男が女として生活していくまで物語

6 / 10 ページ


と、自分の心に訊いてみる。


「男で・・・・?  お、おとこで?」



どんなに貧乏だろうと、生活に困っていようと、ホームレスであろうと、

「男で生きること」よりも不幸なことはなかった。 


「男で生きること」以上の恐怖はなかった。


男で生きていくことは、死ぬことよりも怖かったのである。

私は死ぬのが怖いし、誰よりも長く健康に生きていきたいと思っている

男で生きることは自分の人生にとって死ぬことと同義だった。


だから死にたくない一心で女体化を進めることが出来たのかもしれない。



差別は怖いし、偏見も嫌だ。

家族と縁を切らなきゃいけないかもしれないし、

地元には一生帰ってこれないかもしれない。 


人からは変態、変人扱いされるかもしれない。


でも、死ぬよりはマシだった。




世間は、普通じゃない人(異常な人)を排除しようと思っているし、

誰しも無意識に自分とは違う人を排斥する心理があるのかも。


それが差別につながるワケなのだが、

差別なんかに負けてはいられないのだ。 生きるために。






【オサム君】

私が女性として生活するにあたり、

決定的な転機になったのはオサム君の存在が大きい。



オサム君は小学、中学の同級生、地元の友達なのだが、

成人式で再開した時にこんな話をしてくれた



「トヨタ自動車の期間従業員は面接したらとりあえず受かる、

寮費タダだから金は貯まるし仕事はキツイが、なんとかなる」



20歳当時の私は居酒屋従業員として、朝の9時から翌日1時まで勤務の

14時間労働(途中2時間休憩)を毎日のようにしていたのだが、

それでいて月給は16万円、手取りになれば11万円程度だった。



そう。会社はミルク抜きコーヒー並みのブラック企業だった。


残業手当、夜勤手当、役職手当・・・・手当。


これらはすべてマンガやドラマの中だけの世界であり、

現実世界には存在しない妄想なのだと思っていた。



本気でそう感じた。


会社では、そんなもの見たことも聞いたこともなかったからだ。


働けど、働けど、収入は増えない。 そして休む時間も休日もほとんどない。

朝起きて、夜寝るまでの間はすべて仕事。




家にいる時は、風呂に入るか布団で寝る時だけだった。

自由なんてものはない。 お金もない、未来もない。 




「このままずっと同じルーチンワークをしながら、会社の奴隷となって、

生きていかなければならないのか?」


そんなことばかり考えていた。


どうにかしてこの地獄から抜けださなければ死んでしまうと思った。



その頃の口癖は「仕事辞めたい」か「休みたい」だった。

毎日呪文のように唱えていたと思う。 


接客業なので、正月は通常休めないんだが、「成人式に出席するので連休がほしい」と

上司に言った時は特別に休みがもらえた。


2年ぶりに地元に帰っての正月。そして成人式。


そこにオサム君の魔法の言葉。



「とりあえず面接したら受かるよ、金貯まるよ」



少ない賃金、長い労働時間、貯まらないお金と、変化のない身体。


その頃は女性ホルモン開始から1年過ぎてたので、

「そろそろ何らかの手術をして行かないと身体の変化も望めないだろうな」

と気づいていた。



手術をするためにはお金がいる。

しかし今の会社ではお金なんて貯まらない。


オサム君の言葉に心がぐらついた。






私の地元の成人式は早いのだ、1月5日だったと思う。


1月7日には名古屋に帰って、1週間後にはもうトヨタ自動車の面接会場にいた。

期間従業員の面接は週2回のペースで行われる。

著者のわさだ なおさんに人生相談を申込む

著者のわさだ なおさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。