文化って?香るって?まちのフラッグシップになるために〜大森山王ビール「KAORU」誕生秘話〜
大森山王ブルワリーは5月26日に、大森山王ビール第3弾「KAORU」をリリースしました。今回は、どんな想いで開発したのか、描く未来はどんなものか等について、様々なプロジェクトを一緒に進めるMさんにインタビュアーになっていただきまとめました。
■「KAORU」が生まれた経緯を教えてください。
前回「NAOMI」と「GEORGE」という2種類のビールを作りました。どちらかと言うと少し尖った感じだったので、できれば大森ど真ん中のビールを作りたいと思ったことがきっかけです。
大森といえば、よく言われるのは「海苔」。海苔といえば、海。「海の香りがするまち」を掘ったものを作りたいと考えていました。その中で「KAORU」と言うと、海の「香り」だけではなくて文化の「薫り」もありましたし、大森にある山王小学校は井上馨の別荘地でもあったので、昨年には大筋で作りたいなとは決めていてその流れを深く調べて作った次第です。
■なぜ町田さんは土地の歴史を扱うことにこだわっているんですか?
まず大きく思うのは、未来を作るためには過去のその土地が持っている歴史が繋がっていることを継承していきたい、そしてそこから学ぶことが多々あるのではないか。それは今を生きる僕らにとってもヒントがあるのではないか。それがそのまちにいる人たちにとって、もっと自分ごとになればいいなと思って土地の歴史を扱っています。それが言ってしまえば最短距離ということだと思います。
それと同時に過去から得られるアイディア、僕らでは想像できてない広がりを過去から得られるのではないかと考えているからです。
またこのビールを通じて、その裏にある歴史を通じてまちの人たちがその歴史を語りやすくするきっかけになってくれたらうれしいなとは常々考えています。ビール屋はあるんですが、ビールを伝えるだけではなくビールと文化を伝えたいというのが強いです。
■今回「KAORU」を作るにあたって、調べたのはどのような歴史だったんですか?
まず1つ目に井上馨を調べました。井上馨さんは鹿鳴館を作ったことで有名ですが、それと同時に伊藤博文の盟友だったことでも知られています。伊藤博文と言えば初代総理大臣です。大森の隣街である品川区の伊藤という地名の由来は伊藤博文の家があったことが由来してます。そんな彼の盟友であり、大森にも別荘地を持った井上馨はどんな人物だったのかということに興味を持ちました。
彼の業績は多々あるんですが、1つ大きなトピックスとして伊藤博文と行った鉄道敷設があります。彼らはこの国には鉄道が必要だと、急ピッチで新橋〜横浜間の鉄道をつくりました。その流れで大森駅が生まれ、大森駅界隈に文化ができあがったというわけです。
そんな鉄道敷設に尽力した彼の別荘地がいまは山王小学校になっているのが、まず何より面白さの1つ。鹿鳴館時代で行いたかったこと、それは治外法権などの諸外国との差異をなくそうと、ビールなどを用い外国の要人をもてなしたということです。ビールを用い、相手の胸を開こうとした方でもあります。ということで、井上馨から「KAORU」と拝借しました。
さらに、大森といえば高級住宅街である山王のイメージも強いですが、山王から見て駅の逆側もまた面白いエリアです。歴史を調べる中で出会った1冊、小関智弘さんの「東京大森海岸 僕の戦争」をご紹介します。
その本には戦前〜戦時中の大森海岸エリアの生活が描かれています。その中での「開いた窓から海の匂いのする風が届く」と言う一文に魅了されました。当時、大森駅に着く電車は窓から海の香りがしたそうです。これは「痴人の愛」にも描かれていたあの海ですね。そんな海の香りがする街、何か魅力がありませんか。
最後に、このビールの根幹にある「大森はハイカラなまちだった」という点。それは文化度の高いまちであるというこれまでの流れも汲んでいます。
なので今回は3方向からの「KAORU」と言うことで、前回の「NAOMI」と「GEORGE」は男性と女性ということを意識しておりましたが、今回はあえて男性でも女性でも付けられている名前をから、ど真ん中を目指しました。
■今のお話を聞いていると3つの香りがするビールなのかなと言う連想ができますが、ズバリどのような香りがするのでしょうか?
今回、海から連想して塩を加えたビールとなっています。また、塩を引き立てるお米も加えています。そんな麦と塩とお米が織り成すミルキーで優しい感じ。それだけではなく、少し強くて甘い、新しいけどどこか懐かしいそんな味に仕上げました。
昨年の9月にアトレ大森さんとキネカ大森さんの35周年ビールで「大森ともぎりさんと乾杯ビール」を作らせていただきました。その時にも塩を加えたビールにしたのですが、その時の味がまちの人にとても好評だったので、その時の香りをより大森をイメージしてつくりました。
■ちなみに今回のラベルデザインはどのような点にこだわっていますか?
先にも触れた「東京大森海岸 僕の戦争」の中にある「開いた窓から海の匂いのする風が届く」一文が今回の肝で、窓と言うのを先の3つの香りで表せないか。そして窓と言うと大森山王は洋館が立ち並んでいたということで、きっと独自な窓がいっぱいあったんだろう、そして何より、家ということはまちの人ぞれぞれの象徴ではないかなと。そして窓ってひょっとしたらまちとつながる部分であり、窓をモチーフに「KAORU」を表せないかとこのようなデザインになっております。
その中で今回のコロナ騒動、ステイホームとがキーワードになっておりますが、外を覗くという意味で時代にピッタリなものになってしまいました…、未来を見てますね、すいません。笑
加えて大森山王ビール、そしてこのまちのフラッグシップになるような存在でありたいという想いを込めてデザインしました。
■ところで、町田さんが考える「文化」ってなんですか?そして「KAORU」ってなんですか?
文化とは人と人との交流が生み出すものだと考えています。その中で人と人との交流と言うのは、もちろん良いこともありますが大変なこともあります。それがなおさら違う境遇の人だとより強いかもしれません。
そんな時、「KAORU」はひょっとしたら異物を表しているかもしれません。例えば旅先でこれまで行ったことない時もに感じる「KAORU」って、やぱり初めての土地だったり、いつもと違うからこそ感じるものです。そして、旅はその一つだと思いますし、人との出会いもそうかもしれません。さらに言えば、本や音楽などの芸術も同じで、自分とは違うものにあったときに感じる異物が「KAORU」なんだと考えます。
だからこそ、色々なものに出会えるってことが文化であり、違いを感じ、それを楽しめることが「KAORU」ですね。
■町田さんは大森で人との関係で大変だったり悩んだりしたことが多くあったんですか?それが前回の乾杯の話にもつながってくるんですか?
はい、どちらかと言うと僕はやりたいことがあると一直線で進んでしまう性格のため、話を聞いてなかったなどコミュニケーションで失敗した事は多々ありました。それにより自信をなくし、行動が小さくなったり、内輪で固まってしまったりすることもありました。
ただ違う意見と言うのは裏を返せば自分を拡張するチャンスかもしれません。できない事は自分でやらずできる仲間に託し、それを信じる。それの繰り返しで、少しずつできることが増えていく。そして、目的は「大森のまちをより多くの人にもっと魅力を知って欲しい、そしてこのまちで行動してほしい」と言うことなので、多少失敗や誤差があったとしてもそれはいいじゃないかと言うことで乾杯出来る、乾杯でまた明日からのことを話し合える、そんな人間関係、すなわち乾杯を作りたいと考えています。
■「KAORU」を通じて、大森でのビール活動を通じてどんな未来をどんな関係性を作っていきたいですか?
先に話したように乾杯と言うのはすごく大事だと考えていて、大森は大田区と品川区の間でなかなか行政などの仕切りでまとまりやすいとは言い難いと思います。それはこれまでであればデメリットかもしれませんが、メリットと考えるなら自分たちで自分たちの街のことを考えるチャンスかもしれないということですね。
さらにコロナの影響でわが店だけが良ければとか自分だけが良ければとかそういう時代ではなくなってきてる気がします。だからこそ大森に関わる人たちが同じ目線で乾杯を通じて未来を語り合いをそれに伴い行動し、失敗すれば反省しながらまた明日を語り皆で目的に向かって進める関係性が作れたら嬉しいしそれが外から見たら「KAORU」と言うことなのかもしれません。
それができたらこの街はもっと魅力あふれるし、外から見ても魅力あるまちだなと感じてもらえることができるのではないかと思います。それだけの魅力があると思い、今日も明日も行動していきます。
そして、そんな「KAORU」がまちのフラッグシップになって行ければいいなと考えています。
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