次世代カーボンナノチューブ技術の進化。宇宙品質を目指すスタートアップと伝統樹脂メーカーの共同開発物語
株式会社カーボンフライは、『カーボンナノチューブの社会実装』と『CO2を原料としたカーボンナノチューブの量産』を目指し、2022年に創業した素材製造のスタートアップです。発見されてから30年以上、応用が難しくなかなか社会に届いてこなかったカーボンナノチューブ(以下、CNT)を製品化すべく、パートナー企業の方々とともに研究開発に取り組んでいます。今回は日本ユピカ株式会社さん(三菱ガス化学グループ)とともに取り組み、先日の『SAMPE Japan先端材料技術展2023』で優秀展示賞を受賞した、宇宙品質のCNTハイブリッドプリプレグ開発の裏側をご紹介します。
CNTの無限の可能性。強さと軽さで宇宙技術を刷新
CNTは、1991年に飯島澄男先生によって発見されたナノマテリアルです。機械的強度は鋼鉄の100倍、重さはアルミニウムの約半分、電気や熱も通すなど、とても魅力的な性能を持つ素材です。その強さと軽さにより、軌道エレベーターのテザー(ケーブル)を実現できる唯一の素材とも言われています。その魅力に多くの日系企業が惹かれ、自社の素材に混ぜ、その性能を高めようと研究に取り組みました。しかし、現在ではそのほとんどが撤退してしまいました。理由は、樹脂や金属などにうまく混ぜることができず、性能を上げることができなかったためです。
カーボンフライが切り開くCNT技術の新時代
カーボンフライはこの壁を打ち破るべく、2022年に創業しました。私たちはCNT本来の性能を発揮できなかった要因をカーボンナノチューブの不均一性と考え、1本1本を均質に生長させる技術の向上を図っています。1本1本が均質であることにより、CNTをパウダーとして何かに混ぜるだけでなく、カーボンナノチューブそのものだけで、繊維やフィルムの形状にすることも可能です。カーボンフライはその高品質なCNTの量産化を目指し、製造装置Caltema®を開発しました。このCaltema®の登場をきっかけとして、これまで年間kg単位だったCNT生産量が、5t以上まで飛躍的に向上しました。それに伴い、数十cm単位でしか生産できなかったCNTフィルムが、数十m単位、さらにはkm単位で生産できる見通しが立ちました。そこで私たちはCNTフィルムを使った自動車パーツやスポーツ用品を生み出すべく、本格的に動き出しました。
CNTフィルムのプリプレグ開発のスタート
CNTフィルムを成形品として広く使えるようにするために、まず私たちはプリプレグ化を目指しました。一般的にプリプレグとは、炭素繊維に樹脂を含浸させ、しなやかな反物状にしたものです。これを型にはめるなどして加熱することにより、樹脂が溶けて固まり、成形することができます。
このCNTによるプリプレグを開発するにあたり、相性のいい樹脂を探しはじめました。そのなかで出会ったのが、日本ユピカさんでした。
営業担当の川尻さん「日本ユピカさんは樹脂メーカーのなかでも特に研究開発に注力されており、まだ小さな会社である私たちのCNTながら、その可能性を見出して真剣に向き合ってくださいました。」
日本ユピカの革新的な樹脂【CBZ】との出逢い
日本ユピカさんは、CNTフィルムに親和性の高そうな樹脂として、自社開発の炭素繊維(CFRP)用樹脂【CBZ】を紹介してくださいました。
日本ユピカ営業担当の川村さん「CBZは炭素繊維用の一般的なエポキシ樹脂と比較し、高強度・速硬化・常温保管可能で、とても生産性が高く良い樹脂ができたと自信を持っています。しかし自動車業界は安全面などからなかなか新しいものを採用してもらうというハードルが高いと感じており、用途拡大を模索しているところでした。カーボンフライさんが宇宙材料に取り組んでいるという話を聞いて、協業できれば新しい事業展開ができるのではと感じました。」
もしCBZが使えれば、CNTの利点である高強度をさらに引き延ばしてくれる可能性があるということで、まずは相性をみることにしました。
複合化を主導した渡部さん「これまで私たちで試した樹脂のなかにはうまく含浸しないものもありましたが、樹脂のプロである日本ユピカさんの知見も授けていただき、試作を繰り返す中でしっかりと含浸させることができました。」
カーボンナノチューブフィルムとCBZの相性の良さに確信を持った私たちは、CNTと炭素繊維をCBZで複合した、50㎡のCNTハイブリッドプリプレグ製作に取り組むことにしました。
繊細なCNTフィルムの製作に苦戦。担当者は語る
まずカーボンフライでは、幅50㎡に渡るCNTフィルムの製造に取り組みました。CNT1層は、先が透けて見えるほど薄く繊細なものです。それを何層重ねて、1枚のフィルムにします。これは社内として初めてのボリューム感で、何人もの人の手を使っての製作となりました。
CNTフィルムの製作を担当した山田さん「これまでは15cm幅で製作していましたが、初めて50cm幅で製作することになりました。フィルムを作成する最初の部分は、材料となるCNTの生成された基盤からピンセットで1本1本のCNTを引っ張り出す必要があります。さらにCNTの表面はべたつきがあり、風が吹くとたなびいてくっついてしまうため、とても神経を使いました。途中くっついてしまった場合は解きほぐさないといけないため、目を離すことはできず、引き出すスピードを上げすぎることもできません。交代しながら10日間、ずっと誰か貼りついての作業でした。」
同じく渡部さん「何層重ね合わせても、フィルムは薄く繊細です。できたフィルムを巻き上げる際には5、6人がかりになりました。最終的にフィルムが完成したのは、タイムリミット前日の夜でした。」
翌日は、出来上がったCNTフィルムを車に乗せて東京から茨城へ。複合材の開発支援に取り組む株式会社ウイットさんに持ち込みました。
営業担当の川尻さん「カーボンナノチューブの世界で50㎡のフィルムは大きな進歩ですが、炭素繊維の世界ではまだまだ少量です。この量でも試作をさせてくれるところを探すなかで出逢ったのが、ウイットさんです。」
ウイット千田社長「ウイットは20年以上繊維強化プラスチック複合材の製造に取り組んでいますが、昨今ドローンなどの登場で、金属と比べ軽量なFRPがさらに注目されるようになってきました。今後はさらに新しい素材開発が重要と考え、大手では難しい少量からの開発支援に力を入れています。今回、CNTフィルムとCBZという画期的な素材の組み合わせで素晴らしいものができるのではと、ご協力しました。」
日本ユピカさんと合流し、ウイットさんの設備で、いざプリプレグ製作に取り掛かりました。カーボンナノチューブフィルムとCBZ、炭素繊維を重ね合わせ、熱を加えて複合していきます。
フィルム製作から複合まで携わった鄧(トウ)さん「かなりの長さなので、まっすぐ重ね合わせたつもりでも少しずつ横にズレてきてしまって…3社のスタッフで協力し、都度修正しながらの作業でした。」
1m1m丁寧に進めていき、丸1日がかりで50㎡のプリプレグが完成しました。
CNTハイブリッドプリプレグを用いた衛星部品製造へ
一方社内では、大学の超小型衛星プロジェクト向けとして、コンポーネント製作に取り組んでいる最中でした。最初の試作は設計図通りアルミパネルにしたのですが、ここに完成したCNTハイブリッドプリプレグを使ってみることになりました。アルミ製は4面で80gだったところ、CNTハイブリッドプリプレグでは48gに。10cm角のとても小さな部材を切り替えただけで、32gの軽量化を実現しました。しかし、ただ軽くしただけではロケットに搭載することはできません。指定された振動・耐久試験を受けなければならないのですが、こちらも合格し、軽量かつ高強度というひとつの証明ができました。
パネルの製作作業にあたった渡部さんからは、CBZによる副次的な効果も聞くことができました。「CBZを使うことで、成形時間が短縮できました。また、弊社は化学材料用の冷凍庫がまだないので、常温保管取り扱い可能な点も大変取り扱いやすかったです。」
優秀展示賞受賞でさらなる自信へ
そしてカーボンフライと日本ユピカは、先般行われた『SAMPE Japan 先端材料技術展2023』にて、このCNTハイブリッドプリプレグをお披露目しました。炭素繊維をはじめとした複合材料の研究をされている方々が多く集まる場でしたが、「CNTでこんなに長いフィルムを作れるようになったなんて驚きました。応援します!」といったお声をいただき、優秀展示賞を受賞することができました。展示会を通じ、CNTハイブリッドプリプレグの展望に自信を持つことができ、日本ユピカさんとの結束もさらに強まったところです。
今後はさらに協働を進め、プリプレグの改良、オートメーション化に取り組みます。2024年中には、量産体制を整えることが目標です。今後の取り組みにぜひご期待ください。
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