インドの洗礼 その3 -マサラなカオス-

著者: 鎌田 隆寛

例えば、片側2車線道路があったとする。

我が国日本においては、左側の車線は普通に走る車用の車線。
右側の車線は、追い越し用の車線。

たまーに、うっかり右側の車線に入り込んでしまった「普通の車」が、ビッタリとケツ煽られてたりするけど、
まあ日本ではそんな程度。

これが、インドの交通事情とになると、世界が違ってくる。

片側2車線道路に、第3の車線。酷い時には第4の車線がいつのまにやら生まれてくるのだ。

車と車の間、ギリギリ一台あるかないかの隙間に、間断なくクラクションを鳴らしつつ、車がねじ込んでくる。

剣の達人は紙一重で間合いを見切るというが、インドのドライバー達もかなりアグレッシブに見切ってくる。

てゆーか、絶対ぶつけてる。

「鉄塊」がこの世に生を受けた理由が、実感として分かった。

友人達は後部座席、俺は助手席に座っていたのだが、フロントガラスの向こうに広がる光景のカオスぶりも半端ない。

指揮者不在で暴走するオーケストラのように、でたらめな不協和音をフォルテッシシモでがなり立てるクラクションの騒音。
電気が通っていないか、壊れてそのまま放置されているのか、もはや街角の無骨なオブジェでしかない信号機。
バッファローの群れのように車がひしめく道路を、涼しげな顔で思い思いに歩き回る老若男女。
その只中を、のんびり我が物顏で闊歩する「神聖な生き物」たる牛。
そこかしこに点在する、その「落し物」。

インドの道路を形容するとしたら、「ルール無用の渋谷のスクランブル交差点」と言ったところか。

様々な香辛料を粉状にして混ぜ合わせ、刺激的なテイストを生み出す「マサラ」。
インドの道路事情は、正にこの「マサラ」を体現していると言えよう。

ようこそインドへ!魅惑と神秘のマサラ・カントリーへ!

空港の修羅場をやり過ごし、助手席からの常軌を逸した光景にも幾分なれてきて、少しワクワクしてきた俺。
サウナのようだった車内も、車が走り出したら半開きの窓から風が吹き込んできて、興奮と暑さで上気した身体に心地よい。

「ビビったけど、まあそんなのも含めて旅の楽しみだよね」

なんて思いながら、半開きの窓に肘をかけた途端、「ガゴン!」とすごい音がして窓が一気に下がった。

と言うか、落ちた。

凍りつく俺。
飛び上がる友人達。

「お前、こ、壊すなよォ」と小声でたしなめられた。

と、運転手が、ヌラリ、とこっちを見て「ア〜ンチッチッ」と警告音を発したので、「ソ、ソーリー」と反射的に謝った。

そして、事件は起こった。

続く

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