【失敗中古車輸出出張体験談】4

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著者: 濱出 研道

明日になるまで少しまだ時間があるけど、読んでくれている方々がいるので投稿します。

自分が人生の中で飛行機に利用するときに国内、国際線を問わずあのようなすごい剣幕で怒られたのは後にも先にも今のところこれきりであろうし、もうないと思う。

彼女が、「どこに行っていたの!!!、私達ずっとアナタを探していたのよ!!!」+@etc.,と恐らく
言っているのであろうスペイン語でまくし立てる。わかるはずもないし、こちらも
心配による緊張と、スペイン語しか書かれていない表示,カルロスの対応全てに頭にきていたので

「あんたの言ってること何言うてるかわからんし、インターナショナル飛行機の
国際線アテンダントやったら日本語くらい話せや!!」と日本語で怒鳴った。
2秒ポカンとしてたアテンダントは大きく鼻息で「フウゥ」と外人特有のジェスチャーをして
私の腕を掴んで強引にトランジットゲートまで引っ張り出した。


「お前なんやねん!!」と言いながらも腕を引っ張られトランジットカウンターまで来た。
今思えば向こうも相当心配してくれていたのだろうがあまりの扱いにこっちはもう頭にきたまんま、「荷物検査始めます、手荷物を開けてください。」と言われたが、「何で開けなあかんねん、
開けたいんやったら自分で開けて調べろや!」とまたしても日本語で完全に喧嘩口調、担当官は気持ちを察したのか簡易に荷物を調べた後で、「調べたから、荷物持ってください」に対し、「自分で開けたんやから自分で閉めろや!」ときれたまんま日本語で対応していました。

完全にややこしい客になっていました。今の時代なら普通に搭乗拒否かも知れません。(苦笑)

搭乗ゲートへ進むとすっきりした顔つきのカルロスがたった一言、「KEN,お前はどこへ
行っていたんだ?」ととぼけ口調で聞いてきた。「元はといえば全てのことの発端はお前が。。。。怒」
言葉にならない怒りを飲み込んで、再びアリカ-ラパス行きの飛行機へ乗り込んだ。

同じ座席番号の席に付き、離陸。機内気温が下がり出すのと同時に自らの怒りも冷め、
少し眠った。「どうにかラパスに着く、もう大丈夫。」と考え出すと同時になぜか空気がどこか        薄くなっていることに気が付きだしていた。
ラパスの飛行場の標高は4000メートル、富士山よりも高い。
もちろんそんな場所へ今まで行ったことなどない。着陸点につくのが近づくほど
呼吸をするのが苦しくなってきた。「早く着かないかな。」と思い出した頃飛行機が降下しだした。

ラパスの街はすり鉢状になっていて、飛行場が一番標高の高いところにあり、そこから
円に回りながら下り一番下に街があるような町。一番下の町の街の中心街でも標高は
2500メートルに位置している。

飛行機は無事に着陸したがとにかく頭が痛い、早く入国審査を抜けて一段落したい気持ちとは裏腹に、
この後標高4000メートルの飛行場で5時間足止めされ、カルロスも巻き込んで
とんでもない事になるとは全く考えもしていなかった。そうあの「緊急手書きビザ」で入国管理局を通ろうというのですから。

そんな頭痛と不安が入り混じった気持ちでボリビア入国審査、自分の順番がやってきた。
マジで今の時代なら普通に強制送還レベルなことだろうと思います。

今日も読んでくれてありがとうございました。

KEN

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