フィリピンで警察に捕まって帰れなくなった日本人の話
アロハ君を中心に若い連中が昨晩のお供について話し始めます。しらふで夜の話を聞かされるほど苦痛な事はありません。
適当に相槌を打っていましたが特にアロハ君の昨晩の相手は大当たりだったらしく、彼の話はヒートアップしていました。
「なんと、16歳だって!驚きだよ!朝まで帰らなかったぜ」
「お~、当たりだな、羨ましい。俺は子持ちだったよ」
私にとっては耳を覆いたくなるほどの酔っ払いのうるさい話でしたが、ひとつだけ気になることがありました。
それは16歳を当たりだと言った「アロハ君」の一言でした。フィリピンの法律ではいかなる場合があっても未成年者を連れまわすことは重罪なはず。
それは一緒にレストランで食事をしていても罪になるらしく、特に未成年者と一緒の部屋にいるだけでも無期懲役に問われると聞きます。
まっ、無事に朝ご飯を食べているのだから心配は無いかと早めに食事を済ませチェックアウトの準備をしていました。
チェックアウトを済ませロビーで迎えの車を待っている時です。
ロビーの隅でアロハ君グループが若い女性、中年の男性、そして一人の警察官と話をしていました。みな、ニコニコと談笑をしていたのでトラブルではないだろうとタカを括っていました。
迎えの車に乗り込む前に一応彼らにもご挨拶と思い、彼らのそばに近づいた時、彼らの会話が耳に入りました。
「あなた、彼女とはトモダチですね」
「お~、イェス」
「彼女は16歳ですが、それを承知で部屋に入れたのですか?」
「??イェス、イェス」
「未成年者をホテルの部屋に連れ込むと罪になるの分かってますよね」
「オ~イェス!」
「最長で無期懲役になります。分かっていますね」
「イェス」
まるで流暢に英語で会話をしている様子に、アロハ君の仲間たちも尊敬のまなざしで見ているようでした。
ニコニコとした口調で話しているのでアロハ君は普通の挨拶だと思ったようです。
「おじさんと、おじさんの友達が警察官で挨拶したいといわれたもんで・・」
「あの、英語理解出来ていましたか?あなたすべて自供したんですよ」
「えっ?何を?」
「未成年者の買春は無期懲役です。たとえ何も無くても一緒にホテルの部屋で過ごしただけでも同じです」
「いや、そんなの知らない・・」
「知らないでは済まされません。あなた今すべてハイって答えたじゃないですか」
「え~っ知らない・・それは知らない」
完全自供・・・・
さっきまでお酒で赤かった顔が次第に青白くなり、タバコを持つ手がブルブル振るえ始めました。
「僕はどうなりますか?」
「逮捕されます。そして日本に帰れなくなるかもしれません」
「た・・逮捕?仕事があるからそれは困ります」
「あなたはフィリピンで罪を犯しました。たとえだまされたとしても罪は罪です。」
「僕はどうすれば良いですか?」
「もし、出来るなら・・・目の前にいる連中を殴り倒してでも逃げたほうがいい。それほど事態は深刻です」
周りの取り巻き連中も事の重大さに気が付いたようで、右往左往しています。
「とにかく、添乗員を呼んで対処してもらうようにしてください」
私も何とか手助けはしたいのですが、一度罪を認めた以上、例え大使館が出てきてもそれを覆す手立てはありません。私も今日は大事なミーティングを控えている身、決して遅れる訳には行きません。
「とにかく、無事を祈ります。早く日本に戻れるように」
そういい残し迎えの車に乗り込みました。
自業自得とはいえ、完全に正気を失った彼は震えながら手を合わせていました。まるで何かにすがるように・・・
マニラ空港までの道は予想通り混んでいました。
恐らく眼光鋭い中年男が事件の首謀者で、警察官は脅しの為に雇われた村の警察官のようでした。
今後、帰国できると言いながら、長期に渡り多額の保証金をせしめるに違いありません。
彼らのしてやったりというなんとも憎たらしい顔が浮かんで消えません。
私のからだの中から何かがふつふつと沸きあがる感覚があります。
「ったく、日本人をはめやがって!」
決して口には出しませんでしたが、運転手は私の苛立ちを察してくれたようです。
ミラー越しにこちらを見て
「大丈夫、早めに出ましたので空港には十分間に合いますよ」
と、声をかけてくれました。
私の苛立ちは空港までの道が渋滞しているせいではありませんでした。
「悪いけどホテルに戻ってくれないか?」
「えっ、今からですか?搭乗時間に間に合いませんよ?」
このケースは長引かせれば長引かせるほど「リーガル」なものになります。調書にサインをしてしまえば例え騙されたとは言え立派な犯罪者として扱われます。
そうして、この事件の担当者がいなくなれば事件の確証がつかめなくなり、事件は真相をつかめぬままお蔵入りとなります。
お蔵入り事件の容疑者は容疑者のまま裁判すら行えず留置場で一生を終える日本人もいると聞きます。
30分で片を付けてやる!
そういいながら、「商談モード」から「戦闘モード」に頭を切り替えていました・・・
続く・・・
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