の獲得に成功しました。順調にSTART事業は進行し、事後評価は、最高評価の「S」判定となるなど、起業準備は順風満帆といったところでした。
クラウドファンディング実施。1,200万円の寄付が集まる
一般の方々は「涙で乳がん検出」をどう考えるのか?ニーズはあるのか?ニーズを汲みとって製品開発を行うマーケットイン開発になっているのか?などの不安を払拭するため、2021年1月末から4月の約3か月間、クラウドファンディングを行いました。ニーズチェックの試金石として、目標に達しなかった場合寄付を受け取ることができないall or nothingの寄付型クラウドファンディングで、目標金額1,000万円という大きな額を目標に設定するという勝負に出ました。最終的に全国44都道府県の900名以上の皆様から約1,200万円の寄付金が集まりました。マンモグラフィーの時間的制約と肉体的苦痛を挙げて、涙でできたら本当に助かると言ったコメントは、実用化を目指す大きな励みとなりました。
テレビ東京「ガイアの夜明け」に取り上げられたのもこの頃です。反響は大きく、とてもいい広報となりました。ただ、3か月ぐらいの密着取材で撮影された多くのシーンが使用されず、取材に協力してもらった皆様には申し訳ない気持ちです。
寄付型クラウドファンディングの結果
株式会社TearExo誕生
2022年4月、堀川をCEOとして、㈱TearExoが設立されました。タイミングよく、NEDOの研究開発型スタートアップ支援事業(2,000万円)に採択が決まり、日本政策金融公庫と池田泉州銀行の協調融資で1,300万円の追加調達も行い、運転資金の目途もつきました。堀川CEO、高野CTO、派遣研究員数名での船出です。竹内は、2021年3月、工学研究科定年となり、名誉教授の称号を授与されていましたが、産官学連携本部に異動し、研究を継続できる環境を確保しています。文科省科研費・基盤研究(A)を遂行しながら、砂山とともに技術アドバイザーとして社外からのサポートにまわりました。
起業当日の創業者4人の集合写真
刺繡作家MICAOさんによるロゴ
現在の会社ロゴは「しずくちゃん」。神戸大学経営学部出身で刺繍、布絵による独特の創作を行われているMICAOさんの作品です。いきなりダイレクトメールで「涙で乳がん検出をやるベンチャーですがロゴ創っていただけませんか?」と無謀にもお願いしたところ、興味を持っていただき、オリジナル作品「しずくちゃん」を作製していただきました。オール神戸大学の絆を強く感じます。
会社ロゴ(刺繍作品・MICAO作)
スタートアップ支援のプログラムに多数参加
㈱TearExo設立後、まず、ビジネスにおける特許戦略を補強するために、特許庁の知財アクセラレーションプログラムIPASに応募し、2022年8月無事採択されました。専門家のメンタリングチームと、6か月間ビジネス上の課題と特許戦略を同時に議論出来たことは、事業戦略策定の上でかなり役に立ちました。
また、内閣府のスタートアップ・エコシステム拠点形成事業と連動しながら、公的機関と民間企業が連携して集中支援するJ-Startup KANSAIは、ビジネス戦略上きわめて重要であることから、獲得に向けて動き、2022年10月めでたくJ-Startup KANSAI選定企業となりました。我々の事業が公に認められたようで大変うれしく思います。
2022年11月、アジア最大のオープンイノベーションマッチングイベントであるイノベーションリーダーズサミットに、NEDO無償枠で参加しました。ヘルスケア部門のTop100企業にも選定され、大手企業との商談も10以上いただき、また堀川が行ったピッチの視聴者数がヘルスケア部門で1位に輝くなど、広報的にも実りの多いイベントでした。
2022年11月、Plug and Play Japanのアクセラレーションプログラムにも採択されました。スタートアップを大手企業に繋げるプログラムで、実際に共同研究まで発展した大手企業もありました。プログラム終了後も、様々なイベント情報が来るなど、アフターサポートも大変ありがたいです。
現在は、国の方針もあると思われますが、スタートアップを支援するプログラムが多数あります。関西におけるスタートアップを取り巻く環境は、関東に比べまだ未成熟の部分があるように思われますので、これらのアクセラレーションプログラムを有効に活用することは、シード期の地方発スタートアップにとっては極めて重要かつ必要不可欠と思われます。
J-Startup KANSAI授賞式
研究成果をビジネス化する難しさを乗り越え、「涙で乳がん検出」事業を大きく展開していきたい
研究室レベルでの秀逸な研究成果は、実用化のほんのスタートでしかなく、ビジネス志向の研究開発は、基礎研究とは全く別物で高いハードルがあることを強く実感します。ただ、その先に、チーム全体の共通認識として、涙液検査で皆様の健康に貢献する未来予想図があるので、わくわくする作業でもあります。2023年7月VCからの資金調達に成功し、中小企業庁のGo-Tech事業にも採択が決まりました。出資してくださったVCの皆様、アクセラレーションプログラムの運営サイドやスタートアップの方々、イベントでお会いした企業の皆様方、たくさん勉強させていただきました。急成長が期待されるスタートアップならではの高揚感や少しずつ進んでいく事業を実感するときの充実感などとても楽しいです。もちろん、CEOが、特許使用許諾契約で、頭がカチカチの大学関係者と苦しい交渉をして理不尽な条件をのまされたり、資金調達でエグジットはM&AとVCに求められた挙句、IPOの野望が捨てきれず破談となったり、困難な現実はもちろんあります。
そんな困難をものともせず、㈱TearExoが大きく跳ねるため、メンバー全員が力を結集して世界初「涙で乳がん検出」事業を展開しています。
会社情報
会社名:株式会社TearExo
代表取締役:堀川 諒
設立:2022年4月21日
所在地:兵庫県神戸市灘区六甲台町1-1
主な事業内容:分子認識材料を用いたリキッドバイオプシーの研究・開発・製造・販売・コンサルティング
行動者ストーリー詳細へ
PR TIMES STORYトップへ