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水中で虹色に輝く人魚のような新素材「AURORA」。ウェットスーツ素材で業界トップを走るメーカーが開発に込めた想いとは。

著者: 山本化学工業株式会社

 今年で設立60周年を迎える山本化学工業株式会社。高品質のウェットスーツ素材や同素材を利用した高速水着、そして医療機器など人のカラダをサポートする素材・製品を国内外で供給してきました。

2020年から続く新型コロナウイルス感染拡大、戦争、世界的な不況など暗いニュースが溢れたことが発端となり、水中で虹色に輝く新素材AURORAを開発、世界中で大きな反響を集めています。

そんなAURORA素材について、開発のきっかけから現在に至るまでのストーリーを山本化学工業取締役 山本雄大のインタビューで振り返ります。


コロナ後の業界危機を乗り越えたい。新素材開発への決意

Q1. AURORAの開発のきっかけは何だったのでしょうか?

 色々ありますが、一番大きなものは、アフターコロナで苦境に立たされている自社と取引先のお客様を救いたいという思いです。

私たちはウェットスーツ業界に属していますが、実はこの業界はコロナ禍が追い風となっていました。パンデミック後、世界中でインドア活動が制限され、多くの人がアウトドアを楽しむようになりました。キャンプや釣り、自転車などといった業界と同じく、私たちも特需に対応するため非常に忙しい状況が続いていました。


 しかしその後、コロナが収束を迎えるにつれ、業界に長い冬が訪れます。コロナや戦争の影響から世界経済が停滞し、最終製品が売れず、市中に在庫が溢れかえってしまいます。受けていた注文も一斉にキャンセルがかかりました。その後しばらく経っても、注文が回復する見込みが立たず、社員からも「この先どうなるのか」という不安が漏れているのを感じていました。

インタビューを受ける山本雄大 取締役


 2023年春、市場のリアルな状況を視察するため、直接の取引先であるアジアの縫製工場と、その先で最終製品を販売する欧州のスポーツブランドをいくつか訪問しました。たくさんの人に会いましたが、会うお客様は例外なく、暗い表情をしていました。縫製工場は休業状態、スポーツブランドも業績が悪化しており、出てくる話題は値下げの依頼ばかり。私たちを含め、業界全体が非常に暗いムードに支配されているのを肌で感じました。

ゴムを生産する工場の製造ライン


私たちは素材サプライヤーです。素材から製品を作る縫製工場や、製品を販売するスポーツブランドは、仕事を続けていく上で欠かせない、言わば同じ船に乗るパートナーです。

そんな彼らが頭を抱えて苦しんでいる姿を目の当たりにするたび、自分の中で無力感と同時に悔しい気持ちがふつふつと湧いてきました。「たられば」ではありますが、事前にこうなることを見越して、どんな不況でも吹き飛ばせるような、そんな画期的な製品をもし自分たちが作れていたら…。

ロシアを迂回し日本へ戻る飛行機の中で、悶々と、ずっとそんなことを考えていました。


帰国後、新しい価値を市場に投入すべく、開発に専念することに

 とにかく「一刻も早く、何か新しいものを市場に投入しなければ」と、他の業務を極力人に任せ、開発に専念するようになりました。詳しくは話せませんが、AURORA以外にもかなり多くの種類の開発品を同時並行で進めていました。思いつく限りのアイデアをノートに書き溜めて、それを実現できそうな技術を持つ会社を探しては、アポを取って直接訪問して話をし、試作を繰り返していきました。

 この時には、どうにかして新しい価値を生み出すこと、そしてそれによって苦しい状況のお客様を助けることが、素材サプライヤーとしての責務だと考えるようになっていました。それを実現することこそが今の自分の存在理由で、実現できなければ存在する価値がないとまで考え、成るかどうかも分からない可能性に必死に手を伸ばし、動き続けていました。

山本化学工業の本社屋上からの景色。町工場などが立ち並ぶ先にあべのハルカスがそびえ立つ


Q2. 同時並行で複数の開発品があったとのことですが、それらに共通する開発の軸はありましたか?

 開発品が最終消費者に喜ばれるかどうかを軸にしていました。サプライチェーンの上流から最終消費者を喜ばせることができれば、その間でバトンを繋ぐ縫製工場やスポーツブランド、小売店などの関係者全員を幸せにすることができるという構造を強く意識していました。直接声の聞こえるところから「このようなものを作ってほしい」という提案をいただくこともありますが、参考にならないことも多々あります。


これをやって、最終消費者が喜ぶかどうか。唯一の開発軸。

 他の業界でもそうだと思いますが、今の最も大きな開発トレンドの一つは環境です。お客様のほうから、「会社で独自のCO2削減目標を立てたからそれに合致するような素材を作ってほしい」などという依頼を受けることも少なくないです。それに合致しなければまず採用されないので、なるべく善処しますが、同時にこんなことに時間を費やして誰が喜ぶのかという思いもありました。


 私たちの仕事は海から始まっていることもあり、環境にやさしいことは非常に重要なポイントで、そこに疑いはありません。実際に私たちも、ゴムに配合する油を植物由来のものに変更したり、工場とオフィスで使用する電力を100%再生可能エネルギー由来に切り替えたりと、色々とやっています。ただ、周りを見渡すと、環境性能を重視しすぎるトレンドの中で本質を見失った開発品も散見されるようになり、疑問に感じることが増えていました。

例えばリサイクルを謳っているものの実際はリサイクルされていないことが判明したり、見かけのCO2排出量は小さいものの、品質が粗悪で製品寿命の短い製品が売られていたりと、最終消費者のことを無視して、企業同士の机上の計算や談合の中で生まれたであろう新製品の数々にモヤモヤを抱えていました。

 私たちは素材サプライヤーという立場上、ダイバーやサーファーといった最終消費者の方々と最も離れた位置にいます。日ごろ彼らの声は全く聞こえてきません。しかし、聞こえないからこそ、自分たちが作ろうとしているものが本当に彼らに喜んでもらえそうかどうか、常に彼らの心の声を聴こうとし続けることが重要なのだと思っています。

黒いウェットスーツを着用するサーファー


幻想的な色に魅せられて。課題を乗り越え発表へ。

Q3. 最終消費者の喜びを意識して開発を行なわれていたことはよく分かりました。複数の開発品の中からAURORAを選んだきっかけはありましたか?

私たちの素材は基本的には水中で使われるので、試作品はどんなものでも、とりあえず一度水に浸けてみることが習慣になっています。その日、日中に生産したAURORAの試作品を、夜に事務所に戻って水の入った瓶に入れ、何気なく覗いてみました。


 すると、水に入れたゴムの欠片は、空気と水の光の屈折率の違いから、まったく別の色になっていたのです。それを見た瞬間に、頭の中にビビッと衝撃が走りました。

 瓶の中をプカプカ漂う小さな試験片が、海の中を自由自在に泳ぎ回る幻想的な人魚の姿と重なり、ずっと眺めていました。夜な夜な、大の大人が小さな瓶に浮かんだゴムを小一時間眺めているという、今思えば奇妙な光景だったと思います(笑)。とにかく、その瞬間からAURORAの開発に注力していくことになります。季節は春から夏へと変わり始めていました。

実際に眺めていたAURORAの試作を入れた瓶


Q4. 早くもその年の秋にAURORAを発表していますが、開発はスムーズにいったのでしょうか?

 全然そんなことはありませんでした。最初の課題は柔軟性でした。見る角度によって色が変わる塗料はプラモデルや自動車、化粧品などの分野で既に世に出回っていたので、最初は市販の塗料を買ってゴムに塗ってみました。市販品は、塗料自体にまったく柔軟性がなく、ゴムを伸ばすとバキバキに割れてしまいました。

開発初期段階での試作品。ゴムの伸びに塗料がついていかず割れてしまう


 ゴムに追従する柔軟性が必要でしたが、幸いなことに、私たちはゴムに柔軟なコーティングを施す技術を既に持っていました。30年ほど前に開発されたSCSと呼ばれる技術ですが、ゴムの柔軟性を損なわず表面に親水性を持たせることで、水の抵抗を減らし、ラクに速く泳げるというもので、今でも世界記録保持者を含むトライアスロンやフリーダイビング競技のアスリートから広い支持を得ています。この既存技術を応用することで、第一関門である柔軟性の壁はクリアできました。

AURORAのサンプルを持って話す山本雄大


 次に問題になったのは価格でした。色が変わる特殊素材は原料価格が信じられないぐらい高価で、自動車1台に塗布するとだいたい100万円かかると言われています。ウェットスーツの面積を考えると、単純計算で、1着当たり数十万円してしまうことになります。これでは誰も買えないと、現実的な価格に抑えるために最初は配合量を極力少なくしていましたが、どうしても黒ずんだ色になってしまい魅力的に見えません。


 また価格の安い原材料を探して使ってみましたが、結局安かろう悪かろうで、これも魅力の溢れる素材にはなりませんでした。相当数の試作を経て、結果的に「誰もがその魅力を一目で理解できる」ことを最優先し、高価な原材料を惜しみなく使用するという選択をしました。

AURORAのサンプル(左列)現行品、(右列)初期の試作品


 コスト計算表を見せると、営業部を中心に、高すぎてこんなもの売れないという猛反発が社内であがりました。そうは言っても中途半端なものを作りたくはなかったので、加工工程の見直しを行ない、最終的には原材料のロスを減らすことで、1着あたり数万円程度のアップチャージに収められるようになりました。まだお手頃とは言えませんが、最初のことを思えばかなり価格を抑えることに成功しました。



Q5. 柔軟性と価格の問題をクリアしたので、いよいよ発表ですね。

 そう思っていたのですが、発色に関して、自分の中でどうしても納得がいかない部分があって、ここから袋小路に迷い込んだように、膨大な数の改良を重ねていきます。AURORAに使用しているのは、見る角度によって色が変わる構造色と呼ばれる技術ですが、一般的に着色に用いられる染料や顔料とは異なる特性を持ちます。そのポテンシャルを最大限に活かすため、既存技術である塗料の成分や配合、加工方法、生産設備に至るまで隅々まで見直して改良を加えていきました。


 当時、平日はひたすらに塗料と汗にまみれ、休みの日も常にこのことで頭がいっぱいの状態でした。私には小さい子どもがいるので、家族サービスのフリをして昆虫館に行っては、自然界で構造色を持つ生物として有名なモルフォ蝶の発色を目に焼き付けました。AURORAのカラーバリエーションの一つに、Ocean(海)という青系の色がありますが、これは海の色だけでなく、その時に見たモルフォ蝶からもインスピレーションを受けています。

青色のグラデーションが美しいモルフォ蝶


 そんな作業を繰り返していく内に、小さい瓶の中を眺めるだけではなく、実際の海の中での発色を自分の目で確認する必要性に駆られ、急いでダイビングのライセンスを取りに行きました。そこからは作っては潜り、作っては潜りということを繰り返します。面白いことに、地上で美しく見えるものが水中ではあまり変化がなかったり、地上で地味に思えるものが水中では輝いて見えたりと、実際に潜ってみて初めて気づくことが多々ありました。

海中で試作素材の色の変化や輝きをチェック


 共通する点はどの色も、蛍光灯下の屋内で見るより、よく晴れた日に透明度の高い海で見るのが最も綺麗に輝くことです。海にいるときが最もいきいきとしていて、地上では見ることのできない本来の色が出る。ただのゴム素材なのですが、私はそこに海を愛するダイバーの人格を重ねてしまいます。

最終的には200を超える試作の中から、最も見た目と性能のバランスが良いと思えるものを選びました。が、完璧とはまだ言えないと思っているので、発表後の今でも試作は継続しています。

AURORAを使用したウェットスーツを着用したマネキン


ISPOで総合最優秀賞を受賞。世界中で注目されるAURORA

Q6. 完成したAURORAを発表するまでの段階でISPOでの総合最優秀賞を受賞しましたが、そのことについて詳しく教えてください。

 ISPOは、世界最大のスポーツとアウトドアの展示会で、毎年ドイツで行なわれます。そこで新素材の品評会があって、世界中の企業から400を超える応募があった中、総合最優秀賞(Overall Best Product)を受賞することができました。


 エントリーする際に、該当するカテゴリーを選択しなければならないので、AURORAは水着素材カテゴリーで応募しました。このカテゴリー内で1位(Best Product)を取ることを目標にしていましたが、素材の革新性や機能性が認められ、すべてのカテゴリーを横断しての総合一位の栄誉を受賞することができました。一見キラキラと美しい素材ですが、その陰には苦悩や泥臭い努力があったので、それを分かってくれる人がいるように思えて嬉しかったです。

ISPOでの受賞時の写真(2023年11月29日 ミュンヘン、ドイツ)


Q7. はじめてAURORAを発表した時の反応はどうでしたか?

 発表は、2023年の11月中旬アメリカのダイビング展示会にて、続いて11月末のドイツISPO展示会で行なわれました。最終製品の状態のウェットスーツを展示しておりましたが、「このウェットスーツを売ってほしい!」「いくらなら売ってくれる?」と多くの方から言い寄られ、また道行く人が写真や動画を撮影していました。


 同時に情報をリリースしたソーシャルメディアでも「私の夢のウェットスーツ!」「販売が待ちきれない!」などの嬉しいお声を多数いただきました。今は私たちのお客様を通して、世界各国の展示会やソーシャルメディア上で同様の動きが起きています。

×


イノベーティブな素材づくりで世界貢献へ

Q8. 最後にAURORAの今後の展開について聞かせてください。

 私たちの素材は、ウェットスーツだけでなく、欧州のハイブランドのファッションショー等に使用されることがあります。AURORAは見る角度で色が変わるのと、水の中に入らなくても、水滴がつくだけで違った色に見えるなどの特長があるので、ファッションの業界で、個性を表現したり、見る人を楽しませたりするような目的で使用されることを期待しています。


 また、海外では人魚のコスチュームをした人が水族館の水槽で泳いでパフォーマンスをするマーメイドショーが人気です。見ていて楽しいですし、小さい子どもに夢を与える側面もあります。こういったコスチュームに使用してもらうことで、より幻想的で美しいショーができると期待しています。日本ではまだまだ認知されていないので、この素材がきっかけで、日本でも普及が進めばと思っています。

沖縄の海でAURORAウェットスーツを着用したPV撮影が行われた


 今年の6月下旬に沖縄でフリーダイビングの大会が開催されます。主催者の方から「競技を継続して実施していくには、裏で競技の安全を守るセーフティダイバーの人口を増やす必要があり、そのためのイメージアップ活動が必要なんです」という話を聞き、その助けになればとAURORA素材を提供させていただくことに決めました。見た目のクールな素材によって、安全を守るダイバーのイメージアップにつながり、競技が安全かつ持続的に開催される助けになればと願っています。


 最後にマリンスポーツをやったことがない人が、この世界に興味を持つきっかけになればなと思っています。私自身も今回の開発を通じてダイビングを始めましたが、海の中にいるときは、日々の忙しさ、悩み、しがらみ、ストレス等から解放される感覚があります。先の見えない不安定な世の中、忙しい現代社会だからこそ、心身の健康を保つために自然と触れ合うことの重要性は増していると思います。高い保温性と柔軟性を持つウェットスーツ素材は、人々が安全に海を楽しむためにはなくてはならないものです。


 AURORAに限らずですが、高品質で高性能かつイノベーティブな素材づくりを通じて、この世界が少しでも良い方向に向かう手助けができればこれ以上の幸せはありません。

ISPO最優秀賞「Overall Best Product」のトロフィーを持つAURORA開発者の山本雄大


<プロフィール>

山本 雄大 Yudai YAMAMOTO/山本化学工業(株)取締役

立命館大学心理学専攻卒業後、カリフォルニア大学アーバイン校でマーケティングを学ぶ。会社では主にウェットスーツ素材の営業、マーケティング、開発等を担当。2児の父。TOEIC L&R990点。潜水士。


<企業情報>

山本化学工業株式会社

AURORA特設ページ https://yamamoto-bio.com/material/aurora.html

公式Instagram  https://www.instagram.com/yamamotowetsuits/






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