〜共感覚を使って愉しむ豊かな生活〜

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フジコが弾くリストの「ため息」は

オーロラのように変化する色が美しい。

オーロラのドレスのすそがひらひらして

ブルーからグリーン、オレンジ、ピンク、紫...というように

変わっていくのを見ていると、

ほんとにため息がでるわ。。柚子は思う。




フジコが有名になってよく耳にするようになった

「カンパネラ」。

これは鐘の音というよりも星の輝きだ。

硬質の素材でできた宝石のような音。

これもブルーを基調とした音にさまざまな色が響き合う。

細かなガラスのドロップが煌めいてほんとに美しい。

口の中がいろいろなドロップの味でいっぱいになってしまうけど。

クライマックスは赤とブルーの激しい激突。情熱の鐘の音だ。

フジコが人生をどう生きてきたのかがわかるようなピアノだと思う。


お風呂の中で鼻歌を歌いながら柚子は考える。

とても楽しい感覚ではあるけれど

共感覚を持っていることで困ることもあるのだ。

今日は通りすがりの女の人に触れてしまった。

実際には触ってなんかいないのだけれど。。

普通のおばさんだった。

普通のおばさんはきれいな身体をしていた。

もちろん服は着ている。

彼女が着ていたコットンのシャツは

ざらっとした手触りで洗いたてだった。

履いているジーンズは薄く、

ぴったりと太ももに吸い付いている。

おばさんは和食器のお店先でお茶碗を選んでいるところだ。

まだやわらかく意外なほどになめらかな肌は

かすかに湿っぽく、胸の谷間はしっとりしていた。

お腹はたるんでいるけれどおしりはまるで娘のようだ。

頬にはかすかに赤みがさして冷たい。

化粧気のない唇はさらっとしているが少し潤いがなく

わずかに口臭がする。

やがて彼女が男性と愛しあっている様が見えてくる。

おばさんは情熱的だった。

おばさんの身体が押し開かれる感覚を柚子は感じていた。

時間にすると2、3秒だったと思う。

柚子は慌ててその女の人を目視するのをやめた。

うっかりしていた。


目視するだけで触っているのと同じ感覚があるというのは

当たり前のことなのだろうか?

柚子は疑問に思う。意識して見ているわけではないからだ。

それに誰でもってわけではない。

ときどきこのようなことがあるので、そのときばかりは

困ったな。。やだな。と思う。

けれども、こういう感覚も

人としては大切なんじゃないかと思うこともある。

動物的な感覚。

触っていいものとよくないもの。

自分の好きなものときらいなもの。

自分を守るための感覚のひとつではないかとも思う。。。

柚子はバスタブの中でそっと目を閉じた。



解説
共感覚の場合、例えば柚子のように
音楽から感じられる場面や色というのは
感情に左右されることなくいつ
でも同じだと言われています。
解説
また、面白い感覚ばかりではなく煩わしいことも
あります。嫌いな味が感じられたり(実際に自分
の口の中で味を感じている)目で触ってしまった
りしてそのリアルな感覚に驚くこともあります。


共感覚クッキング


音と香りは黄昏の大気に漂う....

大好きなドビュッシーの前奏曲のひとつだ。

原題は、

"Les sons et les parfums tournent

dans l'air du soir"

ボードレールの詩からとられたものだそうだ。


ドビュッシーに詳しい人やボードレールの詩を

愛する人たちには申し訳ないけれど、

柚子はこのタイトルにぴったりなのは、

むしろ「沈める寺」の方だと考えている。

もちろん、もちろんこの曲もたそがれてはいるけどね...

沈める寺の方が好みの味なのだ。


それにしても。

黄昏の大気の香りとはなんと優雅な表現だろう。

そしてまたなんとぴったりな音色だろう。

黄昏の大気の香りは

柚子が最も好きな香りのひとつだった。

淡いモーヴ、灰色とばら色をちょっとプラスしたような

色と梅や桃の香り。

柚子の毎日はいつの季節も

このかすかな花たちの香りが夕暮れを彩っている。


だいたいドビュッシーという人の作る曲の色は

どれもこれも想い出の中の色なのだ。

たそがれるのにはぴったりの曲が揃っている。

香りもある。


そう、梅酒やワインのような色や香りや味....酸味。

柚子は思う。酸味ってピンクなのかもしれない。

私にとっては。

だからばら色の夕焼けをみると酸味を感じるのだろう。

柚子はそっと瞼を閉じて黄昏の世界に浸った。


これがモーツァルトなら全然違う。

アイネクライネナハトムジーク...呪文のように唱える。

モーツァルトの曲は

柚子にとっては野菜たっぷりのサラダだった。

もちろん野菜は千切りに決まってる。

サラダを和えてあるのはまろやかな

マヨネーズドレッシング。

モーツァルトの場合、これは絶対だった。


なのでモーツァルトを聴くと、

柚子はサラダを作りたくなる。


交響曲41番ジュピターの場合。

基本は変わらないが、第二楽章は

サラダならキャベツが入っている。


サラダではない場合はコンソメジュリエンヌ。

千切りの野菜が入ったコンソメだ。

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