「死」が突然目の前にやってきた 〜出会いから看取るまでの2年半の記録

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10時過ぎ、挿管。
持ち直す。


娘たち到着。
目を見開き、存在を確認する彼。笑顔を見せている。



13時前、眠りに落ちる。
「あそこまでいって、ここまで持ち直すなんてすごいですよ!
眠ればまた体力が回復しますから、そしたら本格的に肺炎の治療をしまやりましょう。」
S医師にお願いしますと頭を下げ、
娘たちを病室に残し、汚れた洗濯物を持って一時家に戻った。



14時過ぎ。
病室に戻ると、娘たちが彼から少し離れて座っていた。
彼の様子に違和感を感じ、モニターを見る。
血圧が下がり始めている。


呼びかける。呼びかける。呼びかける---。


白目が黄色いものに覆われ始める。
手足にはチアノーゼが出てきている。



ああ、、逝ってしまうんだ。。。



手を擦る。呼びかける。手を擦る。呼びかける--。



ふと中空を見上げた。彼の魂が身体から中空に出た気がした。
心臓はまだ動いている。


S医師は、私達を気遣いモニターの音を切ってくれた。



16時33分。
永眠ーーー






うそみたい
目に映る景色が、すべてぼやけている。
霞んで見える。



まだ温かい。
筋肉の痙攣によって、時折モニターの波形がピンッと跳ねる。
虚しい希望の視線を医師に送るも、首を横に振られる。



不思議なことだけれど、そこに横たわっている身体には、
もう彼はいないと感じた。



一筋、涙が流れ唇に触れる。
ふと気がつくと病室には私と彼の遺体だけ。
目の前には、闘いを終え、静かに目を閉じる彼の身体。
外された呼吸器などの器具の跡が残る、その唇に
最期のくちづけを---。




私の闘いは続く


しかし感傷に浸っていることはできなかった。
看護師に電話帳を手渡され、
「病院にはドライアイスが無いため遺体を置いておけないので、
 葬儀場に連絡して遺体を運んでください。」
と告げられた。


葬儀場がどこがいいなんてまったく知らない。
葬儀場への積立なんて、してるわけがない。
聞いたことのある名前の葬儀場に電話し、来てもらうようお願いした。


車には2人までしか同乗できない。
娘2人を同乗するよう促す。


遺体を病室の前で見送る。



・・・・・


誰もいなくなった病室。
看護師も医師もいない。遺体の運び出しの見送りに行っているのだろう。


ふわふわ浮いているような変な感覚。


葬儀場へ行かなくちゃ・・・



お葬式も位牌もいらないと言っていた彼。
生前、遺骨は散骨にしてくれと頼まれていた。
指定箇所は5ヶ所。


娘たちが連絡し、すぐに彼のお姉さんも来てくださった。
初めてお会いする。


彼の遺志を受け密葬にすることにし、火葬は8月3日となった。


お棺はどれにしますか?
お部屋は1泊いくらになります。
お経を上げる和尚さんを頼むといくらになります。
遺体をキレイにするのにいくらになります。
骨壷はいくらになります。
などなどなど。。。


回らない頭でわけもわからず、ただただ聞くしか出来ない私。
お姉さんがいらしたのが本当に有り難かった。
人が亡くなってお骨になって持ち帰るまでに50万位上。
あれもしない、これもいらないと最低限にしたけれどこの金額。


お金がないと死ぬこともできない・・・



娘たちは彼女たちの母を呼んでいいかと私に聞いた。
彼女たちの心のケアは今の私にはとても出来ない。
そう感じたため、呼ぶことを承知した。



2010年8月3日。
火葬。
正直、私だけ血の繋がりはない存在。
しかも彼と結婚していたわけでもない。
心の整理もつかないまま、私だけが心ここにあらずだった。
分骨していただいたことはお姉さんの心遣いだった。



亡くなった日、長女は遺体と一緒にいたくないと言った。
その日娘2人は私のマンションに来た。


彼女たちの荷物もあるからと、彼女たちとその母親に
マンションで着替えていくよう促した。


着替え終わると、通帳と印鑑を持ち帰るという。


何でもいい。
早く一人になりたかった。
早く、解放されたかった。



2010年8月4日。
会社は、事情を汲んでくれて1週間の忌引休暇を出してくれた。
1週間で、さまざまなことを処理し、会社に戻らねばならない。
会社は私の個人的な事情とは関係ない場所。
笑えるようにしなければ・・・。



幸いというか、彼の財産と呼べるものは元々の彼の荷物と、
直前までに仕事で入ってきた数10万円のみだった。


葬儀場から渡された死亡証明書のコピーを持って携帯キャリア会社に行き解約。
彼のファンの方々に報告と連絡をし、彼の最期の作品をお送りする。


さまざまなことをこなしている間に、時間はどんどん過ぎた。




2010年8月5日。
仙台七夕の前夜祭である花火大会の日。
去年はベランダに椅子を出して2人で見た花火。
着替えた浴衣姿を喜んでくれていた。


一人、浴衣に着替えベランダに出て、
彼の好きだったワインを開けて花火を見上げた。


もう二度と、夏祭りを楽しめない気がした。




不思議な出来事


49日過ぎると、魂が天に還る。


そんなことをなんとなく聞いていた。
ほんとなんだろうか。
なぜ49日なのか。


49日という日。
それまでも毎日のように家に帰っては泣き、時には号泣していた私。
49日が終わってしまう。
明日起きたらもういないのだ。
そう思って一層泣いた。



泣き疲れていつの間にか眠ってしまった私の目を、
50日目の朝日が照らした。
目尻には涙が溜まっている。


目を覚ますと、不思議な感覚にとらわれた。
私が横になっている隣に、寄り添うように横になっている存在がある。
その存在を感じた。


ああ~、そういうことなんだね。
彼は最後の挨拶をしている。
そして励ましている。
そう感じた。


理由はない。理屈もない。
ただ、そう感じた。


涙が流れる。
しかしそれは、昨夜と違う涙だった。
ありがとう。




2010年9月24日。
彼の望みであった散骨。
私は分骨してもらったお骨を、私の小さいころの思い出もある奥入瀬渓流へ散骨しに行った。
奥入瀬渓流は散骨指定5箇所のうちの1箇所。
兄に頼んで、兄夫婦と一緒に奥入瀬渓流に行った。


久しぶりの奥入瀬渓流は清々しい緑に覆われ、空気が澄み切っていた。
彼が気に入ったと言っていた奥入瀬渓流の場所、阿修羅の流れ。
散骨して欲しい場所はここだろう。
手で粉のように砕きながら少しずつ渓流に流す。


どうぞ心安らかに。
あなたの好きだった場所で、心地よさに眠ってください---。



散骨を負え、仙台の自宅マンションに帰り鍵を開けて中に入る。


えっ!?と驚きの声を上げてしまった。
家の中の空気が、とても清々しく澄み切っていたのだ。
まるで奥入瀬渓流にいた時のように・・・。


「ありがとう。望みを叶えてくれてありがとう。」
その声が聞こえた気がした。





新たな人生


その後も不思議な出来ごとは起きた。
スピリチュアルっぽいこともいろいろ起きた。
それらは、私がなぜ彼と出会い、関わり、彼を看取ったのか。
その経験が私に学ばせてくれたたくさんのことの意味を教えてくれる内容だった。


本当かどうかは問題じゃない。
自分の感覚が全て。



一度とても身近な人の死を経験したからといって、
同じような状況に直面している人へ、かけられる言葉をもっていない。
なんと声をかけていいか、わからない。


自分があの時、なんて声をかけて欲しかったか。。
ただ隣にいてくれるだけで嬉しかった気がする。
話したくなった時、聞いてくれるだけで嬉しかった。


だから私もただそっと心のうちに寄り添っていたいと思う。




人の「死」の瞬間、あるいは「死」ということに、これまで何度かあってきた。
肉親、友、仕事関係など・・・。
でも自分の心に近い存在の人の「死」というのは初めてだった。


本で読んだり、聞いたりしたことはあっても、
実際に自分がその場に立つというのは経験しなければわからない。




人一人の死。
S医師が言ってくれたように、それはとても大きなこと。
簡単なことではない、重大なこと。




私が救われたのは、彼自身が生きたいように生き、
生きている間に成し遂げたいと言っていたことを成し遂げたということ。


死の前日、「ありがとう」と言ってくれたこと。


彼自身が少しでも自分の人生がよかったと思っていることが、
私が哀しみから立ち直る原動力になっていた。



「今日死ぬかもしれないんだぜ」



だから、伝えるべきことは伝える。
「ありがとう」「嬉しい」「大好き」「感謝してる」etc.


だから、やろうと決めたことを思い切りやる。
だから、嬉しいと感じることをして生きる。


人は誰かの役に立ちたいと思っているもの。
潜在意識の8割は、誰かの役に立ちたいと思っているとも言われる。
役に立てたと感じることが嬉しいのだ。



嬉しいと感じることを、楽しいと感じる範囲でやり続ける。
そうして生きるならば、「死」に際した時、
一番近い人々に心からの「ありがとう」を言えるだろう。


その言葉が、遺された人が立ち直る原動力となっていくと、私は信じている。




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